出戻り巫女の日常

饕餮

ユースレス編

何でこうなった

 ――何でこうなる。いや、こうなった?



 内心で溜息をつき、周囲を見渡す。

 石造りの白い壁と沢山の蝋燭の光があり、嵌め込まれた窓を見ると外は暗かった。月明かりが漏れているのか、窓からは淡い光が差し込んでいた。


 その場には白いローブを着た男女数名。

 腰に剣を佩く男性騎士が十数名と女性騎士一名。

 その騎士に護られながら厳かな雰囲気をぶち壊しにしている、無駄にキラキラしている男女。

 後ろを見れば、錫杖を持った女性の像がある。錫杖の先端はトランプのクローバーの形で天辺はゆるく尖っており、尖った先にはさらに丸いものが付いていた。そこかしこの雰囲気から、どうやらここは神殿か何かのようだった。

 その女性像の足元には一段高くなっている円形の大きな石があり、自分の足元を見ればそこには黒い文字がびっしりと書かれていた。


 私が今いる場所はその円形のはじっこで、その中央には二人の見知った顔があった。


 もう一度周りを見渡すと、辺り一面に黒いふわふわしたもの――某アニメの「真っ黒くろすけ」と呼ばれていたものに似た黒い綿毛がそこかしこをふわふわと漂いながらも、一部の黒いふわふわしたものはその場にいる人々にくっついていた。

 中でも特に酷いのは、無駄にキラキラしている男女。顔以外は全身真っ黒で、まるで黒いふわふわの着ぐるみを着ているようだった。だが、その中にあって唯一黒いふわふわがくっついていない人たちがいた。そのことに驚きながらも、その人たちの顔を見て納得してしまった。


「おお、成功したぞ!」

「どうやら余計な者もいるようですわね?」

「それは後にする。先にこちらの二人が先だ」


(おい、言うに事欠いて『余計な者』と『それ』だと?)


 やさぐれた気分で、それ呼ばわりしたキラキラしている男女を見る。男の顔は……まあ、カッコいい部類に入るだろう。あくまでも、だが。いかんせん礼儀がなってないぶん、相変わらず中身は残念そうだ。それに女の顔。美人には違いないと思うが、顔中に腹黒さと醜悪さが出ていて、美人度を下げている。


「よくぞいらした。勇者殿、そして巫女殿」

「は?」

「え?」

「今、この国――ユースレスは、滅びの危機に瀕している。二人のお力で、この国を救ってはもらえないだろうか」


 その台詞を聞いた知り合い二人は、揃って「はぁっ?!」と声をあげた。それを聞いていた私はというと、そこまで落ちたのか、やっぱりな……という思いだった。



 そもそも二人のうち、男のほうは私の彼氏だった。いや、『彼氏のフリをしていた』が正しい。

 その日、しつこく「デートしよう」と騒ぐ男に辟易して仕方なくデートをするべく男と待ち合わせをしていたのだが、待ち合わせ場所に行くと、もう一人の女――高校生くらいの少女が男の腕にしがみついていたのだ。私に気付いた男は何か言い訳をしていたが、それを無視して女子高生のほうを見ると、ニィ、と意地悪く笑っていた。

 多分、私から彼を奪ってやった的な気持ちだったのだろう。そのことに何の感慨も浮かばず、男に向かって話しかけた。


「あら、やっと彼女できたのね。じゃあ、もう付き合う必要はないわよね?」

「ちょっ、桜?!」

「だって、最初からそういう話だったじゃない。今日のデートだって『予定がある』って言っていたにも拘わらず、貴方がしつこく……本っ当っに! しつこく誘うから乗っただけだったんだけど? そこの彼女を見せたかったのなら最初からそう言えばいいじゃないの、まったく。……良かったわね、彼女さん、彼氏ができて。そいつ、顔はいいけど中身は残念だし、ストーカー気味だし、何気に女にモテるから気を付けなさいね」

「え……」

「違う! 桜、俺は……!」

「言い訳は結構よ。それにしても意外と早かったわねー。一ヶ月だっけ? でもよかったわー、やっと肩の荷が下りたわー」


 二人を見てにっこり笑うと、女子高生は唖然とした顔をしていたし、男のほうは何故か苦し気な顔をして肩を落としていた。偽物の彼氏なのに、何でそんな顔をするのかわからない。そもそも


