第7話 死線を超えて
高速輸送艦『木曽』は高速輸送艦『北上』と共に択捉島を目指していた。
「露払いは終わったようだ。兵士達の上陸準備は済んだかね?」
特別に編成された艦隊の指揮を執る後藤海軍大佐は部下の参謀に尋ねる。
「急ごしらの陸戦隊ですからねぇ。殆どが陸軍出身者で、上陸作戦をした事の無い者も多いです。それと米軍から貸与された連発銃の扱いにも慣れてない者が殆どでして・・・かなり不安は残りますね」
参謀は不安そうに答える。
「米軍から貸与された武器は次々と弾が撃てるんだろ?結構な事じゃないか。弾も戦争中と違って、充分にある。ありったけをソ連の連中に撃ち込んでやればいいだろう。それよりも問題は相手には戦車があって、こちらには無い事だ。せめて、空母があれば、航空支援ぐらいはしてやれただろうにな」
「戦車だけの問題ではありません。数の上でも捕虜集団を足してもソ連軍にはまだ足りません。次の輸送艦隊の到着には2週間は掛かりますからね。現状の戦力で果たして択捉島のソ連軍に対抗が出来るかどうか」
参謀は不安そうに呟く。
「せめて、空母による航空支援が出来れば良かったのだが・・・米軍の空母艦隊が付近に居ると解っているのに口惜しい」
択捉湾に上陸を開始した海軍陸戦隊は二手に分かれて進軍する。主力となる部隊はソ連軍司令部を制圧する為に電撃的な進軍を行い、捕虜集団との合流を目指す部隊は通信施設へと向かった。
だが、反乱を抑えたソ連軍は体勢を整え、日本軍の主力を迎え撃つ。
「やはり、戦車が出て来たか・・・」
平原にて、日本軍とソ連軍との戦闘が始まる。起伏の少ない平原での戦いにおいて、戦車の存在は圧倒的だった。
爆散する戦車。砲塔だけが地面に転がる。
圧倒的な存在であった戦車だが、日本軍には米軍から貸与されたバズーカがあった。ロケット弾が白煙を上げて、まっすぐに戦車を撃ち抜いた。
だが、圧倒的な数の差を埋めるには至らない。ソ連軍は無尽蔵とも呼べる兵力で攻め寄せる。それを日本軍は火力にて止めているに過ぎない。この北の地にソ連兵の死体が次々と積み重なっていく。同時に日本軍もどんどんと後退を余儀なくされた。
この状況を米軍も観察を続けていた。
「航空写真の分析だと・・・やはり、数を前面に押し出して、ソ連軍は日本軍を駆逐するつもりだな。だが、どこまでやれるか」
分析官からの情報を見て、米軍参謀は考えた。
「日本軍の次の輸送は二週間後・・・このままだと今回の上陸作戦は失敗する。本国からの答えは?」
参謀が連絡将校に尋ねると彼は首を横に振るだけだった。
まともな支援が無いままに択捉島は地獄絵図の有様となっていた。日本軍主力は手痛い損害を出して、湾まで戻り、ソ連軍は日本軍が制圧している通信施設へと迫った。
状況が不明なまま、モスクワのスターリンにこの事が伝えられる。
「北方四島が奪われる事は断じて許さん。脅威となる敵は全て駆逐せよ。必要とあるならば、全ての戦力を投入しろ。ドイツから奪った空母などがあるだろう?」
怒鳴るスターリンに誰もが怯えるだけだった。だが、それに怯えない者が一人だけいた。常にスターリンの傍に居る一人の女。
「アメリカが支援をしたら・・・負けちゃうじゃない?」
彼女は笑みを浮かべながらそう彼に告げる。
「させるものか。先に駆逐してやる。奴等が先に約束を反故にしたのだからな」
スターリンは不敵な笑みを浮かべた。
日本海軍は沿岸部から駆逐艦等による艦砲射撃を行い、地上部隊を支援するが、駆逐艦の射程程度では充分では無く、戦局に大きな影響を与える事は無かった。
三日の戦闘で日本軍は劣勢に陥る。
ソ連軍司令部の電撃的制圧を仕掛けた本隊は迎撃され、結果、捕虜集団との合流をするしかなかった。日本軍は通信施設を拠点に防衛する事で精一杯だった。その事はソ連軍を勢い付け、猛攻が続いていた。
「大和の到着は?」
後藤海軍大佐はこの戦局を苛立ちながら他の艦隊の動きなどの情報を集めていた。
「あと三日は掛かるかと」
「くそっ・・・米軍の兵器と互換性を高める為の近代化改装の為に呉に殆どの海軍戦力が集まっていたのが辛いな」
後藤は口惜しく地図を眺めた。
