あんた一体何様よ!

 ハンナに連れて行かれた先で、ラーディは悪戦苦闘しながら解毒薬を作っていた。だが、私が姿を表した途端、にっこり笑ったまま無言で毒草を渡され、仕方なしに『封印の指輪』を外して奥の手を使って解毒薬にしたら


「そんなことができるなら、さっさと解毒薬を作ってください」


 と言われた挙げ句、ラーディにしつこくやり方を聞かれて企業秘密を教える羽目になった。今後のことを考えればそれはそれでよかったのだが、薬草のほうも「傷薬にしてください」となぜか笑顔プラスこめかみに青筋を立てられながら言われたので、結局私が傷薬と解毒薬作りを、ラーディが毒草摘みを、他の皆が薬草摘みをする羽目になってしまった。にゃろう、企業秘密を教えたんだから自分だけ楽してないで、少しは手伝え!


 途中、マクシモスとマキアが出来上がった傷薬と解毒薬を持って旅支度の買い出しに出掛け、傷薬作りの量はそれなりに減りはしたものの、結局全ての作業が終わったのは陽がとっぷりと暮れたあとだった。

 もちろん、一人旅用の資金源として皆が見てないところで傷薬と解毒薬――もちろんそれなりの量――をちゃっかりいただきましたが、何か。それを見ていたカムイは「泥棒ではないのか?」と言ったが、「立派な労働報酬です」と宣ったら、カムイに呆れられた。


「うー……疲れた……もう限界……」


 巫女の力を使い果たし、カムイの背に凭れかかってだらーんと手足を伸ばすと、ラーディがふん、と鼻を鳴らして「自業自得です」と言った。


(寝ちゃったのは悪いと思ってるけど、それを気にして自業自得以上の働きをした私にそれを言うか?!)


 ラーディのその言い方に、さすがの私もキレた。


「自業自得? 私から無理矢理企業秘密を聞きだしておきながら何もせず、あんたたちが優雅に茶ーだの菓子だの食ってる間も、こっちは悪いと思ったから休憩なしで解毒薬だの傷薬だの作り続けてたのに、自業自得だと? 水すらもよこさなかったのに自業自得だと?! 一番楽なことしかしてなかったくせに、あんた一体何様よ!」

「……っ! 申し訳、ありません」


 全員身に覚えがあるためか、視線をサッと逸らしてそっぽを向いた。ラーディに関しては、明らかに落ち込んでいる。今更反省したって遅いっての!


「……ただ、上級巫女の力でこんなことができるとは思ってもみませんでした」

「当然でしょ、私のオリジナルなんだから」


 本当はリーチェの記憶の中にあったやつだが、それは教えてなんかやんない。アストリッドやレーテは知ってるから、そのうちその辺りから聞くだろうし。


「それでセレシェイラ様。その、……おりじなる、とは何でしょう?」


 私がまだ怒っているせいか、言葉尻のキツイ私に遠慮がちに、そして不思議そうに聞いたラーディに、そう言えばオリジナルと言っても通じないことを思い出す。


「んー、皆が知らない、その人自身があみだした独自のもの、って感じかな」

「独自の……」

「ラーディ様にだってあるでしょ? 他の上級巫女が知らない、ラーディ様があみだしたやつ」


 そう聞くと、ラーディは頷いた。


「それと一緒。無理矢理とはいえ特別に教えたんだから、ちゃんと活用してよね」

「う……わかりました」


 ラーディは若干顔を青ざめさせながらも素直に頷いた。歩けない私を背負ってくれたカムイにだらーんとぶら下がったまま昨日案内された部屋に行くと、ハンナが紅茶を入れてくれた。それにお礼を言い、夕飯の支度が整うまで待つ。手伝いたかったけど身体が疲れきって動かないので、はしたないとは思うものの、床に座ってカムイによりかかったまま紅茶に手を伸ばして一口飲んだ。

 くーっ! 久しぶりに取った水分が五臓六腑に染み渡る! ……なんてオッサンくさいことを考えていると、買い出しに出ていたマクシモスとマキアが、保存のきく食料などを買って帰って来た。


「只今戻りました」

「お帰りー……」


 床に座り込んでだらけている私に驚いた二人は、ラーディたちに何があったのかを聞いている。その話を聞いたマキアは眉間に皺を寄せ、無表情のマクシモスでさえも、心配そうに私を見たあとでラーディを怒った。


「それはラーディが悪い。多少なりともシェイラ様を手伝うべきだった」

「マクシモス……」

「自分たちは休憩も力の補給もしたのに、シェイラ様にはそれをさせず、補給も無しに力を使い続けた。それではこうなって当然だし、もう少し使い続けていたらシェイラ様は倒れていたかもしれないんだぞ? 神官長だったお前がそれを忘れるなんて、お前らしくもない。他の皆もだ」