『どうしても彼女にしたい人がいるんだ。その人に嫉妬させたいし、その人が彼女になるまででいいから、彼女を演じて!』


 と、何度も何度もしつこく頼むから仕方なく彼女のフリをしていただけであって、今更になって如何にも『貴女が好きです』的な演技をされても困る。正直に言って、この男のストーカーばりのしつこさに辟易していたから、やっとこの男から解放されると思うと嬉しくてしょうがない。


「あの、あたしは、ホントはかーくんの……!」

「違うんだ、桜! 俺は、本当は……!」

「ハイハイ、照れなくていいから。あー、やっと解放されるわー。じゃあ、私は用済みよね? 前から言ってたように用事もあるし、帰るわ」


 なんてやり取りをして来た道を引き返そうとしたら、二人を中心に光の輪が広がり、慌ててそこから逃げようとしても逃げられず、結局それに引きずり込まれてしまったのだ。

 光が収まって目を開けるとたくさんの人と見知った顔がいて、本か何かで読んだ流行りの『異世界召喚』に巻き込まれたんだ、とかなり冷静に辺りを見回していたのだ。こんな時に冷静でいられるほうがおかしいのだが、私にしてみれば見知った顔を見た時点で冷静になり、げんなりしたのだから仕方がない。

 二人を見ると、「何がなんだかわからない」という顔をしながら、彼らの話を聞いていた。



 ――私、黒木 桜は、前世の記憶持ち――いわゆる転生者だ。しかも、この国、ユースレスの最高位の巫女だった。

 小さいころは前世の記憶があることに怯えたりもしたが、この世界のどこにも彼の国がないと知ると、もうあんな思いをしなくていいのだと安心できた。だが、世の中何が起こるかわからない。だから私は勉強も武道も習った。尤も、武道は広く浅く基本的なことを習っただけで、それを習ったと言えるのなら、だけど。


 それはともかく、この国の最高位の巫女の役目は多岐に渡る。

 女神に祈りを捧げたり、女神の言葉を伝えたり、各地を訪問したり、酷い怪我を治したり。まあ、ぶっちゃけて言ってしまえば、巫女の仕事として考えられることをしていた。

 中でも特殊だったのは、次代の王に嫁ぐこと。その当時は何とも思わなかったけど異世界の日本という国に生まれ、そこで生活するにつれて変な国だな、と思った。

 そんな感想は横に置いておくとして、私はこの国の巫女として働き、王太子に嫁ぐことが決まった直後に殺された。巫女の力がない、巫女見習いの欲望によって――。



 ***



 当時、女神に祝福された巫女は三人いた。巫女見習いは多数。自ら志願して来た者や、神官によって見いだされた者は神殿に連れていかれ、日々修業や勉強によってその力を身に付けて行く。

 当然、どんなに修業や勉強をしても女神に認められなければ巫女とはなれないが、その中には生まれながらにして女神に祝福された者もいた。それが、私を含めた三人の最高位の巫女だった。

 ただ、女神に祝福されていてもその力の使い方、具現の仕方がわからなければ宝の持ち腐れだ。だから私たちも含め、皆修業や勉強に励んだ。


 ある日、この国の王が自国の王太子と隣国の王太子二人を伴って神殿にやって来た。もちろん、花嫁を見に来たのだ。

 私はこの国に、他の二人は隣国に嫁ぐことが決まったが、それを不満に思った者がいた。それが巫女見習いのフーリッシュである。彼女はこの国の王太子に一目惚れし、あろうことか『巫女の力を発現させられる、あの女よりも強い力がある』と嘘をつき、見事に私をその座から引きずり下ろした。

 嫁ぐことが嫌だった私にとっては嬉しいことではあったが、彼女はそれだけでは気が済まなかったのか、あることないことを国王と王太子に吹き込み、私を殺すことを決めさせたのである。そんな嘘に騙される王族もどうかと思うし、力量も高が知れているというのに。

 それを聞いて怒ったのは、神殿関係者と神殿騎士団長だった。神殿関係者は、フーリッシュがそんなことを仕出かしていることすら知らずにいたというのだから呆れるが、神殿関係者の数が巫女見習いよりも少ないのだから、致し方無い。


 殺される日のこと。王太子とその婚約者となったフーリッシュ、若き神官長のラーディ、神殿騎士団長のジェイランディアが私のところに来た。彼らの後ろには三人の神殿騎士と私付きの侍女がいたが、団長を含めた騎士達や侍女は、悲愴感を漂わせていた。

