ちょっと待てぇい!
「ちょっと待てぇい! 今何つった?!」
これから国を捨てようと言うのに、あまりにも緊張感のなさに思わず突っ込みを入れてしまった。
「ですから、移動は馬車で、と……」
「アホか! 何処のお貴族様だよ! 襲ってくれと言ってるようなもんじゃないの! これからこの国を出ようってのに、それはないでしょ?! せめて商人を装った幌馬車とかにしなさいよ!」
「それもそうですね……。わかりました」
「それと、ここを出たあとはどこに住むとか決まってるの? 移動先は? 資金はどうやって稼ぐの?」
「え……」
おい、なぜそこで口をつぐむんだ! まさか、こいつら……何も考えてない、とか?
「まさかとは思うけど、なーんも考えてないとか、誰かが何とかしてくれるとか、思ってないわよね?」
「…………」
「うわ、マジか! お金がなきゃ生活できんでしょうが! 食料とかどうやって調達するつもりだったの? 神殿にいた時と違うのよ?!」
「それは……」
珍しいことに、ラーディが目を泳がせていた。それに、他の皆も。
うわ、本当に何も考えてなかったんかい! と内心で突っ込みを入れつつも、溜息を溢す。今までどうやって生活してたのか不思議でしょうがない。仕方ない、私が一人旅をするまでの間、協力してやるか。
「全く……。ラーディ様、この森に薬草が生えてる場所とか知ってる?」
「この屋敷の裏手の方に群生している場所がありますが……薬草で何をなさるんですか?」
察しのいいラーディがボケてるよ。あれか? 神官長を辞めたからボケてんの? それとも天然なの?!
頼むよー、と思いつつ、愚痴を溢すのは許してほしい。
「そこまでボケたんかい……。あのさ、階級は違えど皆巫女だったことがあるんだから、薬草から傷薬くらい作れるわよね?」
「はい。幸い、道具もあります」
「だったら、当面の資金稼ぎで傷薬を作って売るってのはどう? 傷薬が作れるのは、巫女か元巫女だけなんだから」
「あ!」
皆おおっ、という顔をしている。
てか、皆『リーチェ』よりも外に出る機会あったよね?
特に騎士たちは何が必要か知ってるはずだよね?
呆れ気味に皆の様子を眺める。すると。
「なるほど。それを街や村、ギルドに持って行けばいいな」
「そうですね。上質な
そう言ったのは、一番年長のジェイランディアとラーディだ。やっと察してくれたよ……流石年長者。ここまでくれば、あとは勝手に話を進めてくれるのを待つだけだ。そう思っていると。
「あとは、動物の毛皮や加工品になる骨や角ですね」
「肉も、干し肉にするか、自分たちで料理して食べればいいんじゃない?」
そんな意見を出したのは、マキアとキアロ。マクシモスは頷いている。うん、いいんでないかい?
「動物の毛皮やなんかは移動しながらだな。ここで大量に捕獲するわけにはいかないし。まずは傷薬を大量に作るか?」
「そうですね。明日にでも皆で行って薬草摘みをしましょう。今日はもう遅いですし、これで解散しましょう。セレシェイラ様のお部屋は……」
彼らの話に心の中で頷いていると、ラーディが部屋のことを言って来た。私は基本的にでこででも眠れるから、この部屋のソファーでも問題ない。そのつもりで口を開く。
「あ、私はどこででも眠れるからお気遣いなく。何ならここでもいいよ?」
「そういうわけには参りません! ランディ、貴方の隣の部屋が空いてましたよね? そこへ案内してあげてください」
「わかった。シェイラ様、こちらへ。お荷物は……」
「自分で持てるから大丈夫。ありがとう」
結局部屋を用意されてしまった。荷物整理もしなきゃなんないしまあいっかと思いつつ、ジェイランディアの言葉にお礼を言って荷物を持つと、ジェイランディアのあとをくっついていった。
私にあてがわれたのは二階にある角部屋で、テーブルと椅子が二脚、ベッドがあった。サイズはセミシングルと言った感じだろうか。他には何もない簡素な部屋だ。私が一人暮らしをしていたアパートもこんな感じだったから、ちょっとホッとする。
「何もありませんが……」
「これだけあれば充分よ。ありがとう」
ジェイランディアに向き直ってそう言うと、ジェイランディアは切なそうな目をして私を見つめたあとで、手を伸ばしかけてそれを止め、ぐっとその手のひらを握った。
「ジェイランディア様?」
