巫女の力を封印してほしい

「セレシェイラ様」

「んー?」


 瞑っていた目を開けて顔を上げると、なぜか皆が私を見ていた。無表情のマクシモスでさえ、その表情を崩して私を見ている。

 んん? 私、そんな変な顔をしてたのか?

 どこかホッとした様子の皆に首を傾げつつ、「何?」と聞くと、ラーディが躊躇いがちに口を開いた。


「その……セレシェイラ様の巫女のお力なんですが……」

「あ、それもあったんだっけ。すっかり忘れてたわー。ねえラーディ様」

「はい」

「巫女の力、封印してほしいんだけど」


 軽い感じでそう言うと、皆が息を呑んだ。


「セレシェイラ様?!」

「理由を伺ってもよろしいですか?」

「あら、神官長のあんたがそれを聞くの?」

「私はもう神官長ではありません。それに、神殿を辞しましたので神官でもありません」

「やっぱり。神官長が変わってたから、うまく行ったんだなとは思ってたんだけどねー」

「それは抜かりなく。いえ、そうではなくてですね」

「だから、何で理由を知ってる神官長のラーディ様がそれを聞くのか聞いてんの。あんたが神官長になる時、聞いてるはずよ?」


 突っ込みを入れるとラーディは黙ってしまった。はあ、と溜息をついて皆を見回す。きょとんとしている人もいるから、知らない人のために教えてあげることにした。


「あのね、巫女っていうのは、本来神殿に属していなきゃなんないの。最高位の巫女は特にね。上級以下の者なら神殿を辞することができるけど、最高位の巫女はそうはいかない。何でかわかる?」

「……」


 ラーディ以外はわからないのか、皆考えるように視線を上げたり下げたりしている。


「じゃあ、別の言い方をしようか。最高位の巫女は祝福を受けてるし、例外はあるけど基本的に神殿の常識しか知らない。嫁ぐことで初めて、嫁ぐ先の国の常識なりなんなりを学ぶの。そんなある意味世間知らずの最高位の巫女が、悪意を持った者の手足となってフローレン様のお力を悪用したら?」

「……下手をすれば国が荒れます」

「あ!」

「だから、最高位の巫女は、たとえ嫁いでも嫁いだ先の国が悪用しないよう、監視の意味を込めて本人が死ぬまで神殿に属することになるの。もし、神殿に属していない、しかも最高位の巫女と同じ力を持った人間がいたらどうする? 私なら絶対に利用するし、利用されんのも御免だわ。鬱陶しいし」


 ちょうどハンナが紅茶のおかわりをくれたので、それにお礼を言って一口啜る。


「だから私は最高位の巫女の力を持ってることを知られたくないし、また神殿に属するのも嫌。全部じゃなくてもいいの。傷が治せるくらいの力があればそれでいい。だから、ラーディ様……」

「わかりました」


 はあ、と溜息をついたラーディは、ハンナに何かを言うとそれに頷いて部屋を出る。すぐに戻って来て、小さな箱をラーディに手渡した。


「アストリッド様がフローレン様の託宣を私に告げられた時、この『封印の指輪』をセレシェイラ様に渡すよう仰いました。その時は何のことかわからなかったのですが……このためだったのですね」

「……チッ、フローレン様め。結局全部お見通しかい」

「シェイラ様、何か仰いましたか?」

「いいえー、何も言ってませーん」


 私の悪態を聞いてすぐに突っ込んで来たジェイランディア。あんた、どんだけ耳がいいんだよ……すごく小さな私の呟きを聞き取ったよ。まあ、完全には聞き取れてないみたいだったけどと思いつつ、ラーディのほうをもう一度見る。


「この『封印の指輪』は巫女の力を完全に封印することはできませんが、指輪をしている間は中級以下の力を使うことができます。アストリッド様自らがお作りした指輪だそうで、アストリッド様曰く『フローレン様の神気を隠しますので、神殿関係者に見つかることもない』とのことでした」


 ほほう、流石アストだ。最高位の巫女でありながら、最高の細工師と言われてたアスト。しかも『わたくしの趣味ですのよ』と言って、よくパパッと作っていたっけ。


「アスト自らが作ったんなら、大丈夫だわ。で、どの指に嵌めるか聞いてる?」

「左の小指だそうです」

「ふうん。それ、貸して」


 ピンキーリングかと思いつつ、ラーディから小さな箱を受け取ると蓋を開ける。中に入っていたのは、いわゆるシルバーリング。

 左の小指に嵌めていたリングを右手の小指に嵌め直し、箱からリングを出して小指に嵌めた途端、纏わりついていた神気が収まり、身体の中から感じていた巫女の力も小さくなった。


