第31話 スターリン暗殺
次々と原爆が投じられる中、魔女を殺す為にモスクワ市街を駆け回る瑠璃達。
ソ連軍は彼等の捜索の為に全力を投じた。戦車までも市街地に入り、多くの兵士が乱雑に店や家などに家宅捜索に入る。そして、モスクワを多くの兵士が囲み、鼠一匹も通さぬ構えだった。
彼等はスパイがスターリンの命を狙っているという事だけを聞いており、敵はアメリカ人だとだけ聞いていた。
モスクワ周辺に配置された部隊は白系ロシア人が多く、多民族国家でもあるアメリカ人だと風貌は似ているし、言葉だって、ロシア語は習熟しているだろうから、区別などつかないと考えていた。その為、目につく者は片っ端から逮捕して、政治将校が尋問をしていた。
「捜索隊だ」
立哨をしていた兵士が目の前に現れたソ連軍兵士達を見た。彼等は敬礼をする。
「どこの隊だ?」
いつも通りに相手の所属を尋ねる。同じソ連兵士だとしても相手が偽装している可能性があるとして、厳しく確かめるように言われているからだ。
「あぁ、第3親衛自動車化狙撃師団だ」
「そうか。確認だけさせて貰うぞ」
包囲をしていた将兵は兵士達を眺めていく。
「アジア人も居るな」
隊列の中にはアジア人の姿が何人もあった。更には女もだ。だが、これがソ連軍の中では不思議だとは思われなかった。ソ連は共産主義の理念から、人種差別も性差別もしなかった。中央アジア出身者ならアジア人も居るだろうし、女だって、最前線に出ている。将校は確認を終えて、捜索隊の将校に声を掛ける。
「大丈夫だろう。ゴロドフより上手なロシア語だ」
それを聞いた中央アジア出身者だと思われる兵士が何かを言ったが、それを聞いて将兵達が大笑いをする。それに合わせて、捜索から帰って来た兵士達も笑う。そして、彼等の間を通り抜け、後方へと向かった。
彼等はモスクワ郊外に展開したソ連軍の中へと入っていく。
移動に用いたトラックが並べられ、天幕が多く張られている。
彼等はその内の一台の装甲車に近付く。装甲車の運転席には兵士が乗っていた。
「燃料は大丈夫か?」
彼に兵士が尋ねる。運転席に居た兵士は突然の問い掛けに笑顔で「問題は無い」と答えた瞬間、その首をナイフで切られた。兵士達は装甲車へと飛び乗り、中に居た兵士達をナイフで殺害していく。その手際は素早かった。
「トラックも確保した。すぐに乗れ」
そう告げられた一行はトラックの荷台にも飛び乗り、そのまま、装甲車とトラックは走り出した。
トラックの荷台に乗った兵士は鉄帽を脱ぐ。そこには瑠璃達の姿があった。
「このまま、ソ連兵の振りをして、スターリンの元まで向かう」
アメリカ人の諜報員がそう告げる。多分、綿密に計画がされていたのだろう。無駄が無く、スムーズにここまで到達した。多分、大使館の人員だけでは到底、モスクワからさえ脱出が出来なかっただろう。
一行はそのまま、モスクワ郊外の道を走る。
幹線道路だろうが、舗装もされていない轍だらけの道を装甲車とトラックは激しく揺れながら、駆け抜ける。
幸いながら包囲網を抜けてしまえば、ソ連軍の姿は無かった。彼等はそのまま、とある森へと向かった。そして、とある林で一行は停車した。双眼鏡で遠くを眺める兵士達。
「ここから先はスターリンの隠れ家になる。普通の兵士では入る事が出来ない」
瑠璃も双眼鏡で覗く。戦車などが配備され、強固な警備が敷かれている事が解る。
「あの警備を突破しないとスターリン・・・魔女の場所に行けないの?」
瑠璃は諜報員に尋ねる。彼は静かに頷いた。
ルーシーは考え込む。圧倒的に戦力不足だった。相手は戦車も配備して、多分、数百人規模の部隊が駐留している。
「忍び込む・・・ってのも簡単じゃなさそうね」
森の中には当然、罠が仕掛けられているだろう。そうでなくても敵兵が歩哨をしないわけも無く、敵に見付かって包囲されるのがオチだった。
「我々は第二次世界大戦時からスターリン暗殺を計画しておりました。その為の仕込みが役に立つ時が来たのです」
諜報員が笑いながら言う。そうだ。共産主義を嫌悪していた米英が連合を組んでいたとは言え、ソ連を敵視しないわけが無かったのだ。彼等はソ連に気付かれぬように長い時間を掛けて、有事に備えていたのだ。
その一手が動き出していた。
唐突に銃声が鳴り響いた。何処かで戦闘が始まったのだ。瑠璃達は何が起きたか分からなかった。だが、諜報員達はそれが何なのかを知っている様子で、驚きもしなかった。
「予定通りに動いてくれたようだ。我々は敵が動いたのを確認して、突入します。最低限の部隊は残るでしょうから、それを排除します」
諜報員達は戦闘準備をした。ソ連兵の恰好をしている瑠璃達も武器を手にした。
諜報員の合図で瑠璃達はトラックに乗り込み、敵地へと赴いた。
森の所には突然の戦闘に困惑するソ連兵の姿があった。
「待て!」
彼等は接近していた装甲車とトラックを止める。諜報員は瑠璃達にトラックから降りるように指示を出す。それに従い、不安ながら瑠璃達はトラックの荷台から飛び降りる。見れば、銃を構えたソ連兵の姿があった。
諜報員が彼らに近付き、何かを会話をしている。
刹那、銃声が鳴り響き、装甲車の機関砲が唸った。
「撃て!撃て!」
諜報員がそう叫びながら銃を撃つ。瑠璃達も慌てて、地面に伏せながら銃を撃った。
激しい戦闘が起きたが、僅かな時間でその場に居たソ連兵達は皆殺しにされた。
「このまま、スターリンの所まで突入する!走れ!」
装甲車を前にして、瑠璃達は駆け出した。目標の場所はまだ数キロがあるが、多分、そこに至るまでに敵兵は多く存在する。トラックに乗って行く事は出来ない。とにかく、戦って突き進むしか無かった。
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