第30話 破滅の足音

 小樽の空が光った。

 そして、爆風が吹き荒れ、全ての建物が吹き飛んだ。

 街が消滅したのだ。

 瓦礫だけが残る街。

 黒焦げになった死体。

 生き残った人々の多くは大火傷を負い、水を求めて、井戸や川に向かい、そこで死んでいた。

 言葉では言い表せない程に酷い有様は地獄としか言いようが無かった。

 ソ連が落とした原爆は小樽郊外で戦闘中だった日ソ両軍にも襲い掛かった。

 一瞬にして、灼熱の爆風が彼等を薙ぎ払い、戦車さえも軽々とひっくり返った。

 戦車の中に居たレフレンチェコは荒れ狂う車体に翻弄され、悲鳴を上げた。

 彼は何が起きたのか分からなかった。1t爆弾が至近距離で爆発したのかとさえ思った。戦車は横転をしなかったので、彼はキューポラのハッチを開けようとした。だが、触った瞬間、酷い熱で彼は軽く悲鳴を上げた。戦車全体が燃やされたように熱かった。それでも何とか外の状況を確認する為、ハッチを開き、外に出た。そこで見た光景は凄まじかった。敵味方が分からない死体が彼方此方に転がり、そうでなかったとしても酷い火傷で半裸の状態で歩き回っていた。

 目の前には自衛隊の97式チハ中戦車の砲塔だけが転がり、車体は別の場所でグシャグシャになっていた。

 「なんてこった」

 味方の兵士達も多くが死に、または負傷している。全滅と言える有様だった。その光景を信じられないという顔でレフレンチェコは見ているしかなかった。これが味方のたった一発の爆弾によって起きた事だと彼が知るのはかなり後であった。

 

 小樽消滅と陸自部隊の全滅は上空を飛んでいた二式陸上偵察機によって、逐一報告された。搭乗員もそのあまりの光景に言葉を失っていたが、彼等は冷静に事態を伝えた。そして、陸自部隊が全滅したと同時にソ連軍部隊も壊滅した事も。

 大本営は事態の深刻さを鑑みつつも、北海道から敵勢力が一掃された事に僅かに安堵した。だが、敵がこれからも原爆を使用する事を考えると安心はしていられない。日本も原爆の研究はしていたが、開発には至っていなかった。

 当然ながら軍事同盟を結ぶアメリカの元へと特使が送られる。

 マッカーサーは特使からの報告を聞きつつも、慎重な口ぶりで話す。

 「アメリカはすでに原爆を開発している。ソ連が先に使ったのは残念だが、これ以上の暴挙を許す気は無い。我々も日本の為に彼等に鉄槌を下す用意がある」

 その言葉に特使は言葉を失った。

 このまま、北海道を中心に原爆の報復が始まれば、どうなるか。それはまだ、放射能汚染さえ、一般的な知識では無い時代の話だった。無論、それを知っている一部の科学者が聞けば、多分、恐怖しただろう。

 

 ソ連空軍基地では爆撃隊との連絡が途絶した事で壊滅したと判断した。しかしながら、原爆の投下によって、小樽が消滅した事も確認しており、上陸部隊が更に進撃するものだと信じていた。この時点でソ連軍は上陸部隊が壊滅した事を知る由も無かった。

 スターリンは小樽の消滅に機嫌を良くしていた。

 彼からすれば、日本の一都市が消滅した事などどうでも良かった。むしろ、新たに開発された爆弾の威力が一発で都市を消滅させる程だと喜んだのだ。

 「これなら東京まで飛べる飛行機があれば、東京を消滅が出来るし、ワシントンまで飛べれば、ワシントンだって」

 酒を飲みながらスターリンは笑った。その相手をする妻も笑みを浮かべながら酒を口にする。

 「そうですね。どんどん、原爆を作り、落としていきましょう。何やら、科学者は原爆を上回る水爆という爆弾も提案しているとか?」

 妻に言われ、スターリンは気分よく話す。

 「あぁ、水爆の実験も許可した。世界中の首都も軍隊も吹き飛ばして、俺の帝国が出来上がるのも時間の問題だ」

 その言葉に妻は満足したように酒を飲み干した。


 北海道侵攻の為に地上戦力が集められるウラジオストク。

 船が不足している為、そこには30万人の兵力が集積されている状態であった。

 不足する建物の為、郊外には多くのテントが張られ、兵士達は野営をしている。

 彼等はこれから海を渡り、日本に進軍するのだと思っていた。すでに大戦終了後に入隊した若者も多く、多くの者がこの大戦力ならば、勝てると信じていた。

 その時だった。空襲を告げるサイレンが鳴り響く。しかし、それが何のサイレンなのかを理解する者は僅かで、そして、ソ連本国でそれがなされると思っている者は極限られていた。

 B-52戦略爆撃機の編隊は成層圏近くからゆっくりと高度を降ろしていく。すでに敵のレーダーに察知されているだろうが、彼等は気にしない。それだけの能力を有した最新鋭機であるからだ。

 そして、5機の編隊は爆弾倉を開く。原爆は別々の機体に1発づつの計2発。しかし、それは万が一の予備であり、使用するのは1発である。

 すでにソ連軍が原爆を使用した事で、歴史的に重要では無くなったわけだが、アメリカが投下する初めての原爆であった。

 それは予定通りにウラジオストクの軍港上空で落とされた。

 軍港にはソ連軍が懸命に掻き集めた軍艦や貨物船などが多く存在する。

 非常にも落とされた原爆はウラジオストク上空で炸裂した。

 激しい爆風が街を破壊し、軍港を燃やした。

 船の殆どは破壊され、転覆した。

 郊外に野営する兵士達も激しい爆風に吹き飛ばされた。

 突然の空襲。

 誰も避難も出来ぬまま、一発の原爆に晒されたのだ。

 全てが終わった後、阿鼻叫喚が響き渡る。

 生き残った者は目の前に一瞬にして現れた地獄に嘆き、全身を黒焦げで彷徨う人々は痛みに嗚咽を漏らした。

 歴史ある軍港、ウラジオストックはこの日、小樽同様に消滅したのだった。これは同盟国日本に対して、行った攻撃に対しての報復であった。

 そして、アメリカはソ連の暴挙に対して、鉄槌を下すと大統領が宣言をしたのであった。この日、第三次世界大戦が起こった。

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