第28話 業火

 瑠璃とルーシーは新たに合流した日英米の諜報員の手引きを得て、モスクワ市内の下水道から脱出した。市街地から郊外へと移り、廃された工場の中で休憩を取る。

 新たに合流した諜報員達の纏め役がイギリスのMI6に所属するマッドである。年齢は30歳前後ぐらいの屈強な体躯をした英国紳士だ。顔の半分を覆う髭が特徴的だった。

 「ご存じだと思いますが、スターリンは暗殺を恐れて、モスクワ郊外の別邸に引き籠ってます。ソ連の内通者から詳細な図面を手に入れておりますが・・・警備はかなり厳重だとしか言えません」

 彼は建物図面などを瑠璃達に見せる。彼の言葉にルーシーが不満そうに尋ねる。

 「スターリン暗殺は不可能だと?」

 「限りなく・・・しかし、ソ連軍の動きを監視する仲間からの報告で、スターリンは軍に原爆の使用を更に許可した模様です。尚且つ、更なる大量生産も指示が出ていると」

 その言葉に全員が絶句する。ルーシーはマッドに食って掛かる。

 「スターリンはあんな凶悪な兵器を無差別に用いるつもりか?」

 「その可能性はともて高いと・・・。何せ、秘匿された回線と用いているとは言え、ソ連軍の幹部ですら狼狽している模様だと」

 瑠璃は深い溜息をついた。

 「魔女はこの世界の人々を全て、葬るつもりです。何としてでも阻止せねば」

 その一言で士気は上がった。

 難攻不落と化したスターリンの別邸襲撃が計画される。


 北海道では小樽の間近で戦闘は続いた。

 ソ連軍の動きを止めた陸上自衛隊だったが、バズーカ、無反動砲の弾丸は尽きた。

 激しい集中攻撃で多くの車両を失ったが、足回りを破壊された戦車が懸命の修理によって、ようやく、動き出そうとしていた。

 例え、動かなくても強力な砲台として、陸上自衛隊の攻撃を凌いでいた戦車はエンジンを唸らせ、キャタピラを激しく回した。

 土埃が上がり、再び、戦車が動き出す。

 タコツボに入っていた自衛官達はその姿に恐怖する。すでに対戦車兵器は尽き、小銃や機関銃ではなす術が無いのだ。

 ソ連軍は自衛隊の反撃が弱まった事を見てとり、好機だと感じた。

 T-54戦車の砲塔でレフレンチェコ大尉は一気に小樽へと突入をしようとした。エンジンが唸り、速度が増して行く。

 「二時方向に野砲!やれ!」

 主砲が唸る。走りながらの砲撃が当たるわけでは無いが、榴弾が自衛隊の野砲の近くで炸裂する。それだけで敵に損害を与えるには充分だった。

 「このまま、突入するぞ!敵のバリケードを蹴散らせ!」

 自衛隊がバスやトラックなどで封鎖した道路を戦車が駆け、ボンネットバスの前半分を潰して、小樽へと入り込もうとした。その時、戦車に砲弾が命中する。

 突然の衝撃にレフレンチェコは驚く。

 「また、待ち伏せか?だが、貫通していない。まだ、戦車が残っていたか?」

 レフレンチェコはペリスコープから覗くと、前には九七式中チハ戦車がそこに居た。たった1両ではあったが、それは小樽への道を塞ぐようにそこに居た。

 砲塔のキューポラから上半身を晒すのは陸上自衛隊の水無月一等陸尉であった。

 その姿を見たレフレンチェコはニヤリと笑った。そこにあるのはかつての日本軍の戦車であり、それがどれだけ貧弱であるかは彼が良く知っていた。

 「目の前の奴を鉄屑に変えろ」

 レフレンチェコが叫んだ。

 水無月はニヤリと笑った。このチャンスを待っていたのだ。

 距離にして100メートル。目の前と言っても良い距離。

 砲塔には105ミリ無反動砲が据えられていた。

 「こいつの主砲じゃ、貫けなくても・・・こいつならどうだ?」

 水無月は無反動砲の引金を引いた。激しい後方噴射が起き、砲弾が放たれる。

 砲弾はバスを乗り越えたばかりのT-54戦車の車体正面で炸裂する。バスを乗り越えるために晒した底部での炸裂は一瞬にして、戦車の装甲を破り、車内を業火で焼き尽くす。激しい高温に晒され、レフレンチェコはキューポラから飛び出す。

 「ひぃいいい!」

 慌てて砲塔から飛び降りようとした時、戦車が爆発を起こし、彼の身体は吹き飛ばされた。

 その爆発を見た後続の戦車たちの動きは停止した。自衛隊は体勢を整え直し、長く伸びた敵の戦列を真横から攻撃を仕掛ける事になる。自衛隊の最後の力を振り絞り、ソ連軍に仕掛けた。

 頼みの綱である戦車部隊が混乱する中でソ連軍は再び、自衛隊との激しい戦闘に晒される。限りある弾薬に彼等は絶望的となりつつあった。


 北海道に上陸したソ連軍は当然ながら、本国に航空支援を求めた。しかしながら、最も近い航空基地からでも戦場は遠く、限られた航空機しか支援に向かわせられない。その限られた航空機で最も効果的な航空支援を行う為、選択されたのが原爆であった。予備として運び込まれていた1発の原爆が再び、爆撃機に搭載される。

 「小樽を破壊するわけにはいかない。精確に敵軍の位置を知らせろ。そして、爆撃の時には味方は爆風に耐えられるようにしっかりと後退、または防御させるんだ」

 無線によって、北海道の部隊には指示が送られた。すでに敵艦隊を壊滅させたという自負からソ連空軍の指揮官達はこれなら勝てると思っていた。

 この時点でソ連軍は原爆の恐ろしさについて、誰も考えようとはしていなかった。

 

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