……何で雀がいんの

 ひんやりとした空気が頬に触れ、ぼんやりと意識が覚醒して行く。


「ん……さむ……何時だろ……」


 いつも枕元に置いてあるスマートフォンを探して手を動かすも、ちっとも触らない。どこにいったと目をうっすらと開けると、知らない天井と窓が目に入り、慌てて起き上がる。


「ここ、どこ? ……あ」


 キョロキョロ見回して、枕元に置いてあった袴とチュニックを見て寝る前のことを思い出す。窓のほうを見ると、カーテンの隙間からうっすらと明るくなっているのがわかる。

 いそいそとベッドから抜け出し、袴とチュニックを身に付けてから木刀と刀をベッドの下の見えない場所に隠すと、手拭いを持って部屋からそっと抜け出した。何か履くものがあればいいのだが、如何せんスニーカーも折り畳み式のスリッパも消えてしまっているので、仕方なしに裸足で階下へと降りた。

 昨日、部屋に案内される途中である程度の場所はジェイランディアに教わったから、そこで顔を洗って髪をポニーテールに結い直し、手拭いを首にかけて裸足のまま外へと出た。足の裏が痛いが、とりあえず我慢の子である。


 屋敷の周りを歩きながら、昨夜見た光景――ジェイランディアとマキアが抱き締め合っていた光景を思い出してしまい、それを追い出すかのように頭を振ると、溜息を吐いた。


 お互いに口にした事はなかったが、『リーチェ』の記憶の中のジェイランディアは、その言動や態度から『リーチェ』が好きだと語っていた。もちろん『リーチェ』も同じだ。今際の際のあの時ですらも。だが、それを口にすることは叶わなかった。

 それに、『リーチェ』が死んで三年。『リーチェ』が生きていた時ですらもジェイランディアの側には常にマキアがいたから、三年あれば好きな人が『リーチェ』からマキアに変わるのは自然なことだと思う。遠くの親戚より近くの他人って言うし。って、全然違うか。


 自分を忘れて幸せになってと、彼の幸せを願ったのは他ならぬ『リーチェ』自身だ。それを忘れてはならないが、『リーチェ』の記憶を自覚した時から『黒木 桜』の理想の人はジェイランディアだったのだと、今更ながら気付いてしまった。


「なんだ、そういうことか。だから辛かったんだ」


 今の今まで無自覚だった私も、相当ボケている。


 屋敷の裏手に着くと、ラーディが言っていた薬草の一部が生えていた。それに混じって毒草も生えている。この世界には解毒草はないが、巫女の力で毒草から毒を抜いてしまえば、解毒薬を作ることが可能だ。


「ラッキー。貴重な解毒薬が作れる! でも、このまま採るわけにはいかないし……。何かないかな」


 キョロキョロと辺りを見回すと、屋敷の壁際に木箱が二つ置いてあるのを見つけた。木箱の側に行って蓋をずらすと、ナイフや籠が中に入っていた。


「おお、これなら採れる。皆が来る前に、一人旅用の資金作りでもしますかねー」


 ナイフを二本と籠二つを持つと、薬草たちが生えている場所に戻り、はじっこに座る。


「全部は採らないわ。少し私にちょうだいね」


 そう話しかけてから、まず毒草から採り始める。採る前に草に話しかけるのが『リーチェ』の癖だったことを思い出し、それを自然にやった自分に思わず苦笑してしまった。


 根っこの部分を残し、土と一緒にプチン、と毒草を切るとすぐに毒を浄化する。毒草の葉っぱ自体は触ってもかぶれたり毒に当たったりしない。

 だが、切った部分から出る水分に毒があるので、切ったそばから浄化しないといけないのが厄介で面倒なのだ。それを何度も繰り返し、籠半分になったところで毒草摘みを止めた。


「たくさんありがとう。また今度採らせてね」


 毒草にそう声をかけてナイフをしまうと、左の小指から指輪を抜き取って膝に乗せる。籠ごと持って小さく呟くと、中身が一気に軽くなった。

 首にかけてあった手拭いを広げ、そこに籠の中身を慎重に引っくり返すと、小指の爪の半分程の大きさの丸い粒状のものが出てきた。


「お、上出来!」


 解毒薬の完成である。本来はもっと面倒な工程があるのだが、それをすっ飛ばして解毒薬を作った。どうやって作ったのかは企業秘密である。

 膝に乗せていた指輪をまた嵌めると、手拭いを丁寧に畳み、はしっこ同士を結んでそれを腕にかける。もう一度毒草をほんの少しだけ採り、ナイフを毒草が入っている籠へと入れると移動するために立ち上がる。

 毒草を切ったナイフで薬草を切るわけにはいかないのだ。

 その籠と空の籠を持つと、今度は薬草が生えている場所に移動し、同じように声をかけて座る。


《巫女様がいるー》

《巫女様の気配がしたよー》

《巫女様、遊んでー》


 突然そんな声がした。そのことに首を傾げて辺りを見回したが見える範囲では誰もおらず、鳥の囀さえずる声しか聞こえない。


「んー? 気のせいか?」


 まあいっか、と思って空の籠からナイフを取り出すと、今度は薬草を摘み始める。

 チチッ、チチッ、と鳴く声と共に小鳥が数羽降りてきて、なんと、座っていた私の頭や肩、膝に乗ってきたからびっくりする。


「小鳥さん、おはよう。君たち随分なつっこいね。って……んん? 何か見たことのある姿だよ……?」


 薬草摘みを止めて、膝に乗った小鳥をしげしげと眺める。

 体長は十四センチくらい、赤茶色の頭部、背中は褐色で縦に黒斑があり、翼に二本の細くて白い帯状のものがある。頬から首にかけて首輪をしたような白い模様と、白色いお腹。耳羽と目先から喉にある、ネクタイをしたような黒い模様に、くちばしの色は黒。



