第13話

「……なら、なら私は、俺は、何をすればいい」

 犬井が言った。まさか道行く人に手当たり次第銃撃したところでなんになる。経験や腕で言えば犬井には全く勝ち目はない。

「方法はいくらでもある。爆弾を仕掛けるなり、狙撃するなり、ゲリラ戦を仕掛けるという方法もある」

 池谷が答えた。

「細かいことは、俺じゃなく、大垣のおっさんに聞いたほうがいい。こういうことは俺よりのあいつのほうが詳しい」

「……わかった」

 犬井は荷物をまとめた。M4カービンを肩に下げ、拳銃をホルスターに収納する。


「大垣さん、いますか」

 犬井はゆっくりと歩を進め、大垣の本屋に入っていく。

「はいよ、前の嬢ちゃんかい。話は池谷から聞いてるよ」

 にやりと影のある笑みで大垣が笑った。

「ようこそ、反乱軍第一九区支部へ。あんたは新規参加者第一号だ」

「反乱軍?」

「なんだ、聞いてなかったのか。まあとにかく入れ……」

 大垣に連れられるままに、中に入っていく。店の裏、生活空間があるべき場所に入ってみる。

「これは……なんの資料?」

 店の裏。池谷夫妻の店なら本来生活空間であるはずの場所は大きな本棚でぎっしり埋まっていた。店の方とは違い、古い黄ばんだ資料のたぐいはなく、むしろ新品の真っ白な資料が束になって整然と保存されていた。

「表の店はただのカモフラージュだ。こっちのほうが儲かるからな」

 大垣は低く笑った。

「俺が見繕ってやった武器も悪くはない。むしろお前みたいな初心者にはそれのほうがいいだろう」

 そう言いながら大垣は棚から一冊の資料を取り出して、犬井に中身を見るよう促した。

「これは……自動車爆弾?」

「そうだ。腕がなくても、これなら何とか戦力として活用できる。これからお前には爆弾設置のエキスパートになってもらう」

 犬井はページをパラパラ捲った。迫撃砲や自走砲の砲弾を爆薬として利用する技術。ゴミを装ったIED、簡易爆弾。学ぶべきことは大量にあった。

「……大垣さんは」

 聞かないほうがいいと思った。それでも、口は勝手に動いてしまった。でもそれを止めることも、犬井には正しいこととは思えなかった。

「大垣さんは、反乱軍の存在意義はなんだと思いますか。何のために、私たちは存在していればいいと思いますか」

「そんなくだらんことで迷っていたのか」

 大垣は口先で笑った。

「殺し合うことが人間の本質だ。それを俺たちは刺激してやるのさ」

 大垣は端に置かれた椅子に座り、足を組んだ。

「いいか。この世界はすべからくくだらねえ。何をしようが何を為そうが、そんなものは数年もすりゃカスみたいなものになるだけだ。誰彼構わずぶち殺したいという欲求をぶちまけるための世界だ。誰かれ構わずぶち殺したい感情を肯定するために書いたクソみたいな世界だ。意義なんてありゃしねえんだよ」

 それでいいのだろうか、一小説のキャラクターとして、そんな小説の主人公であっていいのだろうか。

「わかったらとっととぶち殺せるようなものを自分で見繕え、てめえは一騎当千の主人公じゃないんだ。下っ端の、まだ尻の青い若造なんだ。努力と工夫でなんとかそれを埋める努力をしろ。わかったか?」


 本棚をあさっていると、来客を告げるベルが鳴り響いた。ほとんど反射的に、M4ライフルに手が伸びた。

「待て、まだ撃つな」

 大垣が銃を抜いた。FN SCAR-Hアサルトライフル。大柄な大垣が銃を持つと様になって見える。さっとインターホンを操作する。

「正規軍の連中だ。もうここを見つけたらしい」

 チャージングレバーを引く。強力なバネの力で初弾が薬室に叩き込まれる。

「初撃は俺だ。俺が壁越しに撃つ。お前は俺が撃ち始めてからだ。わかったな?」

 小声でそれだけ確認すると、犬井は力強く頷いた。

 店の扉をたたき破られた。犬井の手にじっとりと汗が滲む。指先にぴりぴりした緊張感。

 刹那、大垣がライフルを構え、引き金を絞った。7.62NATO弾が吐き出される。壁を安々と貫通した弾丸は、そのまま正規軍の兵士たちに襲いかかった。

 正規軍の弾丸が壁に穴を穿つ。壁越しに銃撃戦をするようなものだ。初撃で数人が戦闘不能になったが、依然として犬井たちは劣勢だ。

 犬井はM4ライフルを片手に飛び出した。セレクターはフルオートに設定。飛び出しざまに引き金を絞る。

 毎分六百発の連射速度で、犬井は正規軍の兵士を薙ぎ払った。兵士たちの銃口は大垣に対応して壁に向いていたから一瞬だけ、隙があった。

 一瞬だけ、周りの動きがスローモーションに見えた。正規軍の兵士の息遣い、指の動き、銃口の向き、全てが把握できていた。

 犬井のM4ライフルの銃口に、発射炎の花が咲いた。吐き出された5.56mm弾が、兵士の肉を貫く。脳内麻薬が、銃撃戦のスリルが、犬井を満たしていた。

 すぐに弾倉が空になる。一瞬生じた隙を、拳銃を抜いてフォローする。引き金を連続で引き、速射。舐めるように撃ちまくる。拳銃の弾薬が尽きる前に、一瞬で退く。

 転がるように駆け戻ると、大急ぎでM4ライフルの弾倉を交換する。大垣がセミオートでライフルを撃ちながら駆け寄ってくる。

「援軍がもうすぐで来る。それまで持ちこた――」

 強烈な衝撃、爆発音。

 表の店区画に、対戦車ミサイルが命中したのだ。本棚に命中したおかげで犬井たちが消し炭になることはなかったが、それでも店は半壊した。

「糞、どうなってやがる!」

 大垣が大声で毒づきながらSCARライフルを振り回した。

 正規軍のハンヴィー。銃撃戦が劣勢と見て支援射撃をしたのだろう、TOW対戦車ミサイル発射台がハッチの上に搭載されている。

 犬井は近くに爆風で転がってきた兵士の死体を漁った。死体の右側に、手榴弾が二つぶら下がっているのを確認すると、そのうちの一つを引きちぎった。ピンを抜き、投げる。生死を確認される前に反撃する。

 寸分違わずハッチの中に手榴弾が入った。直後に兵士の叫び声、それをかき消すような爆発音。断末魔は聞こえなかった。

「やるな。だがそろそろ姿勢を低くしろ。やられるぞ」

 その瞬間、弾丸が犬井の周りを跳ね回った。慌てて犬井も姿勢を低くして瓦礫で身を隠す。

 敵の増援だった。M2重機関銃を据えたