最後の恋を君に捧げる(短編)

沙羅夏津

最後の恋を君に捧げる

ひぐらしが鳴き始めた夕暮れ、彼女を町のはずれにある丘の一本の大きなカヤの木のところに呼び出した。


彼女の下駄箱にはラブレターを入れておいた。そこには一言


「いつものカヤの木の下で待っています。伝えたいことがあります」


そう書き記した。


夕日に照らされて彼女が丘の下から歩いてくるのが見えた。夕日に照らされて茜色に染まる彼女はまるで天使のように美しく輝いていた。


その姿を見て思わず「きれいだ」とつぶやいてしまうほど絵になる光景であった。


バクバクとなる胸を押さえながら大きく深呼吸し、緊張を和らげる。


「落ち着け・・・落ち着け・・・何回も練習したんだ。大丈夫・・・大丈夫・・・」


この町一面を見渡せる丘に生えているカヤの木の下で告白し成就すると永遠に結ばれるという噂があり、デートスポットや、告白のスポットにもなっている場所であった。


そんな嘘か本当かわからない噂でも藁にすがる思いで告白に挑むくらい本気の恋だった。


「・・・ごめんね?待たせちゃったかな?用事で少し遅くなっちゃった。」


長い黒髪を揺らしながら彼女はカヤの木の下までやってきた。


えへへと頬をかきながらはにかむ彼女。その一つ一つのしぐさですら自分の胸を締め付けるくらいにかわいかった。


「で、なに?話って。」


雰囲気を感じ取ったのか、真剣な顔つきをする彼女。


ーーーよし、言うぞ。大学にいけば離れ離れ・・・そうなる前に・・・


「あの!!ずっと前から好きでした!!僕と付き合ってください!!」


腰を90度に折り、片手を彼女に突き出した。


「あー・・・。うん、なんとなくそんな感じはしてた・・・。うん、あはは・・・。」


これはいけるんじゃ・・・?と腰を若干戻し顔を上げる。


顔を上げ、目にうつったのは心の底から嫌そうな顔をする彼女の姿だった。


視線に気が付いたのか、いつもの愛想のいい笑顔をこちらに返してきた。


ーーー気のせい・・・だよな?あんな顔するわけがないもんな。きっと夕日がまぶしかったに違いない・・・


「ごめんなさい。無理です。」


ぶわぁと一陣の風がふいた。頬から一筋の汗が顎からしたたり落ち、ショックでうまく呼吸ができない。


「え・・・?」


なんとか絞り出した言葉だった。耳を疑った。なにかの聞き間違えなんじゃないか、夢を見ているんじゃないかと頭がフル回転して現実逃避をさせようとしてくる。


「だから、ごめんなさい。無理。いくらとなりに住んでる幼馴染で小さいころから仲良くしてたからって幼馴染と将来結婚できるとか思わないほうがいいよ?オタクさん?


あとね、ずっと思ってたけどすっごい迷惑してた。小さいころはかっこよかったのになあ・・・。


君がオタクになってから毎晩毎晩二次元キャラの声やら喘ぎ声やら聞かされるこっちの身にもなってほしいもんだよ・・・。


だからね?ごめんね?大丈夫だよ、告白を断ったからって言っても幼馴染やめたり話さなくなったりとかしないからさ。


それじゃあバイバイ。丘まで上がってきたから汗かいちゃった。君も早く帰りなよ?」


それじゃと手を振りながら彼女は丘を下って行ってしまった。


膝をついて茫然と彼女の背中を見送った。


断られるとは思っていなかった。彼女の言う通り、幼馴染で仲だってよかったし、そりゃエロゲーもやるオタクだけど、髪も短く切りそろえてるし、風呂も毎日入ってる。清潔さの点ではかなり気を遣っていた方だった。