「……っ」


 無口なマクシモスがここまで言うのは珍しい。キュッ、と口を引き結んだラーディは、今や完全に項垂れていた。


 巫女の力は身体の内にあるが、使ったら使ったぶんだけ、食べ物や水分で補給しなければならない。

 ゲームでたとえるならば、魔法使いや神官の使いきった魔力を回復するには、魔力回復薬を使ったり宿屋に泊まれば回復する。巫女の力もそれと同じで、巫女の力を魔力とするならば、その回復や補給は回復薬の代わりに水分をとったり、お菓子をつまんだりなど、食事をする事で補給できる。もちろん、寝ることでも同じだ。補給しないで力を使い続けると、無くなった魔力は命を削り始める。

 つまり、使ったぶんはきちんと補給しないと、命に関わるのだ。

 滅多に怒らないマクシモスが怒ってくれたから、マクシモスやマキアのために少しだけ溜飲を下げて溜息をついた。


「確かに疲れたし力を相当使ったけど、命までは削ってないから大丈夫だよ、マクシモス様。ありがと」

「だが、シェイラ様……」

「もういいよ、本当に。当面の目処は立ったから私がもう作る必要ないし、やり方はラーディ様に教えたから、あとは自分で作れるでしょ?」

「……はい」

「だったらいいよ。その代わり、明日も作るつもりなら私はやんないから。つーか、明日もなんて無理。やっても一時間が限度」


 ちびちびと紅茶を飲みながら明日の予定を告げると、マキアが「セレシェイラ様にどれだけ力を使わせたたんだ、バカが!」と呆れていた。


「あー、眠い。でも、ご飯も食べなきゃなんないし……」

「なら、少し眠ればよいではないか、桜」

「カムイはそう言うけどね、今寝たら明日まで確実に起き上がれないし、明日の朝までご飯が食べれないとなると回復が遅れるわ。下手すれば、『寝てるならご飯はいらないですよね』とかなんとか言って、ラーディ様あたりにご飯抜きにされるかも知んないし? それならそれでもいいよ? その分回復が遅れるだけだし、私はひたすら寝てればいいだけだから困んないし」

「…………」


 溜飲を下げたとは言え、まだ少し怒っていた私が嫌味半分で言うと、ラーディは完全に黙ってしまった。うーん、ちょっとやり過ぎたかなとは思うものの、命の危険にさらされた身としては、これくらいは許してほしいと思うのは我儘だろうか。


 紅茶が無くなってしまったのでお代わりをもらおうとキョロキョロしていたら、ハンナが夕食を持ってやって来た。

 栄養不足――なのか?――を知ってか知らずか、ハンナは私のぶんの食事は全てトレーに乗せてくれていた。それだけではなく、私のだけは食べやすいようにしてあり、しかも、明らかに皆とはメニューが違う。持ちやすいように、パンは野菜やお肉を挟んだサンドイッチに、スープはカップに、果物は一口大に切ってある。飲み物はぬるめの紅茶。

 他の皆は、パンとスープのみ。マクシモスとマキアは買い物に行っていたのでそれにプラス、野菜と紅茶。ラーディに至っては、パンのみである。


「……ハンナ、なぜ私の食事はパンだけなのでしょう?」

「あら。わたし、何度もラーディに言いましたよね? 『セレシェイラ様がいないようですが』って。そのとき貴方は『放っておきなさい、そのうち来るでしょう』と言って、様子を見に行くわけでも、呼びに行くわけでもありませんでしたよね?」

「う……」

「しかも、セレシェイラ様の仰る通り、ラーディが一番楽してたし人一倍お菓子を食べていたじゃありませんか。だから、パンのみです」


 にっこり笑ったハンナの後ろから、なぜか黒いオーラが見える。どうやらハンナはちゃんと進言してくれただけでなく、昼間のラーディの態度に怒っているようだった。ハンナに怒られてるラーディが珍しいのか、皆ポカン、とした顔をしていた。


「と言うことで、セレシェイラ様。こんなバカは放っておいて、食事にしましょう。おかわりもありますから、どんどん食べてくださいね」


 私や皆とラーディに接する温度差が明らかに違うハンナ。普段見れない二人の様子に戸惑う皆を見ているうちに、怒っているのが馬鹿らしくなる。そして、ここまでヘコんでいるラーディを見るのも珍しくて、思わず吹いてしまった。