ソ連軍が圧倒する戦場ではあったが、それでも米軍から貸与された武器を持った日本軍の強力な火力によって、ソ連軍にも多大な損害が発生していた。
砲塔を吹き飛ばされた戦車に隠れるソ連兵達。
「奴等、弾が途切れる事が無いぞ?」
「米軍の機関銃だ。こっちは未だに旧式のライフルだって言うのに」
ソ連兵達は元々の食料困難も手伝い、士気は最低だった。それが圧倒的な数で攻めているにも関わらず、敵を駆逐する事が出来ない要因であった。
「軍曹、弾薬もありません。後方からの補給はまだですか?」
弾薬を切らした若い兵士が叫ぶ。だが、それに軍曹は答える事は出来ない。すでに弾薬庫は破壊されている為に、彼等には弾薬も不足しているからだ。特に上陸した日本軍との撃ち合いで消耗して、ソ連兵は困窮していた。
「このままだと、我々は弾薬不足で負けるぞ。上はこの事態を何とかするつもりがあるのか?」
前線に出るソ連兵の不満は再び高まる一方だった。
双方に決め手の無いままに消耗していく戦闘が続く択捉島。
ソ連軍が攻め切れないのを良い事に日本軍は通信施設を要塞化していた。幾重にも掘られた塹壕線に機関銃を手にした日本兵が入っている。地面には空薬莢が山のように積み重なっている。
「死体は確認が終わったら場所が解るように埋めるんだ」
穴が掘られ、死体が次々と入れられる。衛生上の問題からいつまでも死体を重ねておくわけにはいかない。だからと言って、燃やすために必要な燃料は不足している為にこうして穴に埋めていくしか無かった。
「露助の死体だからと言って、適当に扱うなよ。祟られるぞ」
軍曹は若い兵士にそう脅しながら仕事をテキパキとさせる。
「いつまで、この島でこんな戦いを続けるんだろうなぁ」
誰かがボヤいた。それぐらいに誰もが悲壮感を抱く程の戦闘が連日、続いていた。だが、不思議と日本側には敗北するという雰囲気は無かった。それは米軍から貸与された武器による圧倒的な火力による余裕だったのかもしれない。だが、それを覆すような事が起きた。
空に轟く爆音。
無数の機影が海を渡って、択捉島上空に迫っていた。
それは当然ながら米艦隊でもレーダーで察知していた。
「ソ連軍の航空機が50機以上迫っている。それだけの数の長距離爆撃が可能な航空機が極東に集められているなんて情報は無かったはずだが・・・」
艦隊司令官は訝し気に眺めた。
「最近、確認されたB-29もどきじゃ?」
ソ連ではB-29を模した戦略爆撃機が確認されていた。それはアメリカでは詳細を確認する事が出来ずにおり、B-29と同様の性能を有していると予測していた。
「しかし、この短期間でこれだけの数を配備が出来るのか?」
「さぁ・・・しかし、最近のソ連軍は軍拡を急いでいますからねぇ」
「だが・・・これが全て爆撃機となると・・・奴等、択捉島を焦土にでもするつもりか?」
「そうなると日本軍がヤバいかもしれない。攻撃をしますか?」
参謀の一人がそう告げると艦隊司令は考え込む。
「まずは本国に連絡してからだ・・・しかし、答えが出る前に爆撃が始まるだろうがな・・・だが、まさか・・これだけの数の戦略爆撃機を用意が出来るなんて・・・」
「多分、直衛機は無いと思いますので、こちらの艦載機を飛ばして、監視だけでもさせましょう」
参謀の発案に艦隊司令は頷く。
「そうだな。すぐに偵察の編隊を組ませて発進させろ。決して、近付き過ぎて戦闘にならないようにしろ。いいな」
この指示の後、10分以内に2機の艦載機が甲板から飛び立った。
上陸地点まで戻り、ソ連軍との戦闘に備えて、塹壕を掘る日本軍兵達。
「追加の兵は輸送艦が届けてくれるはずだ。我々はそれまで、ここを死守するだけだ。これは日本の将来を決める最後の戦いだ!諦めるなよ!」
軍曹が檄を飛ばす。
そんな必死の日本兵の頭の上を大型の飛行機が無数に飛んで行く。
「ソ連のか?」
誰かが叫び空に銃口を向ける。
「いや、あれは米軍の輸送機じゃないか?」
飛び去る機影に彼らは覚えがあった。それはアメリカの傑作飛行機DC-3であった。
多くの日本兵はその機体を知っており、誰もがアメリカ軍だと信じて疑わなかった。