「は・・・ははは。そうだよな、こんなオタクから告白されて迷惑だよな・・・


・・・好き・・・だったのにな、本気で・・・。」


目からは涙があふれ、とめどなく流れ顎からしたたり落ちた。


「くそ、汗・・・止まんねえよ・・・暑すぎんだよ・・・くそ。」


テンプレのような捨て台詞を吐き捨てながら、袖でゴシゴシと目元をこすりながらそれを止めようとするがそれは止まることはなかった。









流れる涙が枯れ、ぼーっとしている間に辺りはすっかり暗くなってしまっていた。


「・・・。帰るか。」


木の根元に置いておいた鞄をとって立ち上がった。


ジャラリと音をたてるアニメのキーホルダー達。


「こんなもの・・・!これがあるから・・・!」


ぎゅっと握りしめてそれを引っ張ろうと力をこめる。が、力なく手を下した。


「できるわけ・・・ねえだろ・・・」


肩に鞄をかけてとぼとぼと帰路についた。







帰り際に後ろから声をかけられた。


「おーい、どうした?こんな時間に。珍しいじゃん。アニメグッズでも買いあさりに行ってたの?」


手を振りながら走って駆け寄ってきたのはクラスメイトの唯一仲のいい女子だった。


この子はクラスの仲でもとびぬけて元気がよく、誰とでも仲がいいクラスの中心的存在であった。


女子となんか幼馴染の彼女と妹としかろくに会話をしなかったので唯一の二人以外の女友達ともいえた。


「そんなんじゃねえよ・・・部活帰りか?お疲れさま。」


スポーツバッグを肩から下ろし、切れた息を整えた。


「うん、ありがとう。で、どした?元気ないじゃん。お姉さんに言ってみ?」


腰をかがめ、顔を覗き込んでくる。ふわっと制汗剤のフルーツのような匂いが香る。


部活後なのに女の子特有のいい匂いが鼻腔をくすぐる。


「・・・。」


「はっはーん、さては振られたな?どうどう?ビンゴ?もしかして、いつも一緒に登校してるあの子?」


ドキッとした。こいつエスパーなんじゃないかって思うくらいに完全に一致だった。


告白が成功しなかったことはまだしも、告白した相手まで当てられるとは思っていなかった。


「だからなんだってんだよ・・・もう放っておいてくれよ・・・そういう気分じゃないんだ・・・」


振り返って家に帰ろうとしたところでまた後ろから声をかけられた。


彼女はわざとらしく大きな声で


「あの子さー、表ではあんな清楚っぽくていい子だけどさー、裏はすっごい性格悪いって聞くよ?」


「そういうの・・・やめろよ」


「え?」


「そういうのやめろって言ってんだよ!!俺だって驚いたさ・・・長年ずっと一緒にいた女の子の裏の顔を知らずに育ってきたんだぜ・・・?はは、笑っちゃうよな。何を根拠に告白が実ると思ってたんだよ。


なにが告白して実ると永遠に結ばれるだよくっだらねえ・・・」


「ねえ、なんで彼女のことが好きなの?」


急に真面目な顔をして彼女は質問してきた。


真面目な顔をする彼女を見る機会なんか少なかったものだから驚いた。


「なんで・・・か。わかんねえよ、そんなの。恋ってそういうもんだろ。気が付いたら好きになってる。


好きに理由なんてねえよ。違うか?お前も恋愛したことあるならわかんだろそれくらい。」


「そんなことないよ!!」


急に大声を出したのでびくっと肩がすくみあがった。


「そんなこと・・・ない。あのね、私、好きなんだ。君のこと。君は覚えてないかもしれないけど、入学してすぐの時からずっと好きでした。私と付き合ってください」


忘れもしないあの日、誰も手を差し伸べてくれなかったあの日。そんな中、一人だけ大丈夫?と声をかけてくれたあの人・・・


「いやいや、こんなときにそういう冗談やめろよ。いくらお前でも今日の俺は本気で怒るぞ?


第一、俺オタクだし。俺なんかと付き合ったら周りになんて言われるか・・・」


「そんなの関係ない!!冗談でこんなこと言わない!!好きなの!!あなたのことが!!


