大騒ぎ!

「それっぽいのを見つけたわ。」


 トキが降りて来ると一言、そう言った。

 道案内を頼むとトキは私たちを先導した。


「うーん、いるかな?セーバル。」


「サーバルとカラカルの耳で何か聞こえないのかしら」


「まだ関係ありそうな音は何も聞こえてこないよ。…あっ、待って、何か聞こえる!」


 サーバルは一人で音が聞こえたであろう場所へ走って行ってしまった。


「……この音、フレンズの出す音じゃないと思うんだけど。」


 それってどういう?

 とりあえず私も補聴器をつけて確認することにした。


「うーん、思い出せないわ、ただこの後なんだかかわいいサーバルの姿が観れるような…。(そう、例えばサーバルの泣き顔とか…。)」


 カラカルが思い出そうとしていると突然遠くにいるサーバルから悲鳴が聞こえてきた。


「にぎゃぁああああああ!?せ、セルリアンだよー!」


「あ、思い出した。(やっぱりサーバルはこうじゃなくっちゃ♪)」


 カラカルが笑みを浮かべてそう言う。

 そういえば女王事件の時はこうしてサーバルがドジを踏むことによってセルリアンを召喚していたなぁー。と懐かしい感覚に浸っていると、サーバルが一人でセルリアンを倒してしまった。


「あーあ、つまんないの、せっかくサーバルのピンチな姿が久しぶりに見れると思ったのに。」


「ちょっとぐらい心配してよカラカル!それに、あの程度にやられるほど弱くないよ!」


「へー?言うじゃない。園長無しでも同じこと言えるのかしら?」


「うっ、それは…。」


 カラカルがニヤニヤしながらそう問いかけるとサーバルはバツが悪そうな顔をしてカラカルから目を逸らした。


「…サーバル、勇敢なのは良いことだけど園長がいない時はちゃんと逃げなさいよ?(あんた、ドジなだけじゃなく誰かが危ない目にあってたりしたらすぐ突っ込んで行くんだから。)」


(…心配してくれてるんだね。)


「えへへ、嬉しいな。」


「なにが?」


「だってカラカルって私のこと心配してくれてるじゃん!」


「!、ち、違うわよ!」


「だったらあんなこと、わざわざ言ったりしないでしょ?」


「!!、っ、」


「えへへ、カラカルの恥ずかしがる顔、久しぶりに見た。」


「なっ!?にゃ、にゃにをぉ…。」


「カラカル、心配してくれてありがとう。でも私、別に勇敢でもなんでもないよ?」


「…セーバルの時もそうだったけど、あんた、誰かを助けるってなったら自分にどんな危険なことがあっても、止まらないでしょ?それが、その、心配なのよ。」


 カラカルは俯いて、ひどく辛そうな顔をして本心を告げた。


「なーんだ!そんなことか!」


「は?」


 え?


「その事なら全然平気じゃない!」


「なっ!平気ってわけじゃないでしょ!もしあんたに危険な目があったら…」


「だって、カラカルならどんな時も私を助けてくれるでしょ?親友だもん!」


「!、サーバル、あんた…。」


「それにね、私、別に自分にどんな危険なことがあっても止まらないわけじゃないよ、みんなが私を助けてくれるって信じてるから突っ込めるんだ!」


 サーバル…。


「だからね!心配しなくて大丈夫!その時になったら、カラカルや園長を呼ぶから!」


「…、ふふ、わかったわ。サーバル!何かあったら親友の私を呼びなさい!助けてあげるわ!」


「うん!ありがとう!」


 …サーバル、私も、サーバルをしっかりサポートするよ!


「えへへ、園長もありがとう!」


 サーバルはこちらを向いてとびっきりの笑顔を見せてくれた。その瞬間、私の心は暖かい何かが注がれたような気がして、とても嬉しくって、気づけば私も笑顔を見せていた。


「………〜〜〜♪゛〜〜♪゛!!!!!」


「ぎぃにゃぁあぁあぁあぁあぁあぁあ!?!?!?」


「ちょ、ちょっと待って!なんで今歌うのよ!?しかもわざと恐ろしい声を出したでしょ!」


「みんな私を蚊帳の外にしていたから、つい。(ちょっと寂しかった。)」


「にゃぁぁぁ…!、園長!後ろ後ろ!」


 え?

