第20話 戦いの足音が近付く。

 スターリンの矛先は未だに戦争が続いている日本との決戦であった。

 開発されたばかりの原爆の運搬が極秘に始まろうとしていた。

 原爆の開発に携わった若い研究員のアンドレイ=サハロフは不安であった。ソ連の原爆はその多くをアメリカ側の研究を諜報活動によって奪った物だ。基礎研究などが足りていない段階で、その危険性は計り知れなかった。

 しかし、すでに原爆実験は成功しており、この巨大な爆弾が大きな戦果を挙げる事は確実であった。しかしながら、この時点で多くの人民を用いた実験によって、被爆が大きな健康被害を及ぼす事も解ってきていた。

 

 ソ連の核開発に関しては西側陣営はすでに諜報活動である程度を確認していた。そして、研究施設から極東へと製造された原爆が運ばれる事も察知していた。その事は在モスクワアメリカ大使館にも伝えられた。

 それを聞いた瑠璃は怯えた。

 「原爆を・・・対日戦に用いる可能性があると?」

 尋ねられたルーシーも深刻な顔で手にした報告書を眺める。

 「可能性は高いわ。ソ連軍は日本とアメリカを圧倒する海軍力は持っていない。空軍力もミグが優位に立っているが、それも圧倒的ではない。アメリカは日進月歩でそれを覆す技術開発を進めている。まぁ、スターリンはそれを見越して、優位のある内に北海道へと侵出するつもりなんでしょうけど」

 「全ては魔女の仕業・・・」

 「魔女・・・仕向けたのはそうだろうけど・・・魔女が選んだ男・・・スターリンの野心でしょうね。すでに魔女を殺しただけでは・・・収まらない」

 その言葉に瑠璃は溜息をついた。

 「スターリンの殺害・・・それが最優先ですか?」

 「そうなるわね。今回の件に関しても、ソ連の幹部連中はあまり乗り気じゃない。ただ、スターリンによって粛清されるのを恐れて、動いているだけ。スターリンさえ倒れれば・・・全ては収まるわ」

 「スターリンを暗殺した上なら・・・魔女の暗殺も可能に?」

 「そういう事ね。我々の目的を達成する為には・・・スターリンの暗殺である事は西側諸国の共通認識になりつつあるわ」

 「では・・・それに向けて動くと?」

 瑠璃の言葉にルーシーは頭を横に振る。

 「無理ね。時間が足りない。今回は冷静に状況を眺めるしか・・・しかし、チャンスがあれば・・・無理をしても実行する価値があるかもしれない。何にしても大規模な作戦になる。今なら、モスクワも手薄になるわ。特にスターリンの周りは現在、誰も近付かない有様だから」

 「では・・・私は何をすれば?」

 「瑠璃・・・あなたは魔女を討つ鍵・・・まずは私達が動く・・・その時は頼むわよ」

 ルーシーはそう言い残すと、報告書を置き、部屋から出て行く。


 イワン=コーネフソ連地上軍総司令官は悩んでいた。

 スターリンから命じられた日本への再侵攻作戦。

 当然ながら、極東に配置した地上戦力を集めて、向かわせるのだが、朝鮮戦争を境に中国との緊張関係が続いており、国境付近から兵力を離すことが出来ないのだ。下手に中国国境を手薄にすれば、中国軍が侵攻している可能性は高かった。

 「欧州に派遣した部隊も東欧の団結を維持する為にも必要不可欠。中央アジアも今後の事を考えると・・・。どこから兵力を集めれば・・・」

 彼の悩みはソ連地上軍全体の悩みへとなる。新たな銃、新たな戦車などが開発されるも生産力は足りず、地上戦力の多くは未だに第二次世界大戦の武器を使っていた。

 それに対して、アメリカは着実に最新鋭の兵器を前線へと送り込み、欧州、日本において、優位を取ろうとしていた。

 日米軍事同盟に従い、日本各地には在日米軍基地が設営される。

 常に厳戒態勢の朝鮮半島も含め、日本は米軍にとって、極東の拠点であった。

 