「あはっ、あはははは! あのラーディが尻に敷かれてる! おも、面白っ!」


 笑いながら、思わず呼び捨てにしちゃったよ、と思っていると。


「セレシェイラこそ、そこまで笑わなくても……」


 ラーディも呼び捨てにしてくれた。『リーチェ』とは違う、『私』と言う存在を認めてくれたみたいで、ちょっとだけ嬉しい。


「あのハンナに怒られてるラーディ! こ、これが笑わずにいられるかっての!」

『桜、あの男が「本当に違うのですね」と呟いたぞ』


 目尻を下げながらボソッと言ったラーディの呟きをカムイが聞いていたのか、頭に直接届く声(のちに念話というものだと教わった)で教えてくれた。そんなのは当たり前だ。『リーチェ』は既に死んでるし、私は『リーチェ』の記憶はあっても心は既に『黒木 桜』という人間だし、『リーチェ』になるつもりはない。そう言ってんのに、まだわかってなかったんかい。


「はー、笑ったわ。あのさ、ラーディ。あの話はなかったことにしようか」

「は……?」

「『相まみえたら』って約束」


 『リーチェ』のときにした約束のことを話すと全員が息を呑んだ。ってことは、全員がラーディとの約束を知ってるわけで。

 瞼を閉じて、約束をした日の記憶を探る。覚えているということは、神殿関係の話じゃない、辛い記憶でもない、と安堵する。



 『リーチェ』が王太子との顔合わせをした日の夕方、ラーディが『リーチェ』を訪ねて来た。しばらく俯いて黙っていたが、彼は徐に顔を上げて『もし、リーチェ様が王妃となられたら、貴方についていってもいいですか?』と聞いて来たのだ。


「王太子と顔合わせをした日の夕方、訪ねて来たよね? あの時のラーディの言葉は覚えてる。でも、ラーディがなぜそんなことを言ったのかは覚えてないの。今朝も言ったけど、神殿絡みや神殿関係の話の記憶が欠けてる。もしかして、神殿絡みだった?」


 そう聞くとラーディは頷き、その時のことを話してくれた。


 巫女が王家に嫁ぐ時、神官や侍女、護衛騎士がその巫女に何人か付くことになっていて、『リーチェ』の場合は侍女はハンナが付くことになっていた。それ以外の人選は、神官は神官長だったラーディが選出、騎士は神殿騎士団長だったジェイドが選出することになっていた。

 その時ラーディは神官長を辞して『リーチェ』について行きたいと言っていたのだ。

 神官は、王家が巫女の力を悪用しないよう監視し、そして巫女が王妃になり、他国に出掛けた時に補佐及び逃げないよう監視としてどこにでもくっついて行くのだ、と。但し、ラーディは単に『リーチェ』と一緒に行動したかったのだ、と言ったのだ。


 だが、『リーチェ』が嫁ぐことが決まった途端に最高位の巫女三人に女神の託宣が下り、それを聞いたラーディは、当時既に神官長であったことからいろいろと策を労し、何とか覆そうと頑張った。だが、女神の託宣は絶対に外れない。結局それは悉く失敗し、今に至るのだと言う。


「あれは『リーチェ』との約束だったし、『リーチェ』は死んでしまった。確かに私には『リーチェ』の記憶があるわ。けど、どんなに頑張っても、最高位の巫女の力があっても、私は『リーチェ』にはなれない」

「……」

「それでも一緒にくっついて来るの?」

「それは……」


 躊躇うラーディに、内心で溜息を溢す。皆を見ると、私と一緒に旅をする気満々な人もいる。でも、ごめん。私は一人旅がしたいんだ。それに、皆を引き離したくない。


「すぐに答えを出せなんて言わない。でも、昨日よりも『滅びの繭』が増えてきてるから、出来るだけ早めにここを出ないと危ない。猶予は三日よ。それまでに皆で話し合って考えてね? 出発は四日目の朝にしようか。その時に教えて?」

「はい」

「それと、ハンナ。切ってない果物とか、日持ちするパンってまだある?」

「ありますわ」

「三日ほど部屋に籠るから、少し分けてくれる?」


 旅に必要な日持ちしそうなもの聞くと、ハンナは首を傾げた。今ここで、本当のことを言うわけにはいかない。


「なぜですか?」

「私がいないほうが、皆も本音で話し合いもしやすいでしょ?」


 そう言うと、皆は小さく頷いた。お前ら……正直すぎだ。少しは自重しろよ。


「それと、ハサミがあったらそれも貸してほしいの。籠ってる間に、使えなくなった服を別のものに加工したいから」

「畏まりました。全部、今すぐご用意致しますね」

「ごめんね。ありがとう」


 とんでもございませんとハンナはにっこり笑って部屋を出て行ったので、補給をするために食事を再開すると皆もいろいろと考えているのか、黙々とご飯を食べていた。


(嘘をついてごめんね)