オタクでもオタクじゃなくてもいい!私は知ってるよ?優しいところも全部!!」


「・・・ごめん、やっぱり今はそういう気分じゃないんだわ。それじゃ・・・また明日。」


「待って!!」


伸ばした手は空を切り、それをつかむことはできなかった。










「お兄ちゃーん?ごはんだよー?」


「んー。」


「お兄ちゃーん?」


「んー。」


「結婚する?」


「んー。」


「やったぁ!じゃあ子作りしようか?」


「んー。」


「はぁ、ダメだこりゃ。重症だわ・・・。ちょっとお兄ちゃん。何があったのか知らないけど、ごはんできたよ?


早くしないと冷めちゃうよー」


ソファーでぼーっと録画したアニメを見ていた兄の前に妹が立ち声をかけるが、帰ってくるのは空返事ばかりだった。


「ちょっと邪魔だよ、テレビ見れねーじゃん」


「ごはんだって言ってんでしょうがクソ兄貴!!」


履いていたスリッパで思いっきり頭をひっぱたいた。


パァンッと乾いた音がリビングに響いた。何が起こったのかわからない彼はきょとんとしていたが、次の瞬間


「いってえなこの野郎!!なんだよ!!」


「だーかーらーごはんだって!!何があったか知らないけど、きかないよ。どうせ話してくれないだろうしね。ほら、ごはん食べよ?今日はお兄ちゃんが好きなハンバーグだよ?」


「あぁ、すまんな。実はな・・・告白したんだ。あいつに。そしたらすっげえ顔で俺を見てきてさ・・・

オタクなんか絶対無理みたいなこと言ってきてさ・・・そんなに性格悪かったのかあいつって・・・って。


んで、落ち込んで帰ってるとき今度は別の女の子に告白されて・・・」


「って、話すんかい。まー、私は知ってたけどね?性格悪いのなんか。よく私に相談というか愚痴言いに来てたし。まぁ、お兄ちゃんはお兄ちゃんだし、オタクでも毎晩エロゲーやってても嫌いにはならないよ?