「あ……いえ。ゆっくりおやすみください」
ジェイランディアの行動に首を傾げつつも「おやすみなさい」と言うと、ジェイランディアは微笑みを浮かべて扉を閉めてくれた。
「なんじゃ? ありゃ。何がしたかったんだ? よーわからん。……おっと、それよりも」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、荷物整理をするべく鞄から中身を出して鞄も一緒にベッドに並べる。中に入っていたのはTシャツ三枚、替えの下着三組、タオル二枚、手拭い五枚、剣道着三着分。
それと化粧道具が入っているポーチにシャンプーやら歯ブラシやらが入っている旅行セット、スマートフォン、ハンカチとティッシュ、畳めるスリッパなどだ。替えの下着は、鞄と同じような布製の巾着に入れてある。
「うーん。合宿じゃなければこんな大荷物にならなかったのに……。まあ、合宿のことは気にする必要ないからいっか」
ぶつぶつ言いながら、これらをどうするか考える。まず、今履いているジーパンやスニーカーは使えない。もちろん下着類も。
Tシャツやチュニックは似たようなのがこの世界にあるからいいとして……着替えは当分、Tシャツと剣道着の袴にしようと決める。この世界に剣道着みたいなのがあればいいのだが。
手拭いやタオルも似たようなのがこの世界にあるからいい。布製の巾着はセーフ、旅行セットはアウト。化粧道具は……どうだっただろう。
薬草から化粧水らしきものは作れるし、その化粧水らしきものはUVカットもしてくれるから、ポーチも含めて処分決定。何せ、この世界にはファースナーなんてものはないのだから。
ハンカチやティッシュも処分することに決めた。処分する物は、全て焼却処分にすることにした。
問題はスマートフォン。この世界には機械なんかない。それに、これを持っていることで向こうの世界への未練が出ないとも限らないし、召喚者とバレるのも困る。そう思っていると。
「うわっ?! なに?!」
『すっかり忘れていました。この世界にないものは、処分させていただきました』
いきなりフローレン様の声が頭の中に響いたかと思うと、スマートフォンやら化粧道具の入っていたポーチなど、この世界にないものがいきなり全て消えた。もちろん、ジーパンや下着類も消えたわけで。
上げそうになった悲鳴を何とか飲み込み、残っていた袴を履く。ほう、この世界に袴や道着があるのか。あとでラーディあたりにどこの国で使われているのか聞いてみよう。
巾着や鞄も残っているから、鞄は加工してリュックにしようと決め、今度は細長い筒状のものを調べようとして……諦めた。中身が完全に出ていたからだ。筒状の中に入っていたのは、刀と木刀。消えたのは、それらが入っていたケースだった。
「へえ……この世界にも刀や木刀があるのか」
そのことに安心すると、とりあえず一息つく。自分で処分しなくていいのは助かる。特に、スマートフォンとか困るし。
残ったものを一纏めにしてベッドの下に隠し、木刀を入れる袋を作成するのと鞄を加工するべく、針と糸、余分な布がないかどうかをハンナに聞こうと思って立ち上がる。が、そう言えば、ハンナの部屋がどこか聞いていない。
(明日の朝にするか)
と思っていると、外から話し声が聞こえた。ラーディが隣の部屋はジェイランディアだと言っていたから、ジェイランディアが誰かと話しているのだろうと見当をつけ、扉を開けて固まってしまった。
「あ……!」
マキアの慌てた声がしたような気もしたけど、邪魔しないように慌てて扉を閉めてベッドのところへ行くと、Tシャツを引っ張り出してから袴とチュニックを脱いでTシャツを着てベッドに潜り込む。足がスースーするけど、袴やチュニックが皺になるよりはマシだった。
はあ、と溜息をついて膝を抱えて丸くなる。
「あーあ、やっぱりなぁ……。あのくっつき具合から多分そうなんじゃないかなあ、とは思ったけどさ」
やっぱり引き摺られてるなあ、ともう一度溜息をついてギュッと目を瞑ると、やはり色々あって疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまっていた。
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