 パンや果物は移動用の食料にするつもりだった。今夜、これから木刀を入れる袋を作成し、鞄をリュックに加工し直して、チュニックは傷薬や解毒薬を入れるための小さな巾着を作るつもりだった。

 口を縛る紐を作っている時間はないから、旅の途中で買うつもりだ。作れなかった巾着は裁断だけしておいて、旅の途中で針や糸などの裁縫道具を買って作ればいい。

 今夜中にある程度作り、明日の昼間は寝る。出発は明日、皆が寝静まったころにしようと密かに決め、カムイには部屋に帰ってから話そうと決めた。


 サンドイッチと紅茶を飲み終えたころハンナが戻って来たので、手付かずだったスープをラーディに渡すように言って立ち上がる。


「セレシェイラ様、ハサミや果物などはお部屋に置いておきましたから」

「ありがとう、助かる。疲れたから、今日はもう寝るね。おやすみー」


 ふらふらしながら部屋を出ると、カムイが皆に何か言っていた。ゆっくり歩いていると、カムイが「歩くのは辛いのであろう?」と言ってくれたので、また背中にでろーんとしながら部屋まで連れて行ってもらった。


「明日の夜、皆が寝静まったらここを出るから」


 囁くような小さな声でカムイにそう言うと、念話で頷いた。



 ***



「桜の人格を否定し、その力を利用するだけならば、これ以上は彼女に構うな」


 低くてよく通るフェンリルの威厳のある声は、明らかに怒っていた。


 巫女の力を利用するつもりも、セレシェイラ様の人格を否定しているつもりもなかった。確かに最初はリーチェ様とは違う言動に戸惑い、リーチェ様はこうではないと否定していた部分はある。だが、セレシェラ様と話すうちに、リーチェ様とは違うのだということに気が付いた。



 ――いや、リーチェ様ではないことに、どこかがっかりしたのだ。



 それが態度に出ていた。ランディにもハンナにも「休憩を」と言われたが、セレシェイラ様なら勝手に水分くらいはとるだろうと思っていたのだ。

 呼びにいこうとした彼らを止めていたのだ……そんな暇などないほどの仕事を押し付けたことも忘れて。


『私から無理矢理企業秘密を聞きだしておきながら何もせず、あんたたちが優雅に茶ーだの菓子だの食ってる間も、こっちは悪いと思ったから休憩なしで解毒薬だの傷薬だの作り続けてたのに、自業自得だと? 水すらもよこさなかったのに自業自得だと?! 一番楽なことしかしてなかったくせに、あんた一体何様よ!』


 セレシェイラ様のその言葉を思い出し、胃がキリキリと痛む。


 昨夜から巫女の力を使い続けているセレシェイラ様。一人でランディたちを待っている時、女神の力が使われたこと。ランディから聞いた、フェンリルを癒したこと。それなのに、セレシェイラ様が口にしたのは、昨夜の紅茶二杯と朝食はパンとスープのみ。

 それだけたくさんの力を使ったのに、補給がたったそれだけでは回復は間に合わない。食事などで力を取り戻せない以上、寝るしかないのだ。だから、セレシェイラ様は寝た。それなのに、さらに傷薬や解毒薬を一人で作らせ、補給も休憩もさせなかった。

 セレシェイラ様が怒って当然の仕打ちをしてしまったことに、今更ながら気づいた。

 秘密だったであろう、傷薬や解毒薬を簡単に作る方法を渋々ながらも教えてくれたのに。


 怒っているのに、ハンナとのやりとりを笑ってくれたのに。


(嫌味を言われて当然ですね……)


 マクシモスにもマキアにも怒られて当然のことをした。


 三日間の猶予ということは、三日間は誰にも会いたくないということと、それだけの休養が必要ということに気づいて、さらに落ち込む。


 とりあえず今は、セレシェイラ様と一緒に旅に出るかどうかを考えなければならない。一緒に旅をしなくとも、昨日よりも増えて来ている『滅びの繭』がある以上、どのみちここを出てどこに行くのかを皆で決めなければならない。


「僕のしたことを、セレシェイラ様は許してくださるだろうか……」


 小さく呟いた言葉を妻のハンナだけは聞いていたらしく「大丈夫です」と微笑んでくれた。

 四日目の朝、セレシェイラ様にもう一度きちんと謝ろう。



 ――そう決めて食事を再開した時にマクシモスやマキアからもたらされたのは、王妃が死んだという話だった。


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