その為、その飛行機が択捉島の中央部へと向かっているにも関わらず、彼等はそれが補給物資の運搬だと思い、回収の為に部隊の移動を考え出した。
轟音を響かせながら高度を下げる輸送機の群れ。
彼等は起伏の穏やかな草原地帯に機体を着陸させる。それはかなり強引な方法に過ぎず、車輪の軸が折れてしまう機体もあった。
大きく傾いた機体から逃げ出すように飛び出してきたのはアメリカ兵では無かった。ボロボロの軍服を着込んだソ連兵達だった。彼等はすぐに武器や弾薬などを機体から引き摺り出し、行軍を始める。
この様子は上空を偵察する米軍偵察機に確認された。
報告を受けた米艦隊司令は唖然とした。
「このDC-3は多分、大戦中にソ連軍に供与した物だろう?」
艦隊司令の言葉に参謀も同意する。
「奴等、我々から供与された輸送機を使い捨て同然で投入したようです。あそこからでは離陸は不可能ですし、偵察機からの報告だと大半の輸送機が着陸時に破損しているようですし」
「燃料もギリギリだろうからな。奴等、片道切符で輸送機を使い捨て、人員と物資を運んだわけだ。そこまでしてこの島を守りたいのか・・・このままでは島に残る日本兵が皆殺しにされるぞ」
「しかし、本国は奴等との開戦を望んでいません。あくまでも日本の戦争です。我々に出来る事はこの情報を極秘裏に流す事ぐらいでしょうか」
「ここが赤に染まるのは防衛上においても問題だからな。そちらの方は頼む。我々は任務をこのまま続行する」
米軍からの情報を受けた大本営では、北方四島奪還作戦が暗礁に乗った事を理解した。現状において、択捉島に上陸した日本兵と捕虜を合わせてもソ連軍には及ばない。新しく投入された戦力がどの程度かは不明だが、場合によっては倍近くに差が広がった可能性があった。追加の輸送部隊はすでに出航をしているが、民間船なども徴発した結果、船足はとても遅くなり、船団が到着するには1週間以上、掛かる見通しだった。
「この三日程度でソ連軍に完全占領される可能性が高い。無論、これまで同様、海上封鎖を続けるにしても、士気の高まった奴等が島を占拠しているとなると厄介だぞ。それに黒海艦隊もこちらに向かっている。万が一にも日本海を突破されて、北海に対潜艦艇を配置されれば、海上封鎖にも穴が開くかもしれない」
会議では悲痛な言葉しか出てこなかった。
「しかし、この無茶な作戦もソ連はここまでしてこの島を占拠を続けたいのでしょうか?」
参謀の一人がそう告げる。
「確かに・・・ソ連はロシア時代から南下政策を持っているからな。このような島々でも維持したいという気持ちは強いのかもしれない」
北方四島をソ連が維持するメリットは国家規模で考えるとあまり無い。事実上、日本は北方四島以北の千島列島を廃棄しているわけだからだ。それでもソ連が拘る理由はこの時点において、日本では理解がされていなかった。
「北海道防衛の計画は急速に進めていますが・・・ソ連は北海道占領を視野に入れているのでしょうか?」
「可能性はまだ潰えたわけじゃない。ここで我々が挫かれたら、常に奴等は北海道侵攻を企む事になるだろう。その足掛かりとなる択捉島の防衛は必至だろうと私は考える」
大本営では北方四島防衛について、議論が湧くものの、解決策は浮かばないままだった。現実的にこの時点で冗談交じりでアメリカに原爆の使用を求める案もあったが、それは現実的では無い事と、ソ連にも原爆開発疑惑がある事から、報復を恐れて即座に否決された。
スターリンは奇策とも呼べる手で北方四島を確実に手中に入れようとしていた。だが、この時点においても将来的に不足するであろう物資輸送などで論議が出ていた。
「日本の海上封鎖を突破する為にも何とかして極東艦隊の立て直しが必要だが・・・我が国の造船能力はどうなっているのだ?」
スターリンの苛立ちは当然であった。ソ連は大戦での消耗もあったが、帝政時代からの混乱により、工業化は立ち遅れていた。スターリンはアメリカの圧倒的な工業力こそが世界を制するに必要だと考えて、急ピッチで工業化を進めていた。しかし、それは簡単に出来る事では無かった。
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