第10話 運命の歯車が回り出す。

 ソ連は疲弊した国土の復興に力を注いだ。

 スターリンは大規模な政策を次々と打ち出していった。

 その中において、軍拡も重要な要素であった。

 戦時中はアメリカからの武器貸与などもあり、何とか戦力を維持が出来た。しかしながら、戦後になり、技術力不足が露見する。

 戦時に開発に力を注ぎきれなかった事が最大の要因ではあった。しかしながら、戦後になっても予算的余裕は無いのは事実で、アメリカとの戦力差は目に余るものだった。

 スターリンはこのままでは世界の主導権をアメリカに握られる事を恐れた。

 特に現状において、敗戦した日本の海軍に事実上、ソ連海軍は壊滅させられた。未だに得られていない核戦力と失われた海軍力。そして、性能的に開きのある航空機。これらの問題を解決させる為、スターリンは軍や兵器産業に強く要求した。

 ドックの中で一隻の大型艦が完成を待っていた。

 「まだ、名前は決まっていないのですか?」

 技官は艦を見上げながら上司に尋ねる。

 「まぁ・・・難しいんだろう。元はドイツの船だからな」

 「なるほど・・・しかしながら、いつ見ても大きい船ですね」

 「空母だからな。世界でも所持している国は少ない」

 「しかし・・・これに飛行機を乗せるにも我が国の飛行機では飛び立つ事も出来ない。暫くはヘリだけの運用になりますね」

 「あぁ・・・しかし、ヘリだけでもかなりの戦力になる。潜水艦を探したり、地上を支援したりな。それに輸送艦という使い方もあるどっちにしても我々はあまりに多くの艦艇を失った。これだって使わなければな」

 「なるほど・・・まぁ、残された艦は少ないですからね。急ピッチで新造艦が着手されてますけど、正直、我が国の能力では、いつになる事やらですし」

 技官は呆れたように言い放つ。

 「まぁ、そう言うな。戦争が終わっても、また戦争が始まるかもしれないんだ」

 「終わりが無いですね」

 「そうだな」

 その大型艦はかつて、グラーフ・ツェッペリンと呼ばれた空母であった。

 

 海軍力が回復するまでには多くの時間が掛かるとされた。スターリンはそれを待つ事は出来ないとして、核開発に多くの予算を割いた。そして、旧来の装備を未だに多く配備された地上部隊は密かに移動を開始した。その目的は未だに政情が安定しない東ヨーロッパ諸国を支援する為としているが、それに見合わない程の多くの部隊が東ヨーロッパへと移動をした。

 当然ながら、戦争の爪痕が残るヨーロッパは再び、緊張が高まる。

 イギリス、フランスはソ連に対して、抗議を行うが一切、無視された。彼らがソ連を止める力が無い事は明らかだった。この事態に両国が助けを求めるのはアメリカしか無かった。アメリカはきな臭くなってきた朝鮮半島を睨みながら、突然のヨーロッパ危機に頭を悩ませるしか無かった。西ヨーロッパには相当数の米軍がまだ、駐留はしているが、ソ連軍が総力を挙げて侵攻を始めれば、どうなるか解らない状況だった。

 「大統領・・・軍からはヨーロッパ前線に核の配備を求める声が上がっておりますが・・・」

 国防大臣が真剣な表情でトルーマン大統領に尋ねる。

 「核か・・・ソ連に対抗する事は大事だが・・・不用意に強力な武器を我が国以外に配備するのはソ連の手に渡る恐れもある。正直、ヨーロッパの中にソ連に寝返る輩も居ないとも限らないからな」

 そんな微かな不安も核と言う圧倒的な力を扱う上においては慎重にならざるえなかった。だが、核兵器がヨーロッパに配備されていないという情報はソ連の諜報部が裏付けを取るまでに時間は掛からなかった。


 スターリンは悩んでいた。トルーマンは決して、妥協しない。共産主義が拡大する事について、酷く警戒し、あらゆる手を打ってくる。これはソ連の拡大において、大きな支障となっている。

 「トルーマンめ・・・これだけ圧力を掛けても、一切、こちらの要望を認めない。日本分割にしてもだ」

 彼は怒りを露わにする。気性が荒く、堪え性の無い男だ。

 「ふふふ。ならば・・・力で奪うしか無いでしょ?」

 そんな彼を諫めるように女が声を掛ける。

 「力か・・・だが、未だに核開発は形にならん。海軍はとても対抗するには遠く及ばない。あるとすれば、陸軍と空軍だけだが・・・」

 先ほどの激昂から一転して、弱気になるスターリン。

 「だが・・・」

 彼が何かを発しようとした時、女は彼の身体に抱き着く。

 「忘れたの?何もかも奪おうとしないと・・・手には入らないわ。力が足りないならかき集めれば良い。何も出来ないと思った瞬間、あなたはただの敗北者よ」

 耳元でそう囁かれたスターリンは瞳の色を変えた。

 

