第12話 冷戦

 朝鮮半島を二分する形で休戦が締結された。

 38度線を境に両国は睨み合う形となった。それは韓国、北朝鮮という構図では無い。アメリカ、ソ連という大国の構図であった。

 この状況において、東側だと思われていた中国とソ連は覇権を求めて新たな火種を抱える事になる。

 かつて、日本が支配した満州国の取り扱いについて、互いに意見が分かれたからだ。南下政策を掲げるソ連からすれば、当然ながら、攻め込んで事実上支配をした満州国の一部は日本から奪い取った正当な領土であると主張する。しかしながら、満州国は元々、中国の国土だと主張する中国とでは決して、意見が合う事は無かった。

 スターリンは毛沢東との極秘会談を重ねるも意見の合意は得なかった。

 「あの猿め・・・あたかも自分達が日本に勝ったつもりでいやがる。愚かな連中だ。今だって、我々からの武器支援が無ければ、国土を維持する事など難しいというのにな」

 苦々しくスターリンは苛立っていた。

 傍らには魔女が侍っている。

 「だったら・・・潰してしまいなさいよ」

 この時点で中国共産党軍の装備は未熟で、一部では日本国の鹵獲兵器を用いているほどであった。

 「だが・・・今、兵力を東に移せば・・・西側がどうなるか・・・」

 スターリンは世界地図を見る。現在、西ヨーロッパではアメリカ主導の新たな枠組みが生まれようとしていた。それに対抗すべく東ヨーロッパの結束を高め、対抗する枠組みを作り出すべく苦心していた。

 その為には当然ながら、駐留する米軍も含めた西側と拮抗する兵力の維持が必要だった。その為、極東への戦力移動は消極的だった。

 この時代、米ソの対立は深まりつつあり、放射能の危険性が理解されつつも、核開発は突き進んでいた。

 東西に分割されたドイツを中心にヨーロッパは二分され、軍事力が集中していた。核兵器の中には小型核弾頭を迫撃砲などで発射するなど常識を遥かに超えたような兵器などが平然と開発され、配備を検討されるに至っていた。

 当然ながら、それらはあまりに危険性が高く、配備は見送られていたが、それぐらいに米ソの対立は深く、互いに核戦争を意識するに至っていた。

 第二次世界大戦に敗北した西ドイツも復興の途にあった。

 しかしながら、戦後復興に対しても培った技術と勤勉さからか、西ドイツは急激な経済発展を遂げた。その中において、再軍備が始まる。これはソ連の拡大に対して、最前線となる西ドイツの軍備に不安を感じたアメリカの思惑だった。

 一度失った軍の立て直しのために新たな兵器開発がなどが急ピッチに進められ、その中において、新しい軍事産業が次々と生まれた。だが、それらはかつてのドイツの軍事産業の偉業故の事だった。


 欧州での対立を気にする余りに極東に力が入らないソ連の状況を見てとったのが中国であった。満州を完全に手中に収めるために彼らは動き出した。元々、満州の一部などは清王朝時代にロシア帝国から割譲を受けたものだが、不備が多く、互いの認識が差があり、まして、日中戦争などによって、それらは増々曖昧になっていた。それに乗じて、中国は領土の拡大を望んでいた。


 その為に中国は新疆ウイグル自治区などに兵力を徐々に集めていた。

 この事態を観測していたのはアメリカの諜報機関だった。

 このまま進めば、中ソは戦争になる。それはアメリカにとって都合の良い事であった。そして、彼らはそうなるようにヨーロッパに戦力の強化を図る事を大統領に具申した。結果、NATOの成立と駐留する米軍の補強、ドイツ軍の再軍備の増強が始まった。

 スターリンは西側に送り込んだスパイの報告から西側の増強に注視する。無論、毛沢東の動きにも気にはなったが、所詮は極東であった。日本制圧に失敗した時点で殆どを諦めていた。

 「次の戦争はやはり・・・再びヨーロッパだろうか?」

 スターリンは世界地図を眺めながら考える。それはあまり現実的な話では無い。だが、スターリン自体も再び世界大戦レベルの戦争を行おうなんて気はない。その言葉に軍事委員会の幹部が答える。

 「南下政策に従えば、黒海の出入り口を塞ぐトルコなどの中東か。中央アジアを制圧していくか」

 「中央アジアか・・・先の長い話だ。それにトルコとやり合うのも・・・」

 スターリンは考え込んだ。

 北の大国であるソ連が不凍港を手に入れる為の道筋はどれも茨であった。ロシア人が凍らぬ海で貿易をするには血を流して、奪い取る必要があった。だが、それも必ず邪魔をされる。相手はソ連を上回る大国となったアメリカだ。

 戦えば、再び世界は戦禍に巻き込まれる。今度は世界が崩れるかもしれない。そんな危ない匂いが漂っていた。

 スターリンは革命によって、今の地位を手に入れた。だからこそ解る。危険な匂いが。しかしながら、それを避けていては悲願は達成されない。そして、それはアメリカによる世界制圧に繋がるだろう。ソ連はアメリカに屈服させられるのだ。スターリンは自らがアメリカの大統領に首を垂れる事を想像するだけで身震いした。