 私は後ろを向いた、するとそこには飽きるほど見た青いセルリアンがいた。…数はザッと数えて20ぐらいいる。


「と、トキ!あんたなんてことを!園長、戦うわよ!」


「あ…、ごめんなさい。前の歌い方だとセルリアンが来るのを忘れていたわ。」


「別に構わないわ。この程度、サーバルと園長、そしてあんたがいれば一瞬よ。それにトキ、あんたをちょっととはいえ放置してたのも悪かったわ。これが終わったら一緒に楽しい話をしましょう!」


「…、えぇ、わかったわ!」


 すぐに陣形を立てようとしたその時、突然セルリアンの後ろの方から元気な声が聞こえて来た。


「フェネック、見るのだ!あんなところに大量のセルリアンがいるのだ!よぉーし、フェネック、巨大セルリアンを倒す前に、景気付けにあのセルリアンの集団を殲滅するのだ!」


「はーいよー、ってあれ?なんか力が湧いてこない?アライさん。」


「ほんとなのだ!ちょうど良い!まとめて全部倒すのだー!」


(…この感覚、もしかして園長?)


 聞こえてくる声や会話の内容からして間違いなくアライさんとフェネックだ。

 ちょうど向こうからセルリアンを攻撃しているようだ。ならばこちらも攻撃して挟み撃ちにしよう。そのようにサーバルたちに伝えた。


「はいはーい!サーバル、行っくよー!(みんな!任せたよ!)」


「さっさと終わらせるわよ!(行くわよ、みんな!)」


「そうね、上からの援護は任せて。(任せて、あなたたちの後ろは私が守るわ。)」


 サーバルとカラカルは真っ直ぐセルリアンへと突っ込み、トキは近くにあった岩を持って上空へと舞い上がって行く。


「!、フェネック、見るのだ。あれはトキ、そして聞こえてくる声は恐らくサーバルとカラカルの声なのだ、つまり、獲物を横取りされる前に早く動かないとダメなのだ!急ぐのだフェネック!」


「普通に手伝ってくれてるだけだと思うよー?それにこのセルリアンを倒してもご褒美もなにもないよ。」


「パークの平和はご褒美が無くても自分たちで守るものなのだ!誰かに任せっきりじゃダメなのだ!それに、この活躍を誰かが見ていたらきっとその話はパーク中を巡り巡ってアライさんとフェネックは人気者になるのだ!ゆえに急ぐのだ!」


「後半のはいらなかったと思うけど、まぁ、やるかー。後ろは任せてね、アライさん。(やっぱりアライさんは頼りになるねー。)」


 サーバルとカラカルの二人は美しく、流れるようなコンビネーションで爪を振るう。次々と倒されて行くセルリアン。しかし、倒せていなくてもそのまま次のセルリアンの場所へと行ってしまう。このままなら包囲されてしまうのだが、倒せなかったセルリアンは上から急降下して来たトキが岩をセルリアンに向けて投下して倒したり、歌を歌ってセルリアンを粉砕していったので問題にはならなかった。


 が、こっちから見れば15mくらいは離れた位置にいる四つの触手の先に口をつけ、牙を生やしたタイプのセルリアンが彼女たちを見つめていた。恐らくタイミングを見計らっているのだろう。

 そして…、あのセルリアンは今の彼女たちの位置からするとちょうど死角だった。

 私は咄嗟にカメラをセルリアンに向けて、シャッターを光らせる。強烈な光はまっすぐセルリアンへ届き、注意を引くことに成功した。セルリアンはこちらを、その無機質な眼で見つめてきた。

