第4話 標準モデル




「この二つの発見、もし別々に考察されたならば〈自然の特例〉〈一種の冗談〉と考えられたでしょう。しかし両方の結果から、宇宙には予想以上の大構造があると認めざるを得なくなりました。実は〈大きなスケールでは宇宙は一様である。つまり目立った構造は無い〉という考え方には直接的証拠(と思われるモノ)があったのです」


「証拠?」


「はい。それはマイクロ波背景放射と言われています。これはビックバンの名残りであり、今も宇宙をめぐり続けている電磁波の一種であります」


「ふむ」


「宇宙ははじめ数十万年間、電磁波と熱くて濃い素粒子や原子核のスープで満たされていた。その頃は電磁波がこのスープを透過することは出来なかった。しかし宇宙が膨張し温度が下がると素粒子・原子核のスープは薄くなり電磁波は突然自由に進めるようになった。それから数十億年、この電磁波つまり光はほとんど何物にも邪魔されず宇宙を進んでおり、今でも観測可能なのであります」


「それで?」


「宇宙中に満ちていて、あらゆる方向から地上にやって来る弱いマイクロ波が1965年に発見されると、ビックバン理論は〈それらしい話〉から広く受け入れられる宇宙創成の理論に格上げされました。この理論によれば、宇宙は無限の高温と無限の高密度から膨張をはじめ、現在に至るまで温度も圧力も下がり続けているといいます。おそらく0.0000000000000000000000000000000000000000001秒という現代科学では考えられない程の僅かな時間の後、我々の知っている物理学の法則が適用される世界になったと考えられています」


「なんと、、、」


「ビックバン理論はマイクロ波背景放射と宇宙の膨張を予言するが、今ではどちらも確かめられています。逆に別の理論ではマイクロ波や膨張をうまく説明できない。しかし、別の理論が絶対にないとは言えないので、ビックバン理論はあくまで理論またはモデルであり、それを〈真理〉と呼ぶことは出来ません。現在多くの学者がビックバン理論は基本的に正しいと考えているが、将来は訂正されるか、最悪破棄され得ると考えています」


「ふむ。で証拠は?」


「はい。もし、背景放射が物質のスープから自由になった時に物質の密度にムラがあったとすると、今でもマイクロ波にその痕跡が残っているはずです。密度の高いところ、つまり物質が多く存在したところにはより多くのマイクロ波が捕まっていたはずだし、その後妨げられることなく宇宙を伝播したマイクロ波は密度の高低を温度の高低として正確に記録しているはずなんです」


「うん」


「マイクロ波に非一様性は認められなかったんです」


「均一だったということか?」


「違います。初期宇宙の非一様性は極めて小さかったため観測出来なかったという事です」


「うーん、よう分からん」


「初期宇宙でもなんらかの構造はあったに違いない。実際そうでなければ、銀河も銀河団も生まれて来なかったはずだ。これが一部の天文学者がいう宇宙の標準モデルの基礎であります」


「もし初期宇宙が完全に均一でまったく密度のムラがなかったとすると、現在の宇宙は等間隔に並べられた孤立する原子でできているでしょう。この密度のムラ(ゆらぎ)が本当にあったという証拠が標準モデルには欠けているのです」


「つまり、標準モデルは完璧ではないと?」


「そういうことです」





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