 ――どこをどう見ても、日本でよく見かけた雀にしか見えなかった。



「……何で雀がいんの」

《巫女様、遊んでー》

《遊んでー》


 楽しそうに囀りながら、私の髪をつついたり引っ張ったりして遊んでいる雀たち。


「ハ、ハハ……雀が喋ってるよ……」


 驚いて空いた口が塞がらない。日本にいた時は、そんな声なんて聞こえたことはなかった。でも、と思う。『リーチェ』がジェイランディアたちと行動を共にするまで、確かに『リーチェ』には動物たちの声が聞こえていた。


(『リーチェ』は、動物たちの声が聞こえなくなるほど、皆と一緒にいることが嬉しくて楽しかったんだね……)


 神殿に捨てられていたという『リーチェ』。物心ついた時には、巫女見習いや神官は大人ばかり。年上とはいえ、『リーチェ』にとって彼らは初めて見た『大人じゃない』人たちだった。


「五歳じゃ仕方ないかー」


 当時の記憶を思い出して苦笑しながら呟くと、雀が肩や膝をつつく。


《遊んでー》

《遊んでー》


 チチッ、チュンチュンと鳴きながら私の目の前を移動する雀がなんだか可愛い。


「遊んであげたいけど、今は薬草摘みしてるからダメよ。薬草摘みの邪魔をしないなら、肩や頭に乗っててもいいから」

《本当ー?》

《なら、お話しよー》

《しよー》

「お話ならいいわよ」


 膝に乗っていた雀がチチチと鳴きながら肩に飛び乗ると、雀たちは好き勝手に話し始めた。餌はどれが美味しいとか、自分たちの巣はどうだとか。

 餌の話は正直聞きたくなかったけど、何とかそれらの話に相槌を打ちながら薬草を摘んでいた。順応してる私も私だな……と思いながら。



 ***



 人の気配で目が覚め、そのまま伸びをしてベッドの端に座る。

 昨夜はシェイラ様にとんでもないところを見られてしまった。マキアの報告が嬉しくて、思わず抱き締めた直後をシェイラ様に見られてしまったのだ。慌てふためくマキアを大丈夫だからと宥めて部屋に帰したが……シェイラ様に誤解させてしまっただろうか。

 そんなことを考えながらふっ、と息を吐いてベッドへと座り直す。


 女神の託宣をアストリッド様から伺ったとラーディから聞いてから、この日を待ちわびた。愚王が何者かを召喚すると聞いた時も、マキアと一緒に密かに神殿に潜入し、愚王の騎士のふりをして潜り込んだ。

 召喚されたのは三名で、その内の二名が女性だった。最初は少女か、大人の女性のどちらがリーチェ様かわからなかった。だが、すぐにわかった。扉付近にいた我らの顔を見た途端、彼女はひどく安堵した顔をしたのだから。


 彼女の錫杖を再び見ることもできた。最高位の巫女にしか具現することのできない、女神と同じ形の錫杖を。それが嬉しかった。


 俺たちと話をしている時のリーチェ様は、冷静だった。いや、冷静と言うより、壁を作っているように見えた。

 それがなぜなのかわからなかったが、彼女の話を聞いて俺は何となく納得してしまった……酷い仕打ちをしたこの国に来たくなかったのだ、と。


 目を瞑りながら紅茶を飲んだリーチェ様は、今にも消えそうな……死んでしまいそうなほど、儚く見えた。他のやつらも同じ気持ちだったのだろう……心配そうな顔をしていたが、リーチェ様が答えたことで皆安心した。


 だが、彼女が告げた言葉は……。


「姿など関係ない。いや、むしろ俺は……」


 ぐっと手を握ってから息を吐く。立ち上がり、窓際へと寄ってカーテンを開けると、誰かが屋敷の裏へと曲がる姿が見えた。侵入者かと慌てて着替え、気配を消してあとを追う。

 屋敷の裏の手前の角から顔を覗かせて侵入者の様子を見ると、長い黒髪を登頂部でくくり、肩や頭に小鳥を乗せた人物が地面に座って薬草を採っていた。

 履いているものは見たことのないものだったが、上に着ていたものは、昨日シェイラ様が着ていたもの。


「そうなの? ……いや、私は遠慮しとくよ……」


「へー。どんなのを敷き詰めると暖かいの? ……ゲッ。同族の羽根……」


「まあ、確かに。自然に抜け落ちたやつなら仕方ないねー」


「あはは! バカだねー、その子! でも、大丈夫だったの? ……そう、よかったね」


 その声がシェイラ様とわかり安堵する。小鳥がチチチ、チチッ、と囀ずる度にシェイラ様が話していることから、シェイラ様は小鳥の言葉がわかるのだろう。

 小鳥と話すその声も雰囲気も、昨日俺たちと話している時とは違い、楽しそうな柔らかい声だった。その事実に胸が痛む。

 シェイラ様が話す柔らかい声を聞いていたくてその様子をしばらく見つめていたが、ふと彼女が座っている場所を見ると、なんと彼女は裸足だった。しかも良く見ると足の裏から血が出ていた。

 靴はどうしたのかと周囲を見回してもそれらしきものはない。溜息をついてゆっくりと近付くと、シェイラ様の肩や頭に乗っていた小鳥が飛び立って行ってしまった。


「え? 騎士様?」


 悪いことをしたなと思っているとシェイラ様が振り向き、俺を見てびっくりした顔を向けた。


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