寝るたびに、記憶が消えてる?
――夢を見た。私が『リーチェ』であったときの、『リーチェ』が殺される時の夢。目の前には元婚約者の王太子と、その婚約者となった巫女見習いのフーリッシュがいる。
部屋に漂っているのは『滅びの繭』。それがふわふわと漂いながら王太子とフーリッシュにくっついている中、近衛騎士が『リーチェ』に剣を向けて刺した途端その夢は鏡が割れるようにヒビが入り、パリンと甲高い音を立てて割れ、粉々になった側から光を放って消えて行く。
『サクラ。リーチェのことで、これ以上貴女に辛い思いをさせたくはないのです。これは、貴女の運命を詠み切れなかった、わたくしの贖罪』
『そんなことないよ、フローレン様。確かに辛いこともあったけど、楽しいこともいっぱいあったよ? それに、これからだって辛い思いをするだろうし』
『それは、サクラの記憶。けれど、これからこの世界で生きて行くうえで、リーチェの記憶が邪魔になることがあります。リーチェの記憶を消してもらえばよかったと言ったのはサクラでしょう?』
『そうだけど! だけど、消えてほしくない記憶も中にはあるの!』
皆と出会ったこと。アストリッドやレーテとのやり取り。おぼろげではあるが、父や母と触れあった記憶。……父や母?
そこまで考えると、フローレン様が苦笑した。
『仕方のない子ですね、サクラ。ですが、やはり貴女はリーチェと同じ『 』と『 』の子なのですね』
『フローレン様、今、何て言ったの?』
『その時が来れば、自ずとわかります。ですが、神殿と関わりのある必要のない部分は、貴女の記憶から消します』
『フローレン様!』
『いつでも貴女を見守っています』
キラキラした空間がどんどん離れて行く。まだ聞きたいことがあるのに、フローレン様はどんどん遠ざかっていく。それに手を伸ばしてて叫んだ。
「待って、フローレン様! ……って、あれ?」
自分の叫び声で目が覚めて飛び起きたら、一緒に寝っ転がっていたはずのカムイがちょこんと座り、私の顔を見ていた。
「桜、随分魘されていたが、大丈夫か?」
「あ、うん。って、カムイが喋った! しかも肉声!」
「桜もなのか……」
頭を項垂れさせ、両耳をへにょんと下げたカムイは、なぜかしょんぼりしているような仕草だ。そんなカムイは可愛いが、私が寝ている間に何かあったのだろうか。
「それで? フローレン様の名を叫んでいたが、何で魘されていた?」
「えっと、夢を見てた。『リーチェ』の……『リーチェ』が……あれ?」
「桜?」
「…………覚えてないんだけど」
「まあ、夢だからな。覚えていないこともあるだろう」
「確かにそうなんだろうけど、フローレン様が出て来たことは覚えてる」
カムイは本当に聖獣かと思う程、人間くさい仕草でなぜかホッと息をついた。それがまるで、安心したという感じなのがわからない。なぜだ。
「覚えてないことを無理に思い出す必要はない」
「だよねえ」
「それと、伝言を頼まれた。頼まれたものはテーブルの上にある。服や靴はテーブルの椅子や床だ」
カムイにそう言われてそっちに視線を向けると、言われた場所に服と靴が見えた。立ち上がってテーブルを見ると、テーブルの上には頼んでおいた糸と針、端切れと思われる布と解毒薬の入った手拭い、なぜか食事が置いてあった。
「この食事は?」
「あの娘が食事のことを聞きに来たのだが、ちょうど桜が眠ってしまったあとでな。彼女に頼んで、我が置いておくように言った」
「そうだったんだ。ありがと、カムイ」
「いや。それと、ラーディが呼んでいるとも言われたぞ」
「ラーディ? ……うえっ、忘れてた! カムイ! 私、どれくらい寝てた?!」
「間もなく昼になる」
「ぎゃー! ラーディに殺される! 早くご飯食べて、解毒薬作るの手伝わなきゃ!」
慌てて空いている椅子に座って、冷めてしまったご飯を食べる。食べながら、夢のことを思う。本当は何となくだけど覚えてる。覚えてると言うと、カムイが悲しむ気がしたからだ。何でそんなことを思ったのは不思議だけど。
でも、覚えていないこともある。『リーチェ』の記憶の中で、一番辛かったはずの、三年前に死んだときの記憶。ラーディたちとの昨日の会話は覚えてるから、『リーチェ』が三年前に死んだことはわかる。でも、なぜ死んだのか、どういった経緯で死んだのかが思い出せないのだ。
(私……寝るたびに、記憶が消えてる?)