 死にたいわけではなかったが、その顔を見れただけでもよしとしようと腹をくくり、笑顔を浮かべた。


「あら、巫女見習いのフーリッシュと王太子殿下。何のご用でしょう?」

「リーチェ、我が婚約者を巫女見習いと言うのか?! 取り消せ!」

「なぜでございますか? 実際にフーリッシュは巫女見習いでございますし、未だ巫女の力の発現の兆しが見えないのでは、巫女見習いで充分でございましょう?」


 そう言うと、神官長から「やはり」という言葉が小さく漏れた。


「リーチェ!」

「殿下、その者に惑わされてはなりません。……が、もう遅すぎますわね。フーリッシュは巫女の力を持たぬ者。その者を娶とった国がどうなるかご存知ですか?」

「そんなことは知らぬ! それに、フーリは巫女の力を有している!」

「あらあら、ここにも勉強不足の方がいらしたわ。……まあ、どちらが正しいか、いずれわかりましょう。その時後悔しても、時既に遅いですが」


 何を言っても無駄だと王太子に見切りをつけ、神官長に目を向ける。


「ラーディ様、この場にいるものが見えますか?」

「はい。では、やはりこれがそうなのですね?」

「ええ。わたくしには、最高位の巫女三人が同じ託宣を受けたものと同じものに見えます。ラーディ様、急ぎ準備を。……アストリッド様とレーテ様に事の次第と、悲しむ必要はありません、とお伝えください」

「畏まりました。それと、あのお話は……」

「仮定でのお話ではありますけれど、もしまた相まみえましたら、でよろしければ」

「リーチェ様、ありがとうございます。それでは殿下、私はこれで失礼致します」


 綺麗なお辞儀をしてから踵を返したラーディに、王太子の怒号が飛ぶ。


「待て、神官長!」

「殿下のお話では、リーチェ様に会わせてくださる、話をしてもよい、とのことでしたので、私の用は済みました。それに私はこれでも忙しいのですよ……どなたかの我儘のせいで」


 溜息をつくように言った神官長は、王太子やフーリッシュを見ることなくその場を辞して歩いて行ってしまった。神官長の言葉に身に覚えがあるのか、王太子はそれ以上何も言わず引き留めもしなかった。私はそれを見届けたあと、今度は騎士たちに話す。


「ジェイランディア様、騎士様方。あなた方が気に病む必要はありません」

「リーチェ様?!」

「私を殺したとて、あなた方には何の咎めもありません」

「ですが!」

「大丈夫です。ジェイランディア様のお志しは騎士様達に伝わります。いえ、この場にいる騎士様方にのみ伝わる、というのが正しいでしょう。どうぞ、ジェイランディア様の思うがままに」


 そう伝えると、騎士たちは唇を噛み締めて項垂れる。皆、ジェイランディアの意志を知っているのだろう。ジェイランディアもそうしていたが、不意に顔を上げて私に問いかけた。


「……わかりました。ただ、お願いがあります。ラーディ様のお話が何なのかはわかりかねますが、察しはつきます。なので、私にも……!」

「わ、わたくしにも!」

「ハンナ……」


 私たちも、と続けざまに言う騎士たちや私付きの侍女のハンナに、仕方がない人たちだと苦笑が漏れる。相まみえることなどないことはわかっていても、嬉しいと感じることは確かだったので、「ラーディ様に確認なさいませ」と、結局はそれを許した。


「何の話だ?」

「殿下には関係のないお話でございます。さあ、どなたがわたくしを殺しますか?」

「あ! 俺、神殿警護があったの忘れてました! 殿下、団長、失礼します!」

「私もです。失礼します」

「では、私は侍女殿を送って行こう。ハンナ、行こう」

「はい、マキア様」


 失礼しますと言って男性騎士二人と、女性騎士に伴われてハンナがその場をあとにする。


「おい!」

「あら、中々慕われておりますわね」

「煩い!」

「それでは殿下、私もこれで」


 その様子を見ていたジェイランディアがその場を辞そうとしたので、王太子は慌ててそれを止めた。


「ジェイランディア! 神殿騎士団長のお前がどこに行くと言うのだ!」

「殿下の弟君――近衛騎士団長に呼ばれておりましてね」

「放っておけばいいだろう!」

「殿下の成婚式の警護の話ですから、そういうわけには参りません。すぐに婚姻を挙げたいなどと我儘を言われて、こちらとしてもいい迷惑なんですよ。……おっと、失言でしたね」


