第5話 北方四島攻略戦

 スターリンは極東侵略の為にもその足掛かりとなる北方四島の攻略を希望していた。だが、日本が連合軍と和平を交わしてから、2カ月の間、要塞化は遅々として進まなかった。

 本土からの一切の補給が無い状態でソ連軍では反乱が起きてた。

 食料と自由を求めた兵士達は声高に本土への帰還を求めて、武器を手に取り、司令部に押し入った。

 捕虜収容所も同様で、監視をする兵士達は全て、仕事をボイコットした為に僅かな幹部だけで監視がなされていた。

 慣れない監視をしているソ連軍の高級将校は嫌そうな目で痩せ細った日本人を見ている。

 「なんで・・・こんな事を・・・」

 口からは愚痴しか零れない。

 その口は後ろから伸びてきた手で塞がれた。彼は一瞬、驚いたがその時には首筋にフォークが突き刺さっていた。激しく引き裂かれた喉からは多量の血が噴き出す。

 「こっちは終わったぞ」

 喉を抑えながら倒れ込む幹部を放り捨てる井伏。

 「こっちもです。楽勝ですよ。あと鍵も確保しました。武器や弾薬もしっかり残っていますよ」

 部下の岩瀬もやって来た。

 井伏は倒れた幹部からホルスターから拳銃を抜いた。

 「露助の銃は使い勝手が悪そうだが・・・仕方がない。全員に武装させろ。無線を確保して本国と連絡をつける」

 

 ソ連軍司令部では司令部幹部と反乱軍主導者達との対談が持たれていた。だが、原因となる物資不足には目途が立たず、また、本土に戻りたくても同様に船が無い、安全な航路が確保が出来ないなどの問題しか残っておらず。事態は平行線を続けるしか無かった。

 ソ連兵の多くはボイコットをしたために重要拠点である通信施設さえもまともに警備がなされていない状態だった。そこに残されたのは本国との定時報告をする為だけに最低限の兵士が働いているだけだった。

 一発の銃声が鳴り響く。

 「動くな。俺の言う通りにしろ。じゃないとお前等の指揮官みたいに頭を撃ち抜く」

 井伏の言葉をロシア語が出来る部下が訳して、他のソ連兵に伝える。その場に居る彼等は皆、怯えていた。

 「まずは指定する周波数に向けて電波を飛ばせるようにしろ。それから、この電文を打ち続けろ」

 井伏は電文用のメモ用紙をソ連兵に渡す。

 「間違っても裏切ろうとするなよ。こちらにも通信の解る奴は居る。あくまでもお前等の機材に精通しているだろうから、生かしているだけだ」

 井伏の言葉にソ連兵達は驚きながら、慌てて作業を始めた。


 オホーツク海

 対ソ補給妨害作戦の指揮を執る三田村少将は高速輸送艦『北上』の艦橋に居た。

 終戦時、比較的損傷の少なかった北上は物資輸送も可能な事から輸送艦隊の旗艦として、各地への輸送任務を行っていた。

 「司令、択捉島からの無線を傍受しました」

 無線通信員が慌てて報告をする。

 「内容は?」

 「それが日本語で平文の無線であります」

 「日本語?・・・ソ連軍の策じゃないだろうな?」

 三田村は少し訝し気に尋ねる。

 「それは解りませんが内容を報告します。『我、日本陸軍第1師団所属、井伏中尉、択捉島の捕虜収容施設にて反乱を起こし、無線施設を占拠した。ソ連軍は補給が途絶え、現在、兵士が反乱を起こし、混乱中』とのことです」

 それを聞いた三田村は少し考える仕草をした。

 「まずは大本営に内容を伝え、井伏中尉について調べて貰え。内容の信憑性次第で決まるだろう」

 三田村は同時に新たな作戦の立案を参謀達に指示した。

 

 極東での反乱騒ぎにクレムリンは緊迫した状況となっていた。この段階において、スターリンはこの事をまだ、知らされていない。当然ながら、知れば、彼は激怒するし、どんな手段に出るか解らないからだ。

