第18話 第三次世界大戦の種火

 B-17の機内では誰もが無言だった。

 米軍、特殊部隊の隊員であるマーカス上等兵も黙っていた。

 揺れる機体。東ドイツ領に入れば、いつ撃墜されてもおかしくない状況。

 当然ながら、彼らが東ドイツ領に侵入する前に陽動部隊が一斉に東ドイツ領に侵入して、敵を攪乱する。その隙間を掻い潜り、特殊部隊を乗せた爆撃機の編隊が低空で侵入する。

 機長は懸命に敵のレーダーに掛からぬように低空を飛ばす。山肌が近く、一つ間違えれば、衝突するかもしれないと思いながら。

 「あと少し・・・あと少しか・・・」

 マーカスは腕時計を眺めながら苛立ちを抑える。

 「おい、マーカス。ビビってるのか?」

 軍曹が笑いながら声を掛ける。それに同僚達が大笑いをする。

 「軍曹。ビビってないですよ。ただ、渡されたのがグリースガンだってのが気に入らないだけですよ」

 「気にするな。イギリス野郎は水道管だからな」

 それに更に笑いが起きる。

 「おい!降下準備しろ!」

 小隊長の指示で全員が安全ベルトを外して、仮設のベンチシートから立ち上がる。

 彼らの姿はまるで一般人のようだった。彼らはその姿で敵中を掻い潜り、人質の救助をするためだった。

 「ナチスの相手の次は赤共って事だ」

 そして、彼らは次々と機外へと飛び出した。

 白い落下傘が開き、彼らはベルリン郊外へと降り立つ。

 彼らが落下した地点は事前に東ドイツ内に潜伏していた諜報員によって、安全が確保されていた。

 「陽動作戦が始まっているとは言え、本当に敵が居ないのか?」

 マーカスは周囲を見渡した。そこに居た諜報員は笑顔で駆け寄る。

 「安心しろ。軍は陽動作戦に翻弄されている。ベルリンの部隊も戦闘準備に入ったから、市街の警備は警察のみ」

 「そうか・・・」

 特殊部隊はバスやトラックなどに分乗して、様々なルートからベルリン市街へと侵入した。

 

 ベルリン市街では西側陣営の攻撃に対して、警報が発せられ、警察官達も慌てていた。彼らは市民に屋内退避を命じていた。

 1台のトラックが停車させられる。

 「おい!現在、警戒態勢中だ。屋内に避難しろ」

 警察官達はトラックの運転手に身分証明書の提示を求めながらそう指示する。だが、彼らの背後には荷台から降りた数人の兵士が近付く。彼らはナイフで警察官達の喉を搔き切る。

 「死体は見つからないように路地に放り込んでおけ!急ぐぞ」

 彼らはこうして、目標であるホテルへと突き進んだ。

 降下後、僅か1時間でホテルへと到着した彼らは車から降りて、ホテルを囲むように待機する。周辺の警察官達はこの時点で全て無力化している。

 マーカスはM3短機関銃のコッキングボルトを引っ張る。

 「派手にやれよ。中の奴らは重装備の可能性は高い」

 軍曹に言われて、マーカスは親指を立てた。

 上空にはアメリカ軍の戦闘機部隊が飛び交う。彼等も陽動の為に東ドイツ軍、ソ連軍の戦闘機と空中戦を繰り広げているのだ。

 時間が来て、彼らはホテルへと突入した。

 ロビーでは武装した警察官との戦闘が始まる。だが、急襲した側に分があり、一瞬にして、彼らを皆殺しにした。その際、その場に居合わせたホテル従業員も殺害された。

 僅か15分でホテル内の制圧は完了し、部屋に軟禁されていた人質の解放に成功した彼らは乗って来たバスなどに人質を乗せて、ベルリンから離れた。

 ベルリン郊外の開けた場所まで到達すると彼らは無線機にて連絡を取った。

 10分も経たずに空から飛来するのはアメリカ軍のヘリであった。まだ、ヘリが珍しい時代。ソ連軍もこのような大規模なヘリによる作戦は考えていなかっただろう。低空で飛んだ彼らはソ連軍のレーダー網を掻い潜り、飛行場でも無い僅かな開けた場所に着陸を果たした。

 マーカスは彼らの目印になる発煙筒を置きながら、周囲を警戒する。その間に人質はヘリへと乗り込み、空へと飛び立った。最後に特殊部隊の隊員達もヘリへと次々、乗り込み、飛び立った。

 この大規模な作戦は西側陣営は数機の航空機の損失、300人余りの兵員の損失を出したが、人質の全員を奪還出来た事で成功とした。

 ソ連側は多くの損失が発生し、侵略行為だとアメリカに抗議するもすでにソ連側が侵略したとして、あくまでも人質奪還の為の防衛行為であり、侵略では無いと逆に抗議をした。この事で米ソの対立は完全となり、ドイツを巡って、戦争状態に突入した。

 ソ連軍は即座に本国から東ヨーロッパ中に部隊を送り込み、更に現地の部隊に装備を無償貸与して、戦争に備えさせる事が命じられる。

 東ドイツ軍もナチスドイツ軍時代の武器まで持ち出し、再編成が進められた。

 

 この事態をモスクワのアメリカ大使館でも危機的な状況だと判断した。いつ、アメリカ大使館に対して、国外退去が言い渡されてもおかしくない。そうなれば、魔女を討つ機会が喪失してしまう。

 それを回避する為に大使や職員は懸命に外交努力を続けた。

 ソ連側でも新たな世界戦争の兆しに対して、憂慮する者は多い。社会主義国家として、スターリンの指示で様々な内政が始まっているが、その多くが成功しているとは言えない。現在の生産力で西側陣営との本格的な戦争は国民を苦しめるだけだと理解している政治家や行政職は密かに居た。だが、それを口にすれば、現在のソ連においては粛清の対象でもあった。

 大きなジレンマを抱えつつ、ソ連は大国として、新たな戦争に向かうべく、スターリンは号令を掛けた。

 その背後では一人の女がほくそ笑みながら、世界の終末の足音に酔いしれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る