 ジェイランディアが嫌味全開で話すと、王太子はギリギリと歯の音をさせながらも眉間に皺を寄せ、フーリッシュは唇を噛んで俯いた。


「殿下、それでは失礼します」

「ま、待て、ジェイランディア! 私やフーリの護衛は?!」

「それは本来、近衛騎士の役目でしょう? 神殿騎士である私の役目ではありません。巫女見習いであるフーリッシュでは神殿騎士の護衛は就きませんしね。……では」

「な……っ!」


 ジェイランディアは王太子に礼をしてさっさと出て行く。一瞬目が合い、しばらく見つめ合うが、ジェイランディアは苦し気に目を伏せたあとで身を翻し、その場をあとにした。


「ええい、どいつもこいつも!」

「本当に慕われておりますわね」

「黙れ!」


 そう怒鳴った王太子は扉の外にいた近衛騎士を呼ぶと、私の殺害を命じる。それに躊躇いはしていたが、王太子の命に叛けばどうなるかわかっているのか、近衛騎士の二人は苦し気な顔をしながらも剣を抜いてそれを私に向けた。


「何か言うことはあるか? リーチェ」

「ありませんわ。ああ、一つだけありますわ」

「何だ、言ってみろ」

「では、遠慮なく。『巫女見習いが抱いた欲望は、いつかこの国に滅びをもたらす。無知な王太子は、それに惑わされる』。それが最高位の巫女三人に下された、女神様の託宣ですわ。わたくしが言ってる意味が、お二方にはわかりますかしらね?」

「煩い煩い! 殺れ!」

「……は、はっ!」


 一思いにしてくださいませ、と告げて目を閉じる。目を閉じる直前に見たフーリッシュの顔は、託宣など関係ないと謂わんばかりにせせら笑いを浮かべていた。王太子は託宣など気にもせんと謂わんばかりの態度で、私を睨み付けていた。

 見習いの「み」の字もできなかった彼女にはわからないだろう。女神の託宣は絶対だということが。彼女の嘘を見抜けなかった神官や王や王太子がそれを目の当たりにした時、彼らが彼女をどう扱い、罵るのかを知る術がないのは残念ではある。


(ジェイランディア様……どうか、わたくしを忘れてお幸せに)


 そう心の中で祈る。本当はあの方が好きだった。だが、王太子に嫁ぐ身としては、それは告げてはならないことだった。

 過去に、王太子に嫁ぐことなく、別の者に嫁いだ巫女もいると聞いた。だが、別の者に嫁いでも、この国を出ることは許されなかったと聞く。

 それでもよかった。あの方と共にいられさえすれば。それが叶わなくとも、あの方の姿さえ見られれば……あの方がいるこの国にいられさえすれば、私は一生神殿にいてもよかったのだ。だが、それももう叶わない。


(女神フローレン様、どうかこの国の行く末を……神官長様や騎士様達やハンナの行く末を、見守りください)


 そう祈りを捧げた瞬間、ドスッ、とお腹に何かが当たると同時に、急速に何かに引っ張られる感覚がする。そのまま眩しい光にさらされて目を強く瞑ると、柔らかい声で『リーチェ』と話しかけられた。薄く目を開けると、全身が光っている女性がいた。その姿に慌てて膝をつこうとすると、その女性――女神フローレンは『そのままで』と言って私の手をとった。


「フローレン様、申し訳ありません……止めることができませんでした」

『それは致し方のないこと。あの託宣は覆ることはありません』

「そうでございますか……」


 そっと目を伏せ、溜息をつく。尤も、私は死んでしまったのだがら、これ以上は何もできないのだが。


『それよりもリーチェ。貴女にはやってもらわねばならないことがあります』

「わたくしに、でございますか?」

『ええ。貴女はいずれまた、この世界へ呼び戻されるでしょう。その時、二人の旅人を、元の場所へと帰してあげてほしいのです。でないと、その二人は生け贄として殺されてしまいます。それだけは防がなければなりません』


 女神フローレンは、いつも浮かべている慈愛の微笑みを消し、悲しそうな顔をして私をじっと見ている。


「ですが、わたくしにはそのような力はございません」

『その時は、ほんの少しだけわたくしが力を貸しましょう。ただ……』

「ただ?」

『それをすることで、貴女は還れなくなってしまいますが』

「還る、というのはよくわかりませんけれど、わたくしにできるのであれば。……フローレン様の御心のままに」

『ありがとう、リーチェ。では、その時まで、この会話を封印しましょう。封印が解かれるのは、この世界に戻ったと同時に、ということにします。さあ、リーチェ、行きなさい』


 女神フローレンにそう言われた途端、私の意識は途絶えた。


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