閑話 ユースレス王の独白

 いつしかこの国に暗い影が差し始めた。それがいつからなのかはわからない。

 農作物が採れなくなった。

 山の恵みも、川の恵みも採れなくなった。

 民たちの笑顔も消え、犯罪が増え、民たちも動物も子供を生まなくなった。


 神殿に於ても、いつもなら最高位の巫女が嫁いで直ぐに次代の最高位の巫女が見つかるのに、最高位の巫女が見つからないばかりか巫女自体も神殿を辞したり他国へ行ったきり戻らないと、新たに神官長となった者に告げられた。そして、巫女見習いが巫女に昇格しない、とも。


 それを憂いた我らは、何とかしようと努力をした。だが、最高位の巫女二人が嫁いだ二つの隣国や、巫女が嫁いでいない他の周辺諸国との差は開くばかりだった。

 なぜそうなったのか、理由はわからない。だが、一部の神殿関係者は『リーチェ様を殺したからだ』と囁く。リーチェ以上の力を有しているフーリッシュがいるのに、そんなわけがなかろうと一笑に伏したのは記憶に新しい。


 そんな時、誰かが言い出した。


『女神フローレン様に豊穣を願い、巫女の力を有した者を生贄に捧げてはどうか』


 と。それはすごく魅力的な話だった。

 だが、現在の我が国には巫女見習いしかおらず、初級巫女すらもいないと神官長から聞かされたばかりだ。正直頭を抱えた。

 そんなある日、神官長が打開策を持って来た。


 古い書物に書かれていたそれは、他の世界から人を召喚するための魔法陣が書かれている物だった。それを元に着々と準備を進め、召喚する日取りも決まり、召喚後は何の説明もせず有無を言わさず殺すはずだったのだ。



 ――目撃者がいなければ。そして、体が動けば。



 召喚した者が、まさか三人いるとは思わなかった。ならば三人共に……と考えるも、なぜか体が……いや、手が動かなかったのだ。体は動くが、剣を握るための手が動かない。

 仕方なしに魔法陣の中央にいた二人には、勇者とそれを支える巫女として、居もしない魔王の討伐を告げた。そして三人目は追い払うか、二人を生贄として捧げたあとで殺せばいい。これだけの人数がいるのだから、それも容易い。


 そう思っていたのに――。



 結局はリーチェによって生贄は召還かえされた。そしてリーチェによって告げられたのはフーリッシュの本当の姿と、巫女の本来の在り方だった。


 この国の滅びは、三年前から……いや、自分がフーリッシュを選んだ時から始まっていたのだと、今ならばわかる。リーチェを正妃に、フーリッシュを側室にすればよかったのか? そうすれば滅びは免れたのか?


 突如光った女神の間と薄れ行く意識の中、『その時後悔しても遅い』と言ったリーチェの言葉を最後に、完全に意識は途絶えた。



 ***



 ふと目を開けると、神官長が召喚の魔法陣を眺めながら眉間に皺を寄せた。魔法陣の文字が光っていることから、魔法陣自体は発動したことがわかる。だが、そこに求めた生贄はいない。


「どうだ?」

「……失敗でございます」



 ――そうして、リーチェ以上の力を有した我が妻のフーリッシュと神官を捧げ、国の安寧と豊穣を願った。


 それが叶うはずだった。だが結局は叶うことなく、一人、また一人と生贄を捧げて行くが、効果は全くなかった。むしろ、状況は悪くなる一方だった。




 断頭台にすげられた自身の今までを振り返り、ふと思う。リーチェがいれば……リーチェを殺さずに神殿に戻しておけば、と。


 目を閉じて、今は亡きリーチェに許しを乞う。許してくれ、と。


 首が落ちる寸前に見た幻は、初めてリーチェに会った時の、柔らかい、優しい笑顔。その笑顔が『許す』と言ってくれているようで……



 ――その時初めて、本当はあの時リーチェに恋し、心のどこかで愛し、求めていたのだと気づいた。だが、許しも、愛を囁くこともなく、首に走った痛みと同時に暗転した。




 ユースレス最後の王はこうして命の幕を閉じ、王家の血筋は完全に途絶えることとなる。


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