だって私のたった一人のお兄ちゃんだもん」


胸元に飛び込んできてぎゅっと抱き着いてきた。それを抱きしめ返して頭をぽんぽんと優しくたたいてやった。


「ありがと。元気でたわ。元気出たら腹減ったわ。さ、飯食おうぜ?」


「うん!今日は自信作なんだー!」


妹の作ってくれた料理は傷ついた心に温かくしみわたった。


その後、風呂に入り、寝床についた。今日はエロゲをやる気分でもなかったので早く寝ることにした。


カーテンを閉める前に自然と視界に入ってしまうのは向かいに済んでいる幼馴染の家、そして部屋である。


カーテン一枚で締め切られ、電気も消えていた。


はぁと大きなため息をついてカーテンを閉め、電気を消した。









次の日の朝、いつものように妹に起こされ朝食をとり、一緒に学校に向かった。


タイミングよく彼女がでてくるかドキドキしたが、今日はそんなことはなかった。


いつもタイミングをはかったかのように同じタイミングで玄関を開けるので驚く一方であった。


「さすがに今日はこないねー。ま、当然か。いこ?お兄ちゃん。」


「あぁ、そうだな。」


それはそれで寂しいような気がした。まだ自分は彼女のことが好きなんじゃないかと思うほどにじっと玄関を見つめて大きなため息をついて学校に向かった。


しばらく歩いていると、後ろから肩を組まれた。坂道を歩いていたので思わずバランスを崩してしまった。


「おっはよっ!!元気になったかい?」


「ちょ、朝から元気だなあ・・・相変わらず。妹のおかげで元気になったよ。昨日はごめんな。


あっ・・・」


昨日という言葉を口にした途端、顔が赤く熱をおびていくのを感じた。


「昨日・・・?あぁ!!あははは!!冗談!冗談だってばあんなの!!嘘嘘!!」


バンバンと背中をたたかれたので思わず距離をとってしまった。


「ってえな!!んだよやっぱり冗談だったんじゃねえかよ!!もう知らんわ!俺は先に行く!」


走って彼女から逃げようと学校に向かう。


かなり距離をとったからだろうか?大声だろうけど小さい声で俺を呼ぶ声が聞こえる。


「なんだって?・・・え?」


後ろから迫るは彼女ではなく大型トラック。運転手はどうやら眠っているらしい。


ハンドルを握ったまま眠っているせいであっちこっちに蛇行して進むトラック。


坂道でスピードもついていて危ない。もともと車通りの少ない道だったのがある意味の幸いである。


「あぶないっ!!」


ドンっと横から思いっきり突き飛ばされた。


かなり強い力で突き飛ばされたので近くの塀に肩をぶつけてしまった。


ジンジンと痛む肩をおさえながら押された方向を向いた時、目を疑った。


焦げたタイヤの匂い、横転しているトラック。そして血。


道路にべったりと、そしてゆっくりと範囲をひろげていく血液はクラスメイトの彼女から流れていた。


「あ・・・あぁ・・・!!あああああああああああああああああああああああ!!!」


「お、お兄ちゃん大丈夫・・・!?ひっ!!」


後ろから走ってきた妹と合流する。妹は後ろでトラックが横転を見ていたのか、怪我はなさそうだった。


「きゅ、救急車!救急車!!」


いそいで鞄から携帯を取り出し、119番通報をした。


「そうだ、血を・・・」


ポケットからハンカチを取り出して彼女に駆け寄った。


あのスピードの大型トラックとぶつかったんだ。ただじゃすまない。


変な方向に向いた足と出血がひどい。ハンカチなんかではすぐ真っ赤に染まってしまった。


騒ぎを聞きつけた近所の人たちも協力してくれてなんとか応急措置をすることができた。


サイレンを鳴らして救急車が到着したのは通報して数十分後であった。


倒れて意識を失っている彼女をタンカーに乗せ、救急隊員は言った。


「だれかお連れの方はいらっしゃいますか!!」


「俺がいきます!お前は学校に行って先生にこのことを知らせてきてくれ。先生が両親には電話をしてくれるだろ。」


「わかった!」


「それじゃあお願いします。」


そういうと救急車に乗り込んだ。










病院につき、すぐに手術が行われた。妹が話をつけてくれたらしく、病院についてすぐに先生と彼女の両親がやってきた。


ガタガタと震える体を起こし、両親の方を向いた。


「すみませんでした!俺の身代わりになんかなったばっかりに娘さんは・・・」


「本当よ。どうしてくれるのかしら。私の子は部活でも活躍している将来有望な子なのよ?


それにきたらあなた・・・オタクじゃないの。なんでこんな子を助けたのかしらあの子・・・ほんとバカじゃないのかしら。


どう責任とってくれるのかしら?あなた。」


またオタクか。そんなにオタクが嫌いか。なんなんだよどいつもこいつも・・・


「おい、そんなに彼を責めないでやってくれ。すまんな、血の気の多い母親で・・・。


君は無事でよかった。あいつも丈夫な体を持っているから大丈夫だとは思うが・・・」


「本当にすみませんでした。責任も取ります。彼女を退院するまでずっと面倒を見させてください。


両親に頼んで入院費、治療費もろもろは出します。もちろん両親に金は返すけど・・・


ですから、どうか!」


「ふん、それならいいでしょう。あら、もうこんな時間。さ、あなたいきましょう?社長がこんなところで油を売っていてはいけませんよ?社員たちが困ってしまいます。


では先生、あとはよろしくお願いしますね?」


そういうと足早に二人は病院を去ってしまった。帰り際に一度振り返り頭を下げた父親の方はいい人だと思ったが、娘のことよりも会社の方が大事みたいな考えを持ち、娘自体にあまり興味がなさそうな母親をみて妙に腹が立った。