 現状において、ソ連としては同盟状態にあるアメリカを敵に回すような戦闘を始める程の力は無かった。むしろドイツとの戦争によって疲弊した国力を回復させる事が急務だった。

 「無線通信の話は本当か?」

 共産党軍事部では北方四島の話題で持ち切りだった。そして、それはどのような形で終わらせるかという問題であった。

 「はい。日本軍はこの機に乗じて、北方四島奪還に動くかと思います」

 「それは危険だぞ。しかし、書記長にこの事を伝えれば・・・アメリカと対立するのは必至かも知れない。ただでさえ、ヨーロッパでは緊張が高まっているのに」

 「では、いっそ、先手を打って、補給路の確保と要塞化を推し進めるべきでしょうか?」

 「だが、それだけの海軍力をどこから派遣するかだ。現在の我が軍の全ての海軍を掻き集めても日本、またはアメリカには到底及ばない」

 「いや、アメリカさえ政治的に牽制が出来れば、日本だけなら何とかならないか?」

 「アメリカだって、大戦でかなり疲弊しているはずだ。今更、戦争をしたいとは思えない。ならば・・・やれるか・・・」

 「しかし・・・そのためにはこの状況をあの方に伝えねばならないが・・・」

 その言葉に場は凍り付く。

 「だが・・・極東を得られるなら・・・」

 誰もが不安を堪えながら、渋々と納得した。

 

 北方四島各地で日本人捕虜による反乱が起きていた。ソ連兵から武器を奪った日本人捕虜達は自主的に組織を編成して、行動を起こしていた。

 反乱によって組織的行動を欠いていたソ連軍に対して、彼等の武器を奪い、また、破壊をした捕虜達は続々と集結して、一大勢力となろうとしていた。

 井伏はその様子を逐一、本国へと無線にて、連絡をしていた。

 「本国からの連絡は?」

 井伏の問い掛けに無線を担当する部下が答える。

 「未だにありません。多分、ソ連軍に聞かれるのを恐れているのかと・・・」

 「だろうな。ソ連軍の施設と人材を使っているのは当然だし、平文だからな」

 井伏は本国の動きが解らない事に多少の苛立ちと不安を感じながらも、必ず、応援が来ると信じていた。

 北方四島での動きは彼等によって知らされていた為に日本軍は即座に北方四島奪還作戦を立案していた。

 「アメリカ側は今回の事に関しては一切、関与しないそうだ」

 アメリカ側との連絡役を務める陸軍将校が大本営の会議にて報告をする。

 「だろうな。現在、ソ連はアメリカと対峙する形で世界的に動いている。一触即発の事態を考えると安易に動けはしないだろう」

 西村参謀本部部長は考え込む。

 「日本単独で・・・やるしか無いか。だとすれば・・・ソ連とまともにやり合う事になるが・・・」

 西村は情勢に対して慎重さが求められると思った。後ろ盾にアメリカがあるとは言え、相手は何倍もの国力を有する国家である。真正面から当たって、勝てるかどうかと言ったところだった。

 「ソ連は現在、ヨーロッパとも緊張状態を作っております。安易にこちらに兵力を割ける事は出来ないかと考えますが」

 ソ連の情報を分析している参謀がそう告げる。

 「まぁ・・・いずれにせよ。大きな政治的判断が必要となる。作戦を立案して、情報を纏めろ。内閣府と掛け合って、御前会議に掛けさせて貰うしかない」

 この瞬間から、大本営は対ソ戦の準備を始めた。

 

 日本からの情報を受ける前からすでに情報を察知していたアメリカは情報収集を目的として、オホーツク海へと艦隊を向かわせていた。

 空母『エセックス』を旗艦とする第77任務部隊は近代化改修が行われたエセックスの試験航行という名目であった。

 「F2Hの発艦訓練は順調だが・・・ソ連軍の航空機は?」

 艦長のウィーロック大佐はこの任務の重要性を感じながらも、あくまでも情報収集に徹せよという命令に敏感であった。

 「レーダーには映っていません」

 「やはり・・・情報通り、北方四島にはまだ航空機の配備がされていないか」

 ウィーロックは地図を眺めながら呟く。

 「だとすれば、航空機による偵察も充分に可能だろうな。準備させろ」

 彼は北方四島の現状と地形などを精確に知る為に航空機を上空に飛ばす事を決めた。現状においては北方四島はまだ、ソ連が実効支配しているだけに過ぎず、そこをソ連の領土と誰も認めてはいない為にこの上空をアメリカ軍機が飛行したとしても領空侵犯には当たらないという外交的な理屈を考えながら、どうなるか解らない作戦でもあった。だが、そうまでもしても現状を知る事は重要な事だとウィーロックは考えた。