「あらー、凄い! 神気が収まっちゃったわー。しかも巫女の力も縮小してるし。これなら神殿関係者に会ってもバレないかも」

「恐らくは。それと、多分ないとは思いますが『不測の事態があった場合は指輪を外せばいい』と仰っていました。指輪自体も一般的に出回っているデザインですので、『封印の指輪』だと見破られることもないだろう、とも」

「確かにそんな事態になんてなってほしくはないけどね……。でも、ありがと、ラーディ様。連絡が取れるなら、アストにもお礼を言っておいてね」

「畏まりました」


 頷いたラーディは紅茶を一口啜ったあと、今後の予定を相談し始めた。ユースレスを出たあとはどうするのかとか、どこに向かうのかだとか。それを聞きながら、ぼんやりと『リーチェ』の過去を思い出す。



 キアロの奥さんを含め、この場にいる皆は、謂わば幼馴染みだ。『リーチェ』以外は皆、同時期に神殿に連れてこられたり自ら神殿に来た巫女見習いだった。

 彼らは『リーチェ』が物心ついた時には既に神殿にいて、まだアストリッドもレーテも神殿に来る前に彼らと出会ったのは、『リーチェ』が五歳くらいの時だったと思う。

 この国では、巫女になるのに性別は関係ない。才能があれば巫女になれる。なくとも、修行をすれば中級くらいまでの力を身につけることができる。

 尤も、対外的に女性は『巫女』、男性は『神官』と呼ばれるようになるだけで、神殿内での基本的な総称は『神子みこ(女神の子供という意味で)』だが。


 それはともかく、赤子の時から神殿にいた『リーチェ』以外の七人は、同時期に神殿に連れて来られたり、自らやって来た。それ故に七人は常に行動を共にしていたし、修行も勉強も一緒にしていた。それを、いつも遠目に見ていた『リーチェ』に気付いたのは、ジェイランディアだった。

 最高位の巫女だと知っていたはずなのに、ジェイランディアは気さくに話しかけてくれて、あまつさえ七人の中に入れてくれた。最初は最高位の巫女ということで他の皆は遠慮していた部分もあったが、いつしかそれすらも取っ払って、一緒に行動するようになった。

 『リーチェ』はそれが嬉しかった。だが、彼らはいずれはこの神殿から出るかもしれない人たちだ。一緒に行動しながらも、神殿から出ることが許されない『リーチェ』は彼らが羨ましかった。


 そのうち皆、見習い巫女から初級の巫女になり、自分は何が得意なのか何をしたいのかを模索し始めたころ、ハンナが突然『リーチェ』付きの侍女になると言って本当に巫女を辞め、当時の神官長に許可をもらって『リーチェ』付きの侍女になった。それを皮切りに、それぞれが己に何ができるのか、何をしたいのかを考え始めた。


 だったら自分もと、この場にいないスニルも『リーチェ』付きの侍女になった。

 だったら私はと、ラーディは神官長になるために上級を目指し始めた。上級にならないと神官長にはなれないからだ。

 だったら俺たちはと、他の四人は神殿の巫女を辞めて神殿騎士団に入り、神殿騎士を目指した。同じ騎士でも国に仕える騎士や近衛騎士と違い、元巫女ならば本来の身分に関係なく神殿騎士団に入ることができるし、神殿騎士は神殿の警護ができるからだ。

 その途中で、キアロとスニルは皆に内緒で結婚した。お互いに好きあっていたし、お互いを大事に思っていたからだ。神殿内で働いている者は、神官長と最高位の巫女に許可をもらうことができれば結婚できる。『リーチェ』と当時の神官長はそれを快く許可し、スニルは結婚してしばらくたってから侍女を辞めた。

 神殿騎士の中でもジェイランディアとマキア、マクシモスは己のその能力を最大限まで引き上げ、元巫女としては異例の早さで神殿騎士団長や副団長にまで登りつめた。


 それぞれに合った、それぞれの道を見つけた彼ら。『リーチェ』がそれを羨ましいと感じ始めたのは、『リーチェ』が十二歳、ジェイランディアとラーディが二十歳、他の者が十八歳の時だった。


 まだまだ子供だった『リーチェ』と、既に成人していた(この世界の成人は十五歳)彼らとでは、その気持ちも思考も雲泥の差。今ならそれがよくわかる……彼らの歳に近くなった、『黒木 桜』には。


 『リーチェ』が死んだのは十七の時。『リーチェ』の記憶を持っている私は二十六だ。考え方や常識は既に日本に馴染んでる。この世界で、私の考え方がどこまで通用するかわからない。


(これがいいのか、悪いのか……)


 なるようにしかならないよなあ、なんて考えていたら、彼らの暢気な話が耳に入って来てそのことにギョッとした。


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