「はぁ、お前も言うな・・・。俺もできるだけ協力するから困ったことがあったら言えよ?それと、今日から一応休学届を出しておいてやるから、看病してやるといい。


それにしてもあの親・・・自分の娘がこんな状態だってのに心配じゃないのか?父親は尻に敷かれて反論できなさそうな雰囲気があったが・・・。」


「ありがとうございます。先生もあれでしたらもう学校に。一限入ってますよね?」


「あぁ、そうだな。すまん、また放課後様子を見に来るから。これ、俺の連絡先だ。手術が終わったら電話をしてくれ。両親にも伝えておくから。」


「わかりました。ありがとうございます。」


電話番号が書いてある紙を渡し、先生も帰ってしまった。それから両親に電話をかけた。


事情を説明するとしぶしぶ承諾してくれた。あとで両親は相手の両親に会いに行くといっていた。








手術が終わったのはそれから2時間後だった。手術室からタンカーに乗せられて彼女と病院の先生が出てきた。


「命には別条はありませんでした。脳などにも異常は見られませんでした。ですが、足が・・・。」


「足がどうかしたんですか?」


「歩く程度には回復はすると思います。ちゃんとリハビリをしていれば、ですが。しかし、もう二度と走ることはできないと思ってもいいでしょう。」


走ることができない。彼女は陸上部であり、走者の命ともいえる足を失った。


「・・・わかりました、ありがとうございます。彼女にはそのことを伝えないでもらっていいでしょうか?


心の整理が付いた時に僕の方から話をさせてください。たぶん彼女の性格からしたら僕の方がいいかもしれませんから・・・。」


「ではそちらの方はよろしくお願いしますね。じゃあ空いている個室に運びますので一緒にどうぞ。」


運ばれたのは個室というには広すぎるくらいの大きさの部屋だった。


そこにはベットと車いすそれと最低限必要なものがそろっていた。


「では私はこれで。なにかあったら枕元のナースコールを押してくださいね。」


そういうと先生は部屋から出て行ってしまった。


丸イスに腰かけ彼女を見た。頭と腕には包帯が巻かれており、足は固定されていた。


「なんで俺なんか・・・お前が生き残ったほうがよかっただろうが・・・バカ野郎・・・」


そういうと手をぎゅっと握った。いろいろとあったせいで疲れがたまっていたのかもしれない。


手を握ったまま眠ってしまった。








頭になにか違和感を感じる。優しくなでられているような・・・


「ん・・・。」


「あ、起きた?おはよ。」


「は!?お前大丈夫なのか?起きたはこっちのセリフだろうが!それより寝てなくて大丈夫か?痛いところとかあるか?」


「大丈夫大丈夫!ほら、私って丈夫だから。このくらいへーきへーき!!いたたた・・・」


むんっと力なく力こぶを作るがすぐ痛みをうったえて横になった。


「はは・・・。なにか飲むものいるか?買ってくるよ。」


「じゃあ、イチゴ牛乳がいいな。何本かまとめて買ってきてくれるとうれしいかも。」


「はいはい、いってきますわ。すぐ戻ってくるから寝てるんだぞ?」


そういうと部屋からでて自動販売機のある所に向かった。


頼まれていたイチゴ牛乳を何本か買い、部屋に戻った。


扉を開けた時、目に飛び込んできたのは床に倒れている彼女の姿だった。


「おい!!寝てろっていっただろうが!!」


肩を持ち上げ、お姫様抱っこの形で抱きかかえ、そのままベットに寝かした。


「たはは・・・だめだこりゃ。歩くことすらできないや・・・。これじゃとうぶん走れないなあ。」


力なく笑う彼女にいてもたってもいられなかった。


「もう・・・できないんだ。」


「え?」


「もう、走ることはできないんだ。その足では・・・。リハビリすれば歩くことはできるらしいんだ。


本当にごめん。俺なんかを助けたばっかりに。」


「あー、そうなんだ?あはは。まぁ、仕方ないよね。トラックにぶつかってよくこの程度ですんだってもんだよ!それに、俺なんかは禁止だよ?君だから助けたんだよ?


