第29話 小樽防衛戦
二式陸上偵察機はすでに旧式化しているとは言え、長い航続距離を活かし、北海道沖での偵察を続けていた。
飛行場の整備が進んでいない北海道に配備されている航空機の数は少なく、唯一、高高度迎撃が可能な航空機は二式陸上偵察機を改造した夜間戦闘機月光であった。終戦時に残されていた43機の内、状態の良かった25機がレシプロ機しか配備が出来ないこの北海道に配備されていた。しかしながら、その運用はあくまでも二式陸上偵察機に準じた形で早期警戒機程度であった。
だが、現地にて、アメリカ軍が解体処分して不要となっていたP-51戦闘機に搭載されていいたマーリンエンジンを改造して、搭載していた。無論、それはかなり無理のある改造で機体強度や振動などに問題があるとされていたが、それでも高高度での飛行が可能な点で、偵察任務には適していると判断された。
大戦末期、帝都防衛の為に高高度迎撃訓練に明け暮れた飛行士達は、小樽における日本軍の不利に憤っていた。
航空支援の不足が原因の一つである事は解っていた。しかしながら、ここには爆弾を搭載可能な機体は無く、尚且つ、迎撃に特化した月光は地上掃射もままなならず、強力なエンジンのせいで、低空、低速飛行時に大きな振動を発して、危険であった。その為、彼等が航空支援に投じられる事は出来ないと判断されていた。
だが、事態は大きく変わる。北海道沖にて、二式陸上偵察機はソ連の爆撃機の編隊を発見した。二式陸上偵察機は敵の詳細を探る為、張り付いたが、敵ジェット戦闘機の攻撃を受け、何とか逃げ出すしか無かった。
ソ連のジェット戦闘機は航続距離の問題から、海を渡って、作戦行動をする事は不可能と判断されたが、爆撃機は地上部隊の支援の為に飛来するであろうと判断され、燻っていた飛行士たちに迎撃命令が出された。
ソ連の爆撃機編隊は全部で53機。その多くは第二次世界大戦初期から使われる爆撃機であった。最新鋭の爆撃機は原爆を搭載した機体を含め、数機であり、ソ連空軍は半分以上が撃墜されたとしても原爆を投下が出来ればよいという考えであった。
乗組員の多くはそんな考えをどこまで把握していたか分からないが、誰もが、護衛の戦闘機も無く、敵地奥深くへと侵入する恐怖に震えていた。
海を渡っている途中で敵の偵察機に発見された。護衛の戦闘機が敵を追い払う。だが、そのために燃料を消費し、予定よりも早く、彼等は引き揚げていった。解っている事とは言え、誰もが不安になる瞬間だった。
敵の防空網がどうなっているか分からない以上、あまり高度は下げられない。情報では日本軍はB-29爆撃機を撃墜可能な高射砲を持っている。それが北海道に配備されているかどうかまでは不明だが。
幸いにして、彼等が投下しようとしている原爆は高高度からの爆撃でも効果を発揮する。
それを信じて、爆撃機編隊が北海道上空へと到達する。
その時だった。編隊の中で低い位置に居た旧型の爆撃機が火を噴いた。
四散して、落下していく爆撃機。
編隊長であるアンドレイ大佐はそれが敵の攻撃であると直感する。まだ、電子装備の開発に遅れているソ連軍では飛行機単独のレーダー能力に限りがあった。それを突いた完全なる奇襲。
日本軍の月光の迎撃であった。
夜間戦闘機であるが、エンジンの換装と高オクタン価の燃料によって、余裕をもって、高高度へと到達した彼等は旧式化したとは言え、その性能をいかんとも発揮し、ソ連軍の爆撃機編隊を蹂躙する。
アンドレイ大佐のTu-95は加速した。編隊を棄て、原爆の爆撃にだけ意識を集中した。無論、編隊から外れる敵を見逃すような者はここにはいない。月光が加速して、追跡を図る。だが、それを遮るようにソ連軍の爆撃機が無理な機動で飛ぶ。邪魔になったのか爆弾を投棄する機体も現れた。爆撃機と戦闘機の死闘であった。
体当たりも辞さない爆撃機に翻弄される戦闘機。それでもソ連軍の爆撃機は次々と堕ちていく。
アンドレイ大佐は機体を必死に操る。航海士は常に小樽の座標を目指せるように叫ぶように進路を叫ぶ。すでに陸上部隊との連絡を取るなんて暇は無かった。彼等に出来る事はとにかく原爆を落とす事。それだけだった。
「機長!後方に食い付かれた!速度は向こうが上だ!」
後方銃座から悲痛の叫び。
「小樽だ。小樽に原爆を落としてやる。そうすれば、敵も戦闘を諦めるだろう」
アンドレイはそう叫ぶと操縦桿を懸命に操る。
追いすがる月光は撃って撃ち捲る。
機体に穴が開き、震える機体をアンドレイは懸命に操った。
そして、爆撃手が叫ぶ。
「街だ!小樽だ!」
アンドレイはそれに呼応して、叫ぶ。
「落とせ!」
爆弾倉の扉が開き、巨大な爆弾が落下した。次の瞬間、爆撃機は炎に包まれながら、爆弾より先に落下していく。
そして、小樽上空。
閃光が飛び散り、激しい爆風で、街並みが消し飛んだ。
小樽市は消滅した。
月光の搭乗員達はそのあまりに強烈な光景に怯えるしかなかった。
そして、小樽を防衛する為に懸命に戦い続けた自衛隊は絶望した。
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