第22話 決死の防空

 ソ連爆撃機隊は日本艦隊に向けて飛行を続けた。

 ジェットエンジンは唸り、高高度を亜音速で飛び続ける。

 機長のユアンは緊張していた。副機長が地図を眺める。

 「機長、目標まであと20分です」

 副機長の言葉にユアンは溜息をつく。

 「そうか・・・こいつさえ落とせば終わりだな」

 機体の腹に抱えた巨大な爆弾。原爆をユアンは気にしていた。

 原爆は強力な為、投下は高高度から行える。

 一般的な高射砲や機関砲では射程外からの爆撃であった。しかし、日本側も航空機による防空が無いとは言い切れないので、だが、それも陽動作戦によって、散らされている。仮に残っていたとしても、随伴の戦闘機部隊で何とかなるはず。それだけがユアンの安心であった。

 原爆は二発。先行するユアンの一番機と後方に位置する二番機。この二発で敵艦隊を殲滅する。それだけだった。

 その時、エスコート役の僚機から通信が入る。

 「二時の方角に敵の偵察機らしき機影を確認!」

 ユアンは驚いた。すぐにそちらを見る。たった一機だが、そこに機影があった。

 速度は遅い。レシプロ機のようだ。レーダーに引っ掛からなかったのは単純にこちらのレーダー性能が低い為に小さな機影を逃したに過ぎない。

 「こちらを完全に視認されたな」

 ユアンは忌々しく敵の機影を眺めた。

 「どうしますか?撃墜を・・・」

 副機長が尋ねるが、ユアンはそれを断る。

 「無駄だ。すでに発報されている。その為に航続距離の短い戦闘機を無駄にするわけにはいかない」

 

 国後島の臨時空港から発進した偵察機『彩雲改』の搭乗員は数時間に及ぶ偵察の果てに獲物を見付けた。

 まだ、レーダーの性能が低い時代。レーダーの索敵範囲に入ってからではジェット機を相手に対応など、難しかった。その為に国後から十数機の偵察機が飛ばされた。それらは戦後に残っていた偵察機を改良した物だ。スーパーチャージャー搭載によって、高高度の飛行が可能になった事で、ソ連の爆撃機編隊を視認する事が出来た。

 彼等は即座に座標と進路方向、速度を伝える。無論、追いすがる事は出来ないだが、彼等は必死に追いすがった。


 日本艦隊は偵察機からの連絡を受けて、即座に対空準備がなされる。

 艦隊司令部は事態の深刻さを悟る。

 戦略爆撃機クラスの搭載する大型爆弾を絨毯爆撃されれば、艦隊には甚大な被害が生じる可能性は高い。尚且つ、相手が高高度を飛行しての爆撃となれば、弾幕は届かず、落下する爆弾を撃ち落とす事も困難だと思われた。

 艦隊に唯一、高高度まで射程があるのが改良が加えられた噴進型対空ロケット弾であった。しかしながら、安定性が低く、高高度に達するまでに大きく逸れてしまう可能性が高かった。

 「残されたのは・・・桜花ですか」

 参謀はそう呟く。

 防空用に配備されたロケット式戦闘機『桜花』。ロケットエンジンの改良と爆薬を搭載しない為に軽量化された機体によって、打ち上げるように発進する事が可能になった。無論、それは搭乗員に掛かる強烈な荷重などは無視された状態ではあるが。

 その桜花の操縦席では打ち上げを今かと緊張する搭乗員達が居た。彼等の手にある操縦桿は固定金具が設置されている。これは打ち上げ時の急激な荷重で誤って操縦桿を操作しない為だ。一定の高度に達した時、金具を外す事になっている。

 武装は機首に30ミリ機関砲が一門。頼りない武装だが、音速を超える速度で発射可能な武器で、尚且つ限られた重量で搭載可能な威力の高い武器がこれだった。僅か30発の弾丸。一撃離脱しか出来ないとは言え、これで相手を撃墜が出来るかどうかは難度が高い事であった。飛行帽のヘッドフォンから航空管制官の声が突如、聞こえた。