 これで彼女たちを守ることができた。そう安堵した。


 そして私は今更気づいた。

 注意を引くということは攻撃を引き受けるという事だと。


 しまった。そう思った時にはもう全てが遅かった。セルリアンは真っ直ぐこちらへ4本の触手全てを使って攻撃して来た。


 セルリアンに感情はない、故に無慈悲。

 決して触手による攻撃をやめてはくれないし、簡単に私を逃がしたりするようなこともないだろう。

 だったら一度奇跡とやらにかけてみようか?いや、そんなもの、ただの気休めにもなりはしない。

 サーバルたちが居る方を見てみるが、こっちの異常に気づく事はなかった。

 なにも考える事ができない。まるで道路を渡っていたら真っ直ぐこちらへと走ってきた車と対峙したときの猫のように、私はなにもできず、ただ、その時が来るのを待っているだけの存在となっていた。

 こう言う状況を、俗にこう言うのだろう。


『詰み』だと。











 …いや、ダメだ!こんなところで、終わってしまうわけにはいかない。

 もし私がセルリアンに食べられて輝きを失ったら一体どうなるんだ?何か感情が消えるのか?それとも性格が大きく変わってしまうのか?

 それか、記憶を失ってしまうのか?

 瞬間、私は以前パークに訪れて来た私の友を名乗る人物を思い出していた。

 その人物は私が記憶喪失になったと知るととても悲しそうな顔をしていた。


 …あの顔をサーバルたちにもさせるのか?

 それだけはダメだ。

 私にいろんなことを教えてくれたミライさん、初めて会う私にも優しくしてくれて、信頼してくれて、大好きだと言ってくれたサーバル、サーバルの泣き顔が大好きで、いじめたりもするけど本当はすごく大切に思っていて、誰よりも深くサーバルのことを考えているカラカル。

 そして、サーバルによく似ていて、ジャパまんを食べるといっつも幸せそうな顔する。気づけばこっちも笑顔になっているセーバル。

 他にももっともっと大切な人がいる!

 そんな大切な人たちの笑顔を私のせいで曇らせたりするような事は絶対にできない。

 私は、覚悟を決めた。アレを避ける覚悟を。


 まずはどうやってあの攻撃を対処するかを考える。やけに頭が冴えていたためか、それはすぐにわかった。

 あの触手はかなり早いスピードでこちらを目指している。だから直前まで引き寄せられ、そして避けられたならば、きっとそのまま私を追尾することはできず、真っ直ぐそのまま進んで行くはずだ。


 うまく行く。そう確信した私はすぐに左に大きく飛び跳ねる準備をする。

 触手は依然かなりの速さでこちらへと迫ってくるが、覚悟を決めた私に怖いものなど、もはや無い…!

 今はただ避けることだけを考えるんだ!音は邪魔だ、私は補聴器の電源を切った。


 私と触手の距離は8mを切った、アレが近づけば近づくほど徐々にスローモーションになって行く気がする。だがそんなことを気にしていてはアレは避けられない。すぐにもう一度アレを避けることに集中する。


 そして残り5mになる。

 もはや目の前だ、だがまだだ。もし早すぎたらアレは私を追い越さず、こっちへ着いてくる。そうなれば輝きを奪われる。 だからまだ待つ。ただ待ち続ける。


 そして、残り2mになった。

 今だっ!

 私は全力で左へと飛んだ。直前まで引き寄せられた触手はこちらを追いかけることはなく、真っ直ぐ、さっきまで私がいたところを通過していった。


 まずは一気に喜びが感情を支配した。

 やった!避けたんだ!