本当に間に合ってよかった・・・。本当に。」


ひっくひっくとしゃくりながら涙を流す。なんでこんな俺のために涙を流してくれるのかわからなかった。


泣いている彼女をなだめて涙が止まって落ち着いた時、彼は口を開いた。


「・・・今日は泊まってくから、なにかあったら俺を呼べよ?ちょっと電話してくるから今度こそ安静にしているように。わかったな?」


「はーい。お母さんじゃないんだから。もう。」


むくれて布団をかぶった彼女の姿を確認して外にでて先生の電話番号をコールした。


手術結果ともう走ることができないことを伝えた。


先生はすごい困ったような声で助けを求めてきたがやれることはやったので、何も言うことはできず、ただただ謝るだけだった。


先生の愚痴も聞きつつ1時間近い長話に付き合ってから彼女が待つ個室に戻った。


しかし、そこには彼女はいなかった。車いすも一緒に亡くなっていることに気が付く。


「あいつ・・・まさか!?」


急いで部屋を飛び出し、その階にあるナースセンターにいるナースに尋ねた。


「この病院には屋上はありますか!?」


「えぇ、ありますよ。そこのエレベーターから行けると思うので・・・」


「ありがとうございます!!」


ナースが言い終わる前に全力でエレベーターのもとに向かった。


ナースが走るなと大声で注意してきたが、今はそんなことに耳を傾けている暇はなかった。


「くそ、なんでこういう時に限ってエレベーターが来ねえんだよっ!」


ガンっと壁を拳で殴った。近くに階段があったのでその階段を使って屋上に向かうことにした。


屋上へはエレベーターを降りてから一階分の階段を上がらなければいけなかった。


階段の下に車いすが置いてあることからそこから這って屋上に行ったのだとわかった。


思いっきり屋上のドアをあけた。キィィィと鈍い音をたてながらドアが開き、そこから夕焼けが差し込んだ。


夕日に照らされている彼女を見つけ、大声で彼女の名前を叫んだ。


彼女はフェンスを乗り越えようとしていた。今、身を投げようとする最中であった。


名前を呼んだ声に驚いたのか、こちらを向く。


その時、悪魔のいたずらか一陣の風が吹いた。


彼女の体は空中へと投げ出されてしまったのである。


「間に合え・・・!」


すでに駆け出していたが、間に合うかどうかはわからなかった。


『助けなきゃ』


その一心で彼女の元に駆け寄り、彼女の伸ばした手をつかんだ。


「バカ野郎!!なんてことしてんだよ!!」


「離して!!もう生きる意味なんてない!死ぬしかないじゃない!!」


「なんでだよ!!お前が死んでいいわけねえだろうが!!」


「うるさい!!唯一の取柄だった走りももうできなくなって!両親にもこれで捨てられた!!


特に母親は結果がすべての人!結果を残せない私なんかいらないに決まってる!


好きな人への告白も断られ!!もうなにが残るっていうの・・・?もういいよ疲れたよ・・・だから離してよ・・・」


「離す・・・もんかよ!!」


フェンスから彼女を持ち上げこちらに引き上げ、座らせ、抱き着いた。


「俺が!!ずっと一緒にいてやる!!なにがあっても!お前の両親と約束したからなんかじゃない!


初めて俺のことをあんなに見てくれた人、好きだって言ってくれた人、俺の命を助けてくれた人!!


離すかよ・・・離すもんかよ!!チョロい男だとか言われるかもしんねえけど、俺はもうお前を離さない!


お前の体がよくなっても、ずっとずっとお前の隣にいてやる!だから・・・だからもう死ぬなんて言わないでくれ・・・」


抱き着きながら涙を流して必死に訴えた。頭を優しくなでられる。助けにきたつもりだったのにこっちが慰められてしまった。


「ありがとう、ありがとう・・・。いいのかな・・・?いいのかな?こんな私でも生きててもいいのかなあ?」


「いいに・・・決まってるだろうが!お前がまた死にたくなって飛び降りようとしても何度でも俺が止めてやる。


だから、俺と生きてくれ。」


「うん。うんっ!!うれしいっ・・・!」


二人は次第に近づいていき・・・


ちゅっ


夕日に照らされながら、二つの影は重なった。


彼は誓った。これからの時間は彼女に捧げよう。最後の恋を彼女にーーー





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 最後の恋を君に捧げる(短編) 沙羅夏津 @miruhimoe0428

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