第19話 怒れる熊
アメリカによる人質奪還作戦の成功はスターリンを激しく怒らせた。
「政治将校に命じて、この件に関する責任を全て追及させろ。こんな失態、許される事じゃない。解ったか!」
スターリンは年甲斐も無く叫び回った。
彼の前に居並ぶ者達は皆、首を竦めて、その怒りが過ぎるのを待った。
だが、怒り心頭のスターリンは狂った瞳で叫び続ける。
罵詈雑言の限りを尽くし、彼は机に置かれた世界地図を叩いた。
「日本だ。日本を制圧する」
その一言に皆が騒然とする。
「日本と仰られても、我々は失敗をしております。それに彼らはアメリカと軍事同盟を結び、更なる侵略を始めれば、確実にアメリカと対峙しますよ?」
赤軍の大将が慌てて、そう告げる。スターリンは彼を睨んだ。その一睨みで大将は真っ青な顔で首を深く垂れた。
「申し訳ありません」
「ふん・・・構わん。だが、これは決定だ。我が軍、最新鋭の艦隊を送り込み、日本全土とは言わん。北海道だ。北海道を制圧して、我が国の威信を見せつけろ。例のあれを投じても構わない。小癪なまでに我々に歯向かった日本と生意気なアメリカを徹底的に叩きのめすのだ」
スターリンの怒りに誰一人、逆らえる事など出来なかった。
スターリンの激昂はソ連全土に広まり、一斉に動き出した。
しかしながら、ソ連は急ピッチで海軍の整備が進んでいたが、その多くは軽巡以下の小型艦であり、日本海軍と真っ向から戦える戦力は無かった。
練習艦に組み込まれていた重巡洋艦クラースヌイ・カフカースなども新たに巡洋艦に戻され、実戦配備がなされた。
訓練もままならぬまま、艦隊が結成され、ありったけの艦艇が対日戦に向けて北海に搔き集められた。それと同時に陸上戦力、航空戦力も移動を開始した。
これだけ大規模な動きは当然ながら、西側に筒抜けとなる。スターリンの怒りは解らないまでもソ連が極東に軍事力を集中させている事に関して、ソ連の狙いが日本の北半分である事は間違いがなかった。
当然ながら、日本政府はこの事態を憂慮した。
紛糾する御前会議。
天皇陛下は黙って、白熱する会議を見守った。
陸軍大臣はソ連の意図は北海道だと主張する。だが、海軍大臣はあくまでもアメリカに対しての牽制であり、現在のソ連の保有する海軍力では到底、海を渡って、十分な兵力を北海道に上陸させる事は困難だと主張した。
確かに、元々、ロシア時代からソ連の海軍力はイタリアなどヨーロッパに頼り切っており、ソ連独自に建造が可能な大型艦はほぼ、皆無であると言っても良かった。大和などに並ぶ超ド級戦艦も建造に着手したが、結果的に中止されている。
ソ連が保有する軽巡までの戦闘艦群であれば、日本の保有する海軍力だけでも敵では無かった。
だが、そこに1人の男が発言を求めた。
外務省大臣の重光葵だ。
「アメリカの諜報機関からの情報です。ソ連は原爆を開発した可能性が高いと。更に威力の大きい水爆の開発にも着手をしているとか」
その一言に会議は静まり返った。最初に声を上げたのは総理大臣の吉田茂であった。
「つまり・・・海軍力の不足を・・・原爆で補う可能性があると?」
「はい・・・奴らはやるつもりでしょう」
「アメリカはどう言っている?」
「必要があれば、用意すると」
「この国で・・・原爆を用いた戦争を始めるつもりか?」
総理の驚きの言葉に皆が騒然とした。
「可能性はあります・・・」
「防ぐ方法は?」
「原爆は・・・現状、その大きさから、大型の爆撃機から投下するしか運用方法がないという事です。爆撃機を投下地点に侵入させなければ、問題はないかと」
「原爆か・・・敵の爆撃機が到達可能なエリア・・・北海道までは奴らにとっては作戦可能範囲となるのか?」
陸軍大臣が地図を睨み、唸る。総理は陛下に向かって一礼した。
「陛下・・・残念ながら、ソ連との戦争は回避が不可能かと思います。北海道を守る為、全軍を北海に向け、何とか撃退をいたします」
その言葉に陛下は苦渋に満ちた表情をしたまま、何も言わずにコクリと頷くだけだった。
日本海軍は再編成を終えた。大戦中の艦の多くは旧式化して、廃艦となった。長門もアメリカの水爆実験の為に廃艦処理後、引き渡された。
残されたのは近代化改装が済んだ大和や雪風などぐらいであった。それ以外はアメリカから貸与された駆逐艦などと新たに建造がされた艦艇であった。日本は休戦協定に従い、軍の解体が行われている最中であり、保有する戦闘艦艇は軍の代わりに発足した警察予備隊に引き継がれた。警察予備隊は更に保安隊となる。その為、艦種も護衛艦と変更された。だが、それは実質、軍隊である事は間違いがなかった。
護衛艦『やまと』と改名された戦艦大和も同様に護衛艦となった巡洋艦、駆逐艦を引き連れ、北海へと目指した。
保安隊と変更された陸軍の部隊もアメリカ軍から貸与された装備にて、対ソ戦に向けた訓練を始めた。
M24チャーフィー戦車やM3戦車が北海道の草原を突き進み、敵の上陸に備える。水際での上陸阻止を前提に、遅滞作戦を行い、アメリカを含む増援を待つのが彼等の作戦であった。
日本は急ピッチに対ソ戦の準備を進める中、アメリカも対ソ戦の用意を行った。当然ながら、保有する原爆を空母に搭載し、北海へと輸送する準備が行われた。
指揮をするマッカーサーは原爆による応酬が北海で行われると想定していた。
仮にそうなれば、両陣営に甚大なる被害が生じると考え、それを防ぐ為にも圧倒的な航空兵力を投じて、敵の原爆を空中で撃墜する事が大事だと考えていた。その為、ありったけの空母が集められた。
千歳空港は民間機の使用が禁止され、新たに設立された保安隊の航空部が専有した。
「震電改の改か・・・ほとんど別物だな」
パイロットの田中3等保安士は目の前に置かれた最新鋭のジェット戦闘機を見て、そう感想を漏らす。
日本独自に開発されたジェット戦闘機の震電であるが、その航続距離の不足や電子装備の不足からF-86Fなどに比べて旧式化していた。F-86Fの貸与もあるが、独自開発に拘った政府と企業の考えから、震電をベースにF-86Fなどの技術や部材が投じられた震電の改造が施された。
元々、震電改はベースとなる震電に比べ、かなり胴体が後方に延長されたスタイルになっていたが、更に延長され、翼も大型化された。名称も震電改2型となっていた。
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