約束を果たしに来ました
「おい! 聞いているのか⁉」
厄介なこと引き受けちゃったなあ、と前世を思い出していた私はその言葉に我に返って顔を上げる。声のしたほうに目を向けると、バカな王太子……今は王となったであろう男――面倒くさいから、王(仮)に決めた――がイライラした様子で私を見ていた。
「すみません。考え事をしていて聞いていませんでした」
つい本音をぶちまけると、眉間に皺を寄せながらも王(仮)は私に話しかける。
「ならばもう一度問う。そなたは何者だ? そして、勇者殿はそなたを恋人だと言っているが」
「何者と言われても困るんですけど……私は私ですし。ただ、私にわかっているのは、どうやらその二人の近くにいたせいで、二人の召喚? で合ってますか? ありがとう。その召喚に巻き込まれたみたいなんですよねー。それと、その男は恋人じゃありませーん。『どうしても彼女にしたい人がいるんだ。その人に嫉妬させたいし、その人が彼女になるまででいいから、彼女を演じて!』と、しつこく、本っ当っに! しつこく言われましたから、恋人のふりをしてただけでーす」
「ちょっ、桜!」
「あら、ホントのことでしょ? それと、いい加減名前で呼ぶのをやめてくれない?」
よっぽど私の声と顔が嫌そうだったのか王(仮)は私の言葉に納得し、男と女子高生の彼女さんは、なぜか青ざめた顔で私を見ていた。
なんでそんな顔? 意味がわからん。
「なるほど、わかった。で、そなたはどうしたい?」
「元にいた場所に帰りたいんですけど、帰れますか?」
「それは無理だ」
「あ、やっぱり。本当にお約束なんだ」
「お約束?」
「ああ、気にしないでください、独り言なんで。それで、あの二人はどうするって言っているんですか?」
そう聞くと、王(仮)は困ったような顔をして溜息をついた。おや、バカ王太子……もとい。私の知ってる王(仮)にしては珍しい反応だ。
「そなたに聞いてくれ、と」
「は? なんですか、それは」
「だから、そなた次第で勇者と巫女をやる、と」
「あー、バカですか? てか、バカ決定! 自分のことなのに自分で決められないわけ? 呆れてものも言えんわ」
「確かに」
王(仮)や周囲にいる人たちも小さくうんうんと頷いているということは、この人たちもよっぽど困っていたのだろう。呆れた顔で二人を見ると、さっと目を逸らされてしまった。
ほほう……? いい度胸だな、おい。
「で? 本当に私が決めちゃっていいんですか?」
「構わん」
「そのことに二人が文句を言ったりしませんか?」
「文句は言わないし、言われた通りにすると約束した」
王(仮)のその言葉に、二人はうんうんと頷いている。ふふーん、後悔するなよ? 来たくなかった世界に巻き込んでくれた礼はきっちり取ってもらおう。
といっても、記憶の一部は今まで封印されていて、断片的なことしか覚えてなかったんだけどね。でも、その前に二人に話さなければならないことがある。
「決める前に二人と話したいです」
「いいだろう」
王(仮)に確認を取ると彼は頷き、二人にくっついていた人物を全員下がらせた。これなら内緒話をしても大丈夫だろうと思って二人に近付き、女神フローレンとの約束を実行するべく、小さな声で二人に話しかける。
「あんたたちのせいで、ひどい目にあったわ」
「不可抗力だろが」
「まあね。それはともかく……二人とも、日本に帰りたい?」
「もちろん帰りたいさ! でも、あいつらは帰れないって……。だから、俺たちは勇者と巫女に……」
「ならないほうがいいし、帰れるって言ったらどうする?」
「「え?」」
「あいつらの言ってることは、半分は嘘で半分は本当。帰せないのは本当、勇者と巫女は嘘。ここに残っていたら、二人とも殺されるわよ?」
「「え……!?」」
厳密に言えば巫女は嘘ではないのだが、今は黙っておく。目を見開いて驚いた二人に、溜息をこぼす。
「何でそんなこと知ってるのかとか聞かないでよ? 私にだってわからないんだから。いきなり頭に流れ込んで来たんだもの。で、どうする? 帰る? 帰らない?」
「桜はどうするんだ? 一緒に帰るんだろう?」
「もちろん」
私の言ったことは、事実を隠しているだけで嘘じゃない。ここで敢えて言葉を切って「私は帰れない」という言葉を伝えないでおくと、二人は安心したのか「帰る」と言ってくれたので、安堵した。
小芝居をするための打ち合わせをして女神像を見上げると、錫杖が一瞬光る。それは、巫女が女神の力の一端を具現化する時の、巫女時代の合図だった。
巫女になった者ならば必ず知っている合図である。
ならばと覚悟を決めて王(仮)のほうを見ると、それに気付いたらしい彼が近寄ってきた。
「話はすんだのか?」
「はい。説得失敗しちゃいましたー。なので、勝手に決めます! 二人は召喚された通り、勇者と巫女をやんなさい」
「桜!」
「で、そなたは?」
「あら? 私のことも決めちゃっていいんですか?」
おや、これは予想外だった。問答無用で引き離されたりするかと思ってたのに、「構わん」と太っ腹なとこをみせた。なら、お言葉に甘えちゃいますよ?