 次に冷静が戻って来た。

 すぐに触手が飛んで行った先を見る。するとすでに触手は止まっていて、ゆっくりと縮んでいっていた。

 今度こそ私は安堵した。


 そして、ほとんどのセルリアンを倒し終えたサーバルとカラカルが一気に私の輝きを奪おうとしたセルリアンに近づく。


「これであと二体!」


「一気に決めるわよ!」


 カラカルが一足先にセルリアンの元へたどり着くが、すぐに大きくジャンプして一回転。華麗な着地を決めた時、カラカルはセルリアンの後ろに着き、爪を構えて飛びかかる。

 同時に後から来たサーバルは走ったまま爪を構え一気に突撃する。


「「エリアル、サバンナクロー!」」


 前後を挟まれ、更に私に向かって飛ばされた四つの触手を使う事はできない。セルリアンはあっけなく、パッカーンと粉砕した。


 どうやら先ほどのセルリアンと大きめのセルリアンの二体以外はすでに倒されていたようで、残りは後一体だった。


「フェネック!こっちもコンビネーションを見せつけるのだ!(こっちだって並みじゃない絆で結ばれてるってことを見せつけてやるのだ!)」


「はーいよっと!(こっちだって並みじゃない絆で結ばれてるってことを見せてあげるよー…!)」


 アライさんは一気にセルリアンとの距離を詰めて、思いっきりその尻尾を振るう。


「これでも食らうのだ!(今なのだ!)」


 ブンっと勢いよく振られた尻尾は見事セルリアンにヒットし、セルリアンは大きく後ろへ仰け反る、そこへ


「次は私の技を食らうと良いさー。(はいよー。)」


 アライさんを飛び越え、一気にセルリアンの目の前へ飛び込むフェネック、そして


「大胆不敵、」


 左手の爪でセルリアンを切り裂き、次は右手の爪で切り裂く。さらに


「トリッククロー…!」


 両肩に位置するその両手を同時に振り払った。

 アライさんの尻尾によって態勢を崩されたセルリアンは為す術なく、その身にフェネックによる計四回の強力な斬撃を受けた。セルリアンはこの攻撃に耐えられず。パッカーン!と気持ちのいい音を立てながら粉砕した。


 終わった…。疲れがドッと押し寄せて来た。

 やったんだ、私はやったんだ!大きな達成感を大いに楽しむため私は青空を見上げながら大の字になって寝転がり、息を荒くしていた。

 すると、不思議に思ったのか、サーバルがこちらへ近づいて来た。


「?、どうして園長そんなに疲れてるの?」


 あはは、気にしないで。

 ただそれだけ言うと私はゆっくりと立ち上がった。

 ふと向こうを見ればアライさんとフェネック、カラカルとトキがなにやら話している。なにを話してるかわからないので補聴器をつけようと思い、手を伸ばしたが、彼女たちの笑顔を見れただけで満足したので、ゆっくりとその手を下ろした。


『…どうしてわざわざ避けるようなことをしたのですか?』


 この声は…オイナリサマ?


『はい、お久しぶりですね。今あなたの心に話しかけています。』


 久しぶり、だけどわざわざ避けなくてもって一体どういう?


『園長さんは私たちを守護獣の存在を忘れていませんか?神に等しい私たちを。』


 えーっと、つまり…?


『奇跡、そうですね、さっきのセルリアンの攻撃を逸らすことなんて私たちにとっては簡単です。そしてあの時、それを実行しようとしていました。』


 …じゃあ、避ける必要はなかった?


『………そういうことになります。ですがこれは事前に伝えなかった私も悪いです。ごめんなさい。』


 いやいや、謝らなくていいよ、オイナリサマは助けようとしてくれたんだから何も悪くない!


『ですが…』


 それにね!私、この経験は結構大事だと思うんだ!いつかオイナリサマの力も通じない時が来るかもしれない。その時パークを守るのは私たちだよ。だからこういう経験もたまには悪くないよ!


『そう言ってくれると、とてもありがたいです。』


 むしろお礼を言うのはこっちだよ、ありがとう、オイナリサマ。


『…ふふっ、どこまでもお優しい方なのですね、あなたは。そろそろ時間なので、ではまた後で。失礼しました。』


 うん。またね、オイナリサマ。


 ・・・・・・・。


 よく考えれば、私ってただ避けただけなんだよなぁ…。


「うみゃ?どうして空を見上げてるの?園長。」


 辛いことがあったらね、上を向くのがいいんだよ。


「辛いことあったの?」


 うん、でも、大丈夫。

 それでもしつこく上を見ていると突然サーバルが私に抱きついて来た。

 私が驚いているとサーバルは笑顔で


「えへへ、ミライさんに教えてもらったんだ!友達が辛そうにしてる時はこうしてあげると元気になるんだって!ほら園長も、私に抱きついてみて!」


 そう言ってきた。なるほど、これがアニマルセラピーってやつだろうか。だとしたら今の私にはうってつけだ。

 そのサーバルの言葉に甘えて、私はサーバルに抱きついたのだった。





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