 1956年3月1日午前

 チュグエフカ基地には新旧問わず、多数の航空機が集められていた。その中には最新鋭である双発ジェットエンジン搭載の戦略爆撃機、ツポレフ Tu-16があった。

 「原爆か・・・このデカいので敵艦隊が殲滅が出来るのか?」

 機長のユアンは不安そうに巨大な鉄の塊を眺める。

 「話じゃ、街が消し飛ぶらしい」

 整備士長が笑いながら言う。彼等にはまだ、原爆の恐ろしさは断片的にしか伝えられていない。しかしながら、原爆の威圧的な大きさは並の爆弾とは違う禍々しさを感じさせた。だがユアンは不安を口にする。

 「まぁ、良い。俺らの役目は敵艦隊の真上にこいつを落とすだけだ。問題は航続距離の問題だな。空戦をしたら、うちらの飛行機は戻れないだろう?」

 それに答えたのは彼らを指揮する爆撃隊の隊長であるユーリだった。

 「そいつは北方四島に不時着する事で解決するらしい。敵艦隊さえ壊滅させれば、北海はソ連のモノだ。救出は何とかなるって算段らしい」

 「まともな軍事作戦じゃないな。どうせ、政治将校の妄想だろ?」

 「下手な事を言うな。この基地にはウヨウヨしているぞ。捕まったら、即シベリア行きだ」

 「すでにシベリアですぜ。大佐」

 彼らは大笑いをする。

 

 すでに北海には集めるだけ集められた艦艇が稚拙な艦隊を組み、出航をした。

 この状況はすでに日米は確認をしており、対日作戦の為の軍事行動として、大湊に待機させていた艦隊を出航させる。同時に太平洋側に待機していたアメリカ第七艦隊も牽制の為に動き出す。

 この時点でまだ、アメリカは明確に軍事行動を示唆していない。何故なら、ソ連側があくまでも世論を動かす為の行動であるならば、それにまともに呼応した事で、アメリカが新たな大戦の火を点けたとされるのを警戒した為である。

 日本政府もそれを理解している為、対ソ戦の初期対応はあくまでも自国の防衛力のみだと考えていた。

 第二次世界大戦が終わり、10年が経ったため、現存する戦闘艦艇はほぼ無く、僅かに残ったのが大和だった。艦名も護衛艦の名称に習い、『やまと』に変わっていた。アメリカ側の装備に更新され、主砲も後方の二基が副砲と共に撤去され、そこに艦載機用の格納庫と滑走路が新たに設けられた。

 日本が新たに平和憲法を発布した事で、軍の解体と新たに設立された自衛隊。そこでは攻撃型兵器となる空母の保有は戦争で疲弊した日本国民の手前、無い事になっていた。それを補う為にやまとに水上機とヘリが多数、搭載された。最大、45機が搭載が可能な事で、軽空母並の航空力が与えられたのである。

 艦橋では堀田艦隊司令と田口艦長が立つ。

 堀田は双眼鏡で艦隊を眺めながら、呟く。

 「やまとのこの尋常じゃない改装が間に合って良かったな」

 それに田口が応える。

 「そうですね。まさか。航空戦艦に改装されるとは思いませんでした」

 「大戦後期の航空戦艦、航空巡洋艦への改装実績が役に立ったな。あれらがなければ、到底、不可能な改装だよ」

 「はい。一応、戦闘機は搭載していない事になっていますが・・・局地戦闘機『桜花』を搭載していますけどね」

 「桜花か・・・特攻兵器を使い捨ての防空戦闘機に改造するなんて思わなかった」

 「副砲の部分に垂直式に配置する事で、ロケット噴進によって、一気に高高度まで飛び立ち、敵編隊に一撃離脱を加える。ジェットエンジンでは不可能ですが、桜花の開発に携わっていた研究者が意地で開発した機構ですよ」

 「面白い発想だ。機体を捨て、脱出する機構もよく考えられているしな。我々はあれで人間を敵艦にぶつけようなんて考えていたんだ。そう思うと身震いがするよ」

 「大戦末期は皆が狂ってましたから・・・」

 全34隻の第一護衛艦隊はゆっくりと日本海を進んだ。

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