「そうですか。では、お言葉に甘えて。二人は今後一切、二度と私に近づかないことと、顔を見せないこと、ですかね」
「そんな! 桜、俺、俺は!」
「あ、追加。私の名前を二度と呼ばないことと、この場にいる人の巫女の力ってやつ? を見てみたいです」
「ふむ、いいだろう」
王(仮)が頷いた途端、女神像が仄かに光ったと同時に、美人さん……フーリッシュが王(仮)の言葉に青ざめる。
「陛下! わたしはこのような場所で巫女の力を使うことは……!」
「フーリ、この場所だからこそ、だ。ここは神殿だ。そなたに否とは言わせん。他の最高位の巫女よりも強大な力を有しているのだから、フーリには容易いことであろう?」
陛下って呼ばれたってことはやっぱり王だったか。そう納得したところで、王はフーリッシュに有無を言わせずそう言うと、フーリッシュは青ざめながら俯く。
それを了承ととった王は、ひとつ頷くと私たちを見る。
「我が妻フーリッシュは、歴代の最高位の巫女よりも強い力を有している。それを見せてやろう」
「そうですか。それはどうも」
「それで、そなた自身はどうするのだ?」
「私ですか? そうですねぇ……。地図をいただけますでしょうか」
「地図? なぜだ?」
怪訝そうに聞いてくるけど今後のためにも必要だから、これだけはもらっておきたい。
「だって、帰れないんですよね? それに、あの二人と一緒にいるのも嫌ですし。だったら、冒険者や旅人になって、死ぬまでにあちこち見たいじゃないですか」
「……すぐに死ぬかもしれんぞ?」
「そりゃそうなんでしょうけど、見たいものは見たいんです」
神殿以外のものをね、と心の中で呟く。よほど私の決意が固いとみたのか、王が「地図を持て」と命じると、誰かが出入りして地図を持ってきて渡してくれた。ほんと、気前がいいなあ。
とっととこの国を出てやる。じゃないといろいろと巻き込まれるか、今すぐバッサリ殺られそうだ。
なら、やることをさっさとすませよう。
「じゃあ、巫女の力を見せてくださーい」
そう言うと、話すのはこれで最後だと思い、二人に近寄り、小さな声で耳打ちした。
「準備はいい? 余計なことを考えないで、帰ることだけをイメージすんのよ? 二人を帰したら、すぐに追いかけるから」
これは二人を安心させるための嘘だ。でないと二人は残ると言い出しかねないし、残って殺されでもしたら寝覚めが悪い。
「わ、私、女神の力とかわかんないよ!」
「大丈夫。言われた通りにやってみて。目を閉じて、深呼吸して心を落ち着けてから、魔法使いが使うような杖のイメージをしてみて。大丈夫、貴女には女神の力が宿ってるから。ついでに帰りたいって強く念じてね? あんたも」
そう話すと二人は小さく頷いたので笑顔を返して二人から一歩離れると、「バイバイ」と心の中で挨拶し、王に話しかける。
「あのー、質問なんですけど。この場所だと、私は危なくないですか? 滅茶苦茶近いんですが」
「ふむ……確かに危ういかも知れん」
「うわ、マジですか……。どんなのかわかんないしちょっと怖いんで、できればここから下りたいんですが」
私は何にも知りません、てな顔をして王に告げる。
いや、まあ、巫女の力はよく知っている。危ないなんてことはないのだが、単に私がさっさと逃げる算段をしているだけだ。
もしかしたら「必要ない」とか言われていきなり殺されるかもしれないし、できればそれだけは勘弁してほしい。王はしばらく考えたあとで「よかろう」と言って下りる許可をくれたので、出入口付近にいる見知った顔の傍に行くと、王に呆れた顔をされた。
「そこまで危険なものではない」
「えー? だって、何があるかなんてわからないじゃないですか。私は巫女の力なんて見たことないですし、この国の人じゃないんですよ?」
「ふむ……それもそうか」
妙に納得した王に、やっぱりバカはバカだったと内心呆れていると、早くも女子高生が杖を具現化させている。
「ほう、見事だ。神官長、どう思う」
「はい。中級クラスの力かと」
王の言葉に答えたのは、恰幅のいい男性だ。見たことのない顔だから、ラーディはうまくやったんだろうと安心する。
つか、神官長のおっさんよ、女子高生の杖は中級じゃなく上級に匹敵するものなんだが……。
マジで大丈夫か? この国の神官や巫女たちの行く末が非常に心配だぞ、おい。
「次は、我が妻だな。フーリ」
「は、はい」
「最高位の巫女たち以上のその力、この場に示せ」
「で、ですが!」
「できぬはずはなかろう? 今までやって来たではないか」