 

 日本海軍は再軍備に力を注いでいた。原因は中国とソ連の拡大である。

 特にソ連は未だに北海道侵攻への野心を失ってないようで、北海道沖では常に臨戦態勢であった。舞鶴を母港とする北海艦隊が設立され、旗艦には新たに建造された空母『翔鶴』が着任した。

 新たに建造された空母『翔鶴』はアメリカ海軍の空母を手本にしている所が多く、更にジェット戦闘機などの運用を前提にした大型空母であった。

 艦橋には艦隊司令の大島提督と艦長の五十嵐大佐が居た。

 「ソ連は北方四島の開発には着手して無いみたいだな」

 北方四島は現状においてもソ連軍の支配下にあったが、日本との緊張を高めない為か、開発などは行われていなかった。

 大島は指揮下にある第1潜水艦隊からの報告を受けながら、五十嵐と会話をしている。潜水艦艦隊は現在、北方四島周辺海域を極秘に警戒をしている。ソ連側の動きは民間船も含めて、逐一、調査をしているのだった。

 「だが、朝鮮半島の件も含めて、ソ連は諦めては無いはず。それに我々はまだ、ソ連との戦争は続いているのだ。いつ、戦争が始まってもおかしくない」

 「戦争ですか・・・しかしながら、それは北方四島、千島列島を取り戻す好機では?」

 「好機?どうかな?噂ではソ連は共産党の旗印の下で国家全体が一丸となって富国強兵を図っているらしい。失った海軍や空軍を整備するのも早いかもしれないぞ」

 「共産主義ですか・・・日本でも学生を中心に傾倒する連中が増えているとか」

 「恐ろしいもんだな。いつ、共産革命がこの国で起きてもおかしくない。アメリカ同様に徹底的に撲滅すべきだな」

 

 この頃、新たな極東艦隊が急造されていた。

 未完成となっていた戦艦『ソビエツキー・ソユーズ』が完成され、旗艦として、回航されていた。その情報は当然ながら、アメリカ、日本も手に入れていた。

 巨大戦艦を中心に巡洋艦、駆逐艦などが次々と建造され、艦隊は日々、増強されいた。

 艦隊司令官のフルコワチェフ少将はその光景に打ち震えていた。

 かつて、黒海艦隊の巡洋艦艦長として、日本海軍と戦い、沈められた。多くの仲間を失い、命かながら、補給艦に救われ、本国に帰還する事が出来た。あれはあまりにも苦い経験であり、日本を憎むには余りある程であった。

 「これさえあれば、日本の船を全て、撃沈してやれる」

 満足そうにソビエツキー・ソユーズの艦橋で笑っているが、その隣では艦長のゴドノワ大佐が不安そうにその姿を横目で見ていた。彼の不安は空軍力である。すでに海戦の殆どは航空力で決するのが常識だった。しかしながら、ソ連の航空機開発や空母建造に関してはアメリカに大きく及ばず、このままでは航空戦力無しでの出撃となる。そうなれば、再び、殲滅されるのは若手の士官の間では常識となろうとしていた。

 「敵は大和・・・あれを仕留めれば、あとは雑魚ばかりだ」

 だが、フルコワチェフは未だに艦隊決戦に拘っている。彼の頭には飛行機は索敵や情報収集程度にしか考えていない。空母の無い海軍の考え方なのだ。

 無論、ソ連に空母導入の機運が無かったわけでは無いが、根本的には船体、航空機などの技術的な部分の不足。予算の不足。戦術的、戦略的な議論不足などがあり、米軍が空母を海軍力の中心に置いているにも関わらず、ソ連は潜水艦、巡洋艦などによって、海軍力を補強していく事になった。

 その中において、オホーツク海は最前線となっていた。

 ソ連と日米の潜水艦が情報収集の為に多く投入され、そこは潜水艦銀座と呼ばれる有様になっていた。

 潜航中の潜水艦同士の戦闘は公にされず、仮に撃沈されたとしても事故として処理される。そんな暗黙のルールが成立するようになると、激しい攻防が始まる。

 

 だが、そんな状況がいつまでも続くわけじゃなかった。

 スターリンは焦っていた。

 世界大戦後、彼の政治手腕が発揮され、確かにソ連は急激に成長をしていた。だが、その多くが成功したわけじゃなく、失敗だと思われる事も多かった。更には強権を発動していく中で、粛清も相次ぎ、内部においても恨みを多く抱え、政敵も含めて、暗殺の恐れが高まっていた。

 常にアメリカとの対立を高めている中で、日本の分割案の実施はアメリカと対等になるためにも必須だと考えるようになっていた。これは経済を更に成長させる事も含めてだった。

 強化される極東艦隊と新たに開発されたジェット戦闘機が続々と配備されていく中で新たな計画の画策が命じられた。

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