 『敵機来襲!打ち上げを数える。準備せよ』

 彼は背筋が凍る思いがした。

 30からカウントダウンが始まる。何か無い限り、止まる事は無い。その間に視界が眩しくなる。閉じていた発射管の蓋が開かれたのだ。空には雲が覆っていた。

 「曇りか。敵の姿は雲が抜けてからしか見えないか」

 雲を突き抜けるまで10秒も掛からないだろう。そこから敵との接触は数秒。勝負はそこであった。

 口に酸素マスクを取り付ける。高度は一気に成層圏近くまで上がっていくのだ。しっかりと酸素を吸引せねば、一瞬で倒れてしまう。それでも与圧の無い機体では身体への負担は半端じゃない。上昇中に気絶してもおかしくはないのだ。

 そして、カウントダウンが0になった。

 発射筒と呼ばれる四角の箱から白い噴煙が噴き出し、そこから真っ赤な炎を上げながら、一機の飛行機が大空へと飛び出した。その後、5機の機体が次々と大空へと打ち上げられた。


 白煙を帯びながら、垂直に上がっていく機体。

 激しい震動と急激な荷重を体に受けて、意識を保つだけで必死な搭乗員。

 景色はあっと言う間に雲に突入して、そして、抜けた。

 太陽が眩しい。身体に掛かる荷重に耐えながら、操縦桿の固定金具を外す。

 頭を回して、敵を探る。

 「見付けた」

 彼は敵編隊を発見した。距離にして3000メートル。

 操縦桿を動かし、機体を大きな弧を描きつつ、宙返りさせる。そして、敵編隊よりも高い位置から落ちていくように向かって行く。


 ユアンは雲を何かが飛び出したのに気付いた。

 「何だ?」

 それが何か。まとも飛行機の速度では無いと思った。だが、それが白煙を上げながら、高く飛んだと思ったら、宙返りをして、こちらに向かってきた。

 「敵か?滅茶苦茶速いぞ?」

 ユアンは焦った。尋常じゃない速度の飛行機が次々と雲から現れたのだ。随伴するジェット戦闘機でさえ、あの速度には間に合わない。

 「あと少しで爆撃なのに・・・くそっ。とにかく、爆撃進路は維持だ!

 ユアンも必死に操縦桿とスロットルを握った。

 

 桜花の機関砲が唸る。

 機関砲弾が爆撃機編隊を襲う。それをさせじとソ連のジェット戦闘機が迎える。しかし、速度が圧倒的に違った。桜花はソ連のジェット戦闘機を無視して、的の大きな爆撃機を狙った。

 30ミリ機関砲弾は弾頭に内蔵された炸薬が破裂して、巨大な爆撃機さえも一撃で大穴を開けた。翼をへし折られ、落ちていく爆撃機。

 隊長機は燃料を使い切り、そのまま、滑空しながら、敵編隊から離れていく。彼の一撃で一機の爆撃機が撃墜され、二機の爆撃機は機体に大穴が開き、高度を落として行く。爆撃機編隊に次々と桜花が飛び掛る。

 ユアンの機体にも銃弾が降り注ぐ。機体を掠めた銃弾が炸裂したのだろう。大きな振動にユアンは驚く。その間にトランシーバーには各機からの報告が飛び交う。

 「2番機が落とされた!」

 原爆を抱えた2番機が撃墜されたとの報告にユアンは衝撃を受ける。

 「何としてでもこいつだけは落とすぞ」

 彼は投下スイッチを押した。それはタイミング的に早かったが、このまま、何もせずに撃墜されるよりマシだと思ったからだ。

 「離脱するぞ!」

 ユアンは叫ぶ。すでに桜花の攻撃は終わっていた。3分の1が撃墜され、3分の1が被弾して、高度を落としていた。多分、被弾した僚機は爆発に巻き込まれるだろう。だが、ユアンにはそれを助ける手段は無かった。


 桜花による対空攻撃が終わり、続いて、日本艦隊は対空砲撃を始めた。高射砲と対空機関砲が唸る。そして、噴射式対空ロケット弾が放たれた。

 被弾をした敵爆撃機が高度を落としてきたところに高射砲が炸裂して、1機の爆撃が四散した。だが、その間にも投下された原爆が落下傘を開き、落ちて来る。それは高度300メートルになった時、爆発をした。

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