「そうですが、でも……」
「フーリ、ここは女神フローレンの間だぞ? 女神の巫女が何を躊躇う必要がある?」
あ、なんだ。フローレン様の間だったのかー、と初めて見る場所を見回す。どうりで見たことないわけだ。
女神フローレンの間――そこは、巫女見習いが女神フローレンに認められ、初級巫女となるための儀式をする場所だ。最高位の巫女三人は、生まれた時から女神の祝福を受けているために、この部屋に入る必要はなかったのだ。
(てか、女神フローレン様の間の祭壇を召喚陣に使ったの? なんつー罰当たりな……)
だから、この場にいるはずのない真っ黒くろすけもどきがいたのかと妙に納得してしまった。
終わったな、この国。
そんなことを考えていると、王の怒号が聞こえた。
「フーリ! いい加減にせぬか!」
「でも、わ、わたし、いつもは……」
「王妃様、いつものようにその力を……杖を具現化なされませ」
「さあ、王妃様」
「でも、わたしは……!」
「――そりゃあ、誰かにやってもらわなきゃできるわけないわよねえ。巫女ですらない、巫女見習いの『み』の字もできない子だったんだから」
「え……?」
しまった。口が滑ったと思った時には遅かった。
その場にいた人たちが、私のボヤキに反応し、一斉に私を見る。
「そなた……何を知っている?」
あちゃー、口は禍の元。内心焦りつつも王のその問に笑みを浮かべて答えず、別の話を振る。
「ああ、そう言えば。『この場にいる巫女の力をみたい』って言ったの、私でしたっけ」
「は? 何を言って……」
「あれからどのくらいの時間が経ったのわからないけど、とある巫女は王太子とその婚約者に言ったはず。
『『巫女見習いが抱いた欲望は、いつかこの国に滅びをもたらす。無知な王太子は、それに惑わされる』。それが最高位の巫女三人に下された、女神様の託宣ですわ』
と。まあ、この部屋の中の状態を見れば、結果は明らかですけどねー」
「「なっ!?」」
「どういうことですか!」
そう告げると、王と王妃は青ざめた顔をしながら仲良く絶句し、それを知らなかったらしい白いローブを着た神官は、王と王妃に迫っている。
もしかしてこの場にいる神殿関係者は、この真っ黒くろすけもどきが見えないのだろうか。だとすれば、この国の神殿関係者の末路も、この国と変わらない。
ほんとダメダメだわー、なんて暢気に考えていたら、王に睨まれた。
「なぜそれをそなたが知っているのだ!」
「さあ、どうしてでしょう? あんたに教えるつもりはないけど、でも、そうね……あなた方のために特別に教えてあげる。その昔、私が最高位の巫女だったからよ」
ニッコリ笑いながら言った私に、隣にいた騎士とそのうしろにいた女性騎士は驚いた顔をした。その反応に当然の反応よねー、なんて思いながらも腕を軽く降って杖を出す。
最高位の巫女にとって、杖を出すのは簡単なことだ。
「そ、その錫杖は!」
「最高位の巫女様しか持つことを許されぬもの……!」
「では、先ほどの託宣と、彼女の言ったことは……!」
「本当に決まってるでしょー? 女神の託宣は、絶対に外れないの。神殿関係者なら知ってるでしょ? さて、フローレン様。約束を果たしに来ました」
そう告げた瞬間、体がふわりと何かに包まれる感覚がした。
うん、覚えている。これは女神フローレン様の神気だ。
その神気が手に馴染んだ錫杖に集まる。
キラキラとしたものが私の周囲を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出す。シャン、シャン、と踊るように音を立てて錫杖を振ると、召喚陣の中にいた二人が姿を消す。
それと同時に「ありがとうございます」と心の中でお礼を言うと、女神の神気も消えた。
「き、消えた!?」
「あら。私は最高位の巫女だもの、当然でしょう? それに、二人を生贄にするわけにはいかないしねー」
本当はフローレン様の力だけどね、と心の中であっかんべーをする。が、生贄という言葉に、王と王妃、神殿関係者が息を呑む。
「うわ、本当に生贄にするつもりだったんだー。さっすがフローレン様ね。てか、神殿関係者のくせに、この場が今どうなってるかわかんないわけ?」
「何を……」
「あなた方にはわかる? ジェイランディア様、そして、マキア様。今なら見えるはずよ?」
彼らの目を見てそう言った私に、隣にいた男と女性騎士は目を見開いて、私を見つめた。
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