第21話 北海の死闘が始まる。
最新鋭の戦闘艦を投じたソ連艦隊は低速な貨物船などに船足を揃える為、ゆっくりと北海道を目指していた。
艦隊司令官のモロゾフ海軍大将は苛立っていた。
「遅い。このままでは敵艦隊の方が先に着くぞ?」
彼の怒りを最もだった。艦隊の動きは多分、敵に察知されている。後は少しでも早く、北海道に着くしかないのだ。
政治的な問題でアメリカが動くのはかなり遅れるのは理解が出来る。しかしながら、軍縮されたとは言え、かつて、アメリカとやり合った海軍を保有した日本軍がすんなりと許すはずが無い。作戦ではたった一発の爆弾で敵艦隊を全滅させる事になっている。信じ難い事だが、見せられた資料にあった原爆なら確かにそれは可能だと思った。ただ、それをどうこうと考えたもこの作戦を否定する事など、今の軍人には出来ない事だった。ましてや、これがスターリンから直接、出された命令であるならば。
モロゾフの怒りの原因は隣に立つ政治将校にもあった。かつて、政治将校を殺害した命令違反があった事から、今回は政治将校が多く、乗り込んでいる。しかも、彼等は短機関銃を装備してだ。
艦橋は政治将校に支配されていると言っても過言では無かった。
(誰の艦隊だと思ってやがるんだ)
モロゾフは政治将校の指揮官であるミハエル大佐を横目で見ながら、ストレスを溜めるしか無かった。
その間に飛行場からは爆撃隊が離陸準備を始めていた。原爆と搭載した爆撃機は2機。1号機と2号機と決められた。それぞれの乗組員は緊張をしながら、離陸準備をしていた。
『管制塔より爆撃機隊へ。敵艦隊の座標が判明。座標を確認した後、作戦を開始せよ』
管制塔より命令が下った。指示された座標をユアンは副機長と共に確認する。そして、離陸準備を始めた。
「敵艦隊は国後沖か。我が軍の艦隊に接近される前にやらないと・・・まずい」
機長は仮に燃料が途中で尽きても構わないと思いながら、全速力で侵攻する事を決めた。
その頃、日本艦隊は敵の艦隊に攻撃を仕掛ける為にオホーツク海へと入った。
比較的、波は穏やかで、天候は良かった。
「ソ連の偵察機です」
レーダーに所属不明機が何機か映る。それがソ連の偵察機である事は動きで分かった。
「対空監視を厳にせよ」
ジェット機が多く登場した現在、艦隊の対空は圧倒的に不利になりつつあった。まだ、対空ミサイルの多くは研究段階にあり、ジェット戦闘機相手にまともに使える武器は少ない。日本軍は戦時中に地対空ミサイルの研究を進め、一部においては実用化も果たしていたが、それらは無誘導であり、高射砲と効果の点において左程の違いは無かった。
つまり、この時点において、航空機には航空機を投じなければ、水上戦力は空襲に何の防御も無いのと同じだった。
その為、敵航空機を発見すれば、地上の航空基地から戦闘機を呼ぶのが普通であった。その為にレーダーによる索敵は最重要であった。
敵に発見された時点で日本艦隊は防空の為に北海道の航空基地に航空支援を要請するが、敵もかなりの数での空襲が予想されるだけに不安が過る。
艦隊司令は空を眺めた。
「万が一にも敵艦隊を食い止めれなければ・・・かなりまずい事になるだろうな」
北海道には第七師団が置かれているが、補強こそされているが、まだ、戦車も米軍から払い下げられた物が多く、すでに旧式化していた。戦闘になれば、北海道の半分は戦場になるだろう。
1時間後、ソ連の航空機編隊が日本軍艦隊のレーダーに映る。
「敵の数・・・36」
「思ったより少数だな」
ソ連軍と言えども、すぐに極東に航空戦力が集められなかったかと艦隊司令は安堵した。この数ならば、現在、向かっている防空の為の航空戦力でも対応が出来た。
敵編隊が日本軍艦隊上空に飛来する前に防空戦闘機部隊が飛来した。彼等はそのまま、敵編隊に向けて飛び去る。
レーダーには次々と光点が消えていく。激しい空戦が繰り広げられているのだろう。敵味方の数が一斉に失われていった。そして、互いに少数となった戦闘機がそれぞれ、戻って行った。味方が艦隊の上空を過ぎ去る時、無線連絡が入る。
『こちら201編隊。敵編隊を撃退した。しかしながら、敵に攻撃機の姿なし』
この時、艦隊司令はやられたと思った。
「第二波が来る。こっちが本命だ。防空体制をとれ」
敵は予め、防空の為の航空戦力が出て来る事を見越して、先に戦闘機部隊を向かわせたのだ。こちらが新たに航空支援を受けるには時間が無い。艦隊司令は戦慄するしか無かった。
爆撃隊1号機の機長のユアンは先行した戦闘機部隊が敵と空戦を始めた事を知る。
「上手く餌に食い付きましたね」
副機長が笑みを浮かべる。
「これで、無事に目標に近付ける。敵戦闘機が居たんじゃ、こんなデカイのはただの的になるからな」
最新鋭の戦略爆撃機と言えども、戦闘機とまともに格闘など出来なかった。
「レーダーに敵を確認!機関士がレーダーに気付く」
「敵の戦闘機か?」
ユアンは不安になって叫ぶ。
「いえ・・・1機だけです。偵察機でしょう。スピードも遅い」
「ヘリかレシプロ機だな。無視しろ。戦闘機部隊は燃料がギリギリだ」
ユアンの想像は合っていた。彼等が発見したのは航空監視の為に『やまと』から発進した二式水偵だった。旧式化した本機だが、連絡、哨戒の任務には有用であった。後部座席に座る偵察員は大型の高性能双眼鏡にて、ソ連の編隊を視認した。
「やべぇ・・・戦略爆撃機が艦隊に向かっている。爆撃で大打撃を与えるつもりだ」
即座に無線連絡が入れられる。
連絡を受けた艦隊司令はゴクリと唾を飲み込む。
大型爆撃の空襲を受ければ、敵艦隊と交戦するのは不可能な程の損害を受ける可能性は大きかった。
「ここが使いどころだな。防空隊を準備させろ」
艦隊司令の命令を受けて、艦橋から航空指揮所へと内線が走った。
搭乗員待機所では煙草を吸いながら、退屈そうに待っている航空要員が居た。
大戦中頃から海軍の戦闘機乗りとして活躍した今田一等海尉だ。
突如として、ブザーが鳴る。これはスクランブルの指示だ。彼等は慌てて、煙草を消して、ヘルメットを被る。
「本当に実戦をやる日が来るなんてな」
彼等は苦笑いをしながら、機体が収まった格納庫へと入る。
機体は垂直に個別に納められており、壁面に梯子が設置され、それを登って、操縦席に乗り込む。
「人間爆弾か・・・今は人間高射砲だぜ」
操縦席に乗り込んだ今田は笑いながら、暗くて狭い筒の中でただ、待った。
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