そのことにゾッとする。でも、と思う。消えてるのは神殿に関することと『リーチェ』が辛かったであろうことだけだ。これ以上は消えない。そんな気がする。気がするだけで、実際はわからないが。
そっと溜息をついて、もう一度神殿関連で覚えていることを確認する。
階級……わかる。
巫女の力の使い方……わかる。
薬草関連や薬の作り方……わかる。
ここにいる皆……顔も名前もわかる。
最高位の巫女仲間……わかる。
うん、ここでの生活や会話に困らないだけの記憶はあるから、多分旅に出ても大丈夫。
ただ、夢で気になったのは、『リーチェ』の両親が私と同じと言ったフローレン様の言葉だ。ここは、私からすれば異世界だ。なのに、フローレン様は、私と『リーチェ』の両親が同じだと言う。そんなことはあり得ないのに。
内心でまた溜息をつき、今考えてもしょうがないことは考えないようにした。フローレン様は『自ずとわかる』と言ったのだから。さっさと着替えて、ラーディたちを手伝おうと立ち上がる。
椅子に置かれていたのはジェイドやラーディたちが着ていたような、男性が着るような細身のズボンとベルト、シャツとキャミソールタイプの下着だった。靴は編み上げのショートブーツ。湯上がり直後に着ていたワンピースや下着がないことから、私が寝ている間にハンナが持って行ったんだろう。
いそいそと着替えると靴はぴったりだったが、服はブカブカだったことに苦笑しつつも、一生懸命考えたであろうハンナにこれ以上の文句を言ってはいけない。
(会ったら謝ろう)
そう心の中で考え、ラーディにどやされるであろうことを想像しながら、カムイと一緒に皆がいる場所を探し始めたところでハンナとばったりでくわした。ハンナは気まずそうにしていたが、私は思いきって謝ることにした。
「ハンナ、さっきはごめん! それと、服をありがとう。ご飯も美味しかったわ!」
「あ……。い、いえ、こちらこそ。……セレシェイラ様、その服、とても良くお似合いですわ」
「それはちょっと複雑……」
視線を下げて自分の格好を見ると、まるっきり男にしか見えない。いくら私ががさつでも、ちょっとへこむ。そんな私を、ハンナは目尻に涙を溜めながらクスクスと笑った。ハンナを泣かせたら、ラーディに何を言われるかわからない。いや、もしかしたら、さっきのことでもう泣かせたか?
そんな気分でどよーんとしていると、ハンナが私の手を取って引っ張り、歩き始めた。
「ちょうど呼びに行くところだったのです。すれ違いにならずによかったですわ」
「……ねえ、ハンナ。その言葉遣い、止めない?」
「え?」
「あとで皆にも言うつもりだし、いろいろお願いしたあとで言うことじゃないけどさ……昨日も言ったけど、私はもう『リーチェ』じゃないし、ハンナは『リーチェ』の侍女じゃない。そうでしょ?」
「……はい」
「怒ってるわけじゃないの。ただ、私が、堅苦しいのは苦手なだけなの」
しゅんとしながら私の話を聞いていたハンナは、堅苦しいのは苦手と言った途端、驚いた顔をした。
「今すぐじゃなくていいの。考えておいてくれない?」
「わかりました。では、ラーディのところにご案内しますわ。ラーディ、かなり怒っていましたよ?」
「ゲッ! やっぱり?! うわぁ……」
奥の手使わないと許してくれないよなあ、とぼやいた私に、ハンナは私の手を引きながらクスクスと笑った。
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