第26話 溢れる野望
スターリンは喜色満面であった。
艦隊の全滅で激高していた彼だったが、北海道に上陸が成功したと聞くと一転して、大笑いをしている。
無論、この状況に素直に喜べる者は少ない。
北海道侵攻を継続させる為にはより多くの部隊を輸送せねばならない。
現在、航空支援をする為に多くの長距離爆撃機や輸送機が集められている。
北海道に上陸した部隊には空から人や物資が送り込まれる手筈になっていた。
だが、これではあまりに不足するのは当然で、根本的には海上輸送しかなかった。
アメリカ軍が介入する事を考えれば、圧倒的に海上戦力が不足している。
無事に北海道に海上輸送が出来る算段は立たなかった。
ただし、原爆を使用した事で、アメリカと言えども世論を考えれば、簡単には介入が出来ないのでは無いかという意見が唯一の救いであった。
スターリンは居並ぶ軍幹部達を眺める。
「それで・・・北海道への輸送計画はどうなっている?」
その言葉に担当するブロシュコフ中将は立ち上がる。
「はっ。同志。現在、貨物船だけでなく、漁船も掻き集め、すでに集められた部隊を輸送するべく積載中であります」
「急がせろ。アメリカが出て来る前に北海道を手中に収める。
スターリンは彼を睨みながらそう告げた。その言葉に中将は震える。とても無理だとは言えない空気が漂っていた。無論、無理だとか否定的な言葉を言えば、後に政治将校によって、命を狙われる事も解っている。
その無理は当然ながら、現場でも同じだった。
船会社も漁師でさえも国からの命令だと言われ、船員ごと、船を徴発された。
不満を言えば、翌日、海に死体が浮かんでいる事さえあった。
誰も逆らえない空気の中、港には多くの船が集められている。
ソ連中から集められた兵士や武器が船に詰められていく。
かなり無理のある詰め方であったが、限界まで詰められ、次々と出航していく。
当然ながら、彼等を守る船は極少数。殆どは何にも守られずに北海道を目指した。
まともな護衛も無いまま、強引に北海道を目指す船団。
途中、過積載でバランスを崩した貨物船が転覆したが、政治将校が騒ぐので、まともに救出作業も出来ず、半数以上の船員が船と共に沈んだ。
船員達は恐怖と過労で北海の荒波を越えるのでさえ、彼等は死んでしまうかと思わせた。
日本の大本営は危機的状況に混乱していた。
頼みの綱である艦隊は殲滅状態で大湊に回航中であり、その代わりになる艦隊は戦力不足から結集が出来ずにいた。
地上戦力も東北の部隊を移動させつつも、青函海峡の輸送に手間を取っており、函館にすら移動させるのにも1週間は掛かる事が解っていた。
そして、ソ連の原爆使用は今後も続く恐怖を感じていた。
どれだけ地上戦力を集めても、原爆一発で全てが吹き飛ぶ。まだ、放射能汚染の恐怖は知られていないが、その圧倒的な破壊力は充分な脅威であった。
原爆の集中使用を防ぐ為にも敵航空機の殲滅も考え、北海道の航空戦力を強化する必要があった。しかしながら、重機などの不足から、空港の補強が出来ず、未だにジェット機の運用が難しい状況であった。
原爆の使用は在モスクワ米大使館にも伝わっていた。
現状、モスクワ内においては厳しい制限が敷かれており、安易に人の行き来は出来ない。大使館も厳しい監視下で電話も何故か不通になっていた。
情報が制限されている中、協力者によって、もたらされた情報は大使を含め、驚かせるものだった。
「魔女は・・・原爆によって、日本人を皆殺しにするつもりだ」
巫女の一言でその場が凍り付く。その言葉に誰もが冗談だとは思えないからだ。
原爆はアメリカでも研究されており、すでに実戦配備済みである。威力は彼女が発した皆殺しも可能な程だと言う事は誰もが解っていた。大使は震えながら言う。
「原爆はまだ、分からない事が多い。噂では実験に参加した兵士の間で酷い後遺症が出ているとか・・・こんな爆弾を際限なく用いたら・・・世界が終わるぞ」
それに巫女は覚悟を決めたように言う。
「何としてでも・・・魔女を討つしかない。この身が滅んだとしても」
その一言に大使も含めて、ゴクリと息を飲んだ。
スターリンの命令により原爆の生産が命じられた。
しかしながら、まだ、研究段階であり、大量生産が出来るほどの技術も設備も無かった。そして、彼らもまだ、放射能に関する知識は不足していた。当然ながら、職員が次々と病に倒れていく事に疑念を抱きつつも、スターリンからの命令を実行する為にまともな防護処置も無いまま、原爆の生産が行われていた。
その成果と言うべきか。新たに5個の原爆が生産され、前線に運ぶべく、用意される。それを運ぶ為に列車では無く、輸送機が用意された。予定では二日で最前線の空軍基地へと運ばれる予定であった。
魔女はほくそ笑んでいた。
多くの人々が死んでいる。
戦禍は拡大していくだろう。
第二次世界大戦の比ではない。
殺し合いは虐殺へと変わる。
血が川となり海となる。
恐怖する人々、怒り狂う人々、悲しむ人々。
多くの負の感情が彼女に流れ込む。
世界は彼女にとって、全ての地獄を煮詰めた鍋となろうとしている。
最高の気分だった。
長い時間を生きて来て、最高の気持ちであった。
傀儡であるスターリンはすでに飽くなき野望の為だけに世界を地獄へと落とそうとしている。そして、この国は地獄へと向かう為に全ての歯車が壊れそうなぐらいにギシギシと回っているのだ。
全ての人間に恐怖と死を与える。
魔女は鏡に映る自分の姿を見て、笑う。
そこにはまさに悪魔と化した自分が居るように思えたからだ。
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