リセットボタン ~人生やり直し~

しょもぺ

第1話 『リセットをする時』

人生をやり直したい。

誰もがそんな望みを抱いたことが一度はあるだろう。

この物語は、すでに人生をやり直した男の物語である。


午前1時。

寒空の中、赤ちょうちんで飲んだくれている男がいた。

男の歳は45歳。独身。以前は既婚者だった。

以前は既婚者だった……というのは、離婚した訳ではない。

ではなぜ、離婚もしない既婚者が独身になれたかというと、ある出来事が起こったからだ。その出来事とは何なのか? この物語は、そんな男の人生を主点に進んでいく。


「うぃ~……ヒック! ちくしょう!」

今夜もまた男は、悔しさと情けなさと寂しさで、酒をあおってグチを垂れているしかなかった。


男の名は、『赤堀紅男』(あかほり べにお)


45歳の肥満体系に、モジャモジャのパーマの掛かった髪と、赤いハデなジャンパーが目立つ。年配が好みそうな昔ながらの赤ちょうちん。居酒屋のカウンターに泥酔して居座る。そんな姿は、この店の常連なら誰しもが目にする光景だった。


さて、この男、 赤堀紅男。

彼は以前は、結婚し、3人の子供を授かり、経営している会社も順調であった。

だが、ある事で歯車の外れた人生は、坂道をコロコロと面白いように転がっていった。会社の倒産で背負った借金は膨れ、家族の生活費を工面するのも難しくなり、挙句にギャンブルと酒に逃げるという、わかりやすいクソ虫のような転落人生を送った。


そんな時、この居酒屋で『ある男』と出会い、その男の口からささやかれたのは、

「人生をリセットしてみませんか?」という、荒唐無稽な話だった。


だが、 赤堀紅男はその口車に乗った。新しい人生を夢見て、人生をやり直したい一心で。そして、その男から手渡されたのは、『リセットボタン』なる機械だった。

昔、ゲーム機で見たことがあるような、掌に乗るぐらいの白い機械で、赤いボタンが付いていた。そのボタンを押しさえすれば、時間を遡って人生をやり直せるというのだ。


半信半疑だった 赤堀紅男も、酒の酔いが後押しをし、ついには押してしまった。

すると、確かに時間は遡り、8年前に戻ることが出来た。年齢は37歳。

『リセットできた!』……そう実感したのは、自分の一軒家に帰った際に、嫁が自分を覚えていない事で確信した。8年前には独身だった自分の住んでいたアパートに戻ると、さらに実感した。うるさい嫁も子供もいない。わずらわしい生活費や家のローンもない夢のような生活。


「やった! 俺はもどったんだ! 人生をリセットできたのだ!」


喜んでいたのは数年だけだった。

経営していた仕事はまずまず順調であった。自由に使えるお金もそれなりにあった。

だが、愛はない。妻と子供たちの笑い声はない。

キャバクラやスナックの女に慰められる日々。いや、摂取される日々。

生活は荒れ、体調も優れない。しかし、酒の量はさらに多くなる。

いつしかやる気を失い、仕事は座礁に乗り上げた。


そして、時は経ち、以前リセットボタンを押した年齢にまで時間は経過した。

リセットした時が45歳。戻ったのが8年前。また戻って来てしまった45歳。

気が付けば何も無い。金も、家も、妻も子供も、やる気もない。

自分が以前、どんな生活をしていたのかも記憶がない。興味もない。


無味乾燥。砂を噛んだような味気なさと虚無感と孤独。

ひょっとしたら、世界は。いや地球は、自分ひとりだけを置いてけぼりにしてしまったのかもしれない。


泣いた。男は咽び泣いた。だが、一度失った人生は戻らない。

以前、男から手渡された『リセットボタン』は一度しか発動しない。二度はない。

たった一度だけのやり直せる人生。それだけでも価値はあるかもしれない。

しかし、リセットボタンでやり直しても価値は生まれるとは限らない。

赤堀紅男は、人生をやり直して確実に失敗したと言ってもよいだろう。


背中が寒い。いや、心が寒い。からっぽの穴から黒い渦が蔓延してくる。

助けもなければ逃げ場もない。八方塞り。


居酒屋を出た赤堀紅男は、路地裏の電柱に吐瀉物を放った。

気持ち悪さと不快さが鼻腔を塞ぐ。またさらに気持ち悪くなる。

ほとんどゾンビのようにふらふらと歩む姿は、誰しもが避けて通った。


駅前。そこで赤堀紅男は、目を丸くして驚くほどの出来事と対峙する。

以前、居酒屋で自分に『リセットボタン』を渡した人物。

その男がそこにいた。しかも横には、以前自分と結婚していた妻と子供たちがいた。


なぜ? 何で? どうして?


その時、赤堀紅男の肩を叩く、ひとりの人物がいた。        続く



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