 用意されたF2Hはジェット艦載機であり、その高速性能は第二次世界大戦中に用いられていたレシプロ機を遥かに凌駕する。その為に未だに照準等を目視に頼っている対空兵器を多く用いる軍隊に対しては圧倒的なアドバンテージを持っていると考えられていた。

 カタパルトから発進していく一機のF2H。二基のジェットエンジンが白煙を噴き上げながら重たい機体を押し上げていく。

 

 北方四島では兵士と捕虜の反乱に混乱していた。

 「幾つかの部隊はようやく、纏まって来たようだ。日本兵の部隊との戦闘に備えて、行動を始めた」

 司令部では反乱をした兵士の一部に対して、政治将校率いるKGBの部隊が粛清と称して、皆殺しにした事でようやく落ち着きを取り戻した。ただ、それはあくまでも粛清を恐れて、大人しくなっただけで、日本兵との戦闘に対して、積極的では無かった。

 「チェキスト(政治将校)のクソ野郎共のおかげで兵士は大人しくなったが・・・誰もビビってまともに戦おうなんて思っていない。当然だな。腹は減っている。死ぬかもしれない。何一つ良い事の無い戦争なんてやる奴は居ない」

 北方四島を任されているロマノフは嫌そうな顔をしている。作戦会議中に政治将校の姿は居ない。反乱兵士の鎮静の為に走り回っているからだ。それは彼にとって、好都合だった。

 「じゃあ・・・どうしますか?あの無線を聞く限り、明日にも日本軍からの攻撃が始まるかもしれません。今、攻撃を受けたら、全滅ですよ?」

 参謀が不安そうにそう告げる。

 「全滅か・・・食料も弾薬も無い状態じゃ・・・まともに戦えないだろう?すでに捕虜によって、幾つかの弾薬庫も破壊されているそうじゃないか?」

 「確かに・・・備蓄は無いと考えるべきですね。この状態なら上陸した日本兵に1日で制圧されるでしょう」

 「政治将校が居たら、敗北主義者だと罵られそうだな」

 ロマノフが笑うと皆、笑った。

 「正直な話・・・本国からの支援が無ければ・・・ここで死ぬ事になる。俺は死にたくないが・・・白旗を上げれば、本国の家族がどんな扱いを受けるか・・・」

 ロマノフの言葉に参謀達が凍り付く。

 「やはり・・・我々には戦うしか選択肢は無いと?」

 参謀の一人が慎重な面持ちで尋ねる。

 「そうだ。戦うしか無い。あの男なら、家族を全てシベリア送りにする事ぐらい躊躇しないだろうからな」

 

 大本営から提出された北方四島への攻撃作戦並びに計画書の説明を受ける内閣閣僚達。彼等は慎重に話を聞きながら考え込む仕草をしていた。

 「外務省からのソ連情報は確かに計画書通りだと思う。しかし・・・あの男が何をするか・・・」

 外務大臣はスターリンがどのような手段に出るかを考えていた。

 「スターリンか・・・だが、ヨーロッパの情勢を考えても極東に多くの戦力を移す事は奴でも不可能だろう。だとすれば、北方四島の奪還は充分に可能だし。そこを抑えておけば、事実上、ソ連の鼻先を我々が抑える事が出来る。政治的な意味でも今、やるしか無いだろう?」

 総理大臣はニヤリと笑いながら閣僚達に同意を求めた。

 かくして、僅か30分程度の閣議は全員一致で決まり、御前会議が開かれる事となった。

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