 ソ連を中心に世界が揺らごうとしている事など知らぬかのように日本では第二次世界大戦を戦い抜いた超弩級戦艦が大幅改装を受ける為にドック入りした。

 「大和を信濃を参考にした空母化すると聞いていたが?」

 ドックに入った巨艦を見て、士官の1人が技官に尋ねる。

 「いえ、さすがに内部構造的に搭載機数が少な過ぎますから。伊勢のように後ろ半分を全て航空甲板に直し、直下を格納庫として、水上機、ヘリを搭載します」

 「航空戦艦か・・・まぁ、費用も安く済むし、良いかもしれないな」

 「確かに・・・電子装備もアメリカから提供を受けた最新式の物が搭載されますし、対空兵器もアメリカ製の物に交換されます。主砲も三式弾を用いれば、最高の高射砲になるでしょうし、地上目標への砲撃であれば、最大の効果を発揮すると思いますしね」

 「問題は維持費だよ。これ一隻、動かすのに人員と燃料が多過ぎる。まぁ、艦隊旗艦としては象徴的で良いがね」

 こうして、大和は3カ月に及ぶ改修工事へと入った。


 「大和は航空戦艦へと改装するとして、長門はどうする?」

 海軍省では今後の戦力整備計画が話合われていた。

 「基本的に戦艦は無用の長物であります。長門以外の損傷艦で残っていた戦艦は全て処分しました。長門も解体処分が妥当かと」

 「空母への改造は・・・」

 「アメリカとの意見交換において、今後の航空機の主流はジェット機になるとそうなると大戦中レベルの空母では運用が不可能だと」

 「改造空母では対応が困難か」

 「はい。ですので鳳翔も今後は退役か、用途を輸送などに切り替えるかを検討せねばなりません」

 「そうか・・・そうなると新造艦の必要性があるな。だが・・・今は疲弊した国力の回復が急務・・・予算獲得はかなり難しいぞ」

 「しかしながら、ソ連の動きはかなり危険だと諜報部からは報告書が上がっております。我が国の脅威としてはソ連の侵攻と朝鮮半島ですね」

 「ソ連の海軍力が回復する前にこちらも備えないと・・・まずいな」

 その場に居合わせる幹部将校達は険しい表情をするばかりだった。

 「万が一、朝鮮半島で戦争が起これば、我らも防衛を強化する必要があります。現状で、陸軍は米軍から武器の貸与を受けている事を考えれば、我々も米軍から艦艇の貸与を受けられるかもしれません」

 「空母は無理でも駆逐艦、巡洋艦クラスは貸与されるかもしれん。だとすれば、我々はむしろ、主力となる艦の整備を急いだ方が良いわけか」

 限られた中で彼らはいつか来る戦火に備えようとした。

 

 世界が蠢く中、その中心とも言えるモスクワでも様々な動きがあった。

 スターリンの独裁体制が築かれ、共産党による全体主義が強化されようとしていた。スターリンの政治体制に異を唱える者は片っ端から逮捕される。

 NKVDによって統制が取られ、暗殺も厭わず、スターリンが邪魔だと唱えた者を片っ端から排除した。

 「秘密警察・・・ね」

 アメリカ大使館の周囲は完全に包囲されていた。無論、それは露骨では無い。それでも少しでも観察力があれば、彼方此方から監視されている事はすぐに気付く。

 「やはり・・・魔女が戦争へと導こうとしているのでしょうか?」

 「さぁ・・・だけど、ここまで危険な匂いがするならば・・・戦争が近付いていると思って間違いが無いでしょう。また、多くの人が死にます」

 その言葉にその場に居た大使館員は凍り付く。

 「しかし、この状態では俺らは動けない。多分、少しでも隙を見せたら・・・奴ら、どのような手段を講じてくるか・・・」

 警備を務める軍人のエッカード少尉が不安そうに告げる。

 「幾ら戦争がやりたいと言っても、そんな露骨な手段を講じるかね?」

 少尉の不安に対して、大使が笑う。

 「魔女ならそれぐらいの手を打つでしょう」

 その会話に口を挟むのは巫女である瑠璃だ。

 「もう、時間が無いのかもしれない。魔女は兎に角、人が多く死ぬ。苦しみ、殺し合う事を望む。凄惨であれば、あるほど、彼女を喜ばせる。それが魔女です。何としてでもスターリンを止めねばなりません。今のソ連はかつてのドイツ第三帝国よりも強大で、強力な軍事力を有しています。戦争はかつてない程に大きくなる可能性があります」

 瑠璃の言葉にルーシーも付け足す。

 「万が一、ソ連が原爆の開発を終えていたら・・・世界中にあの地獄が広がるわ」

 その言葉にその場の全員がゴクリと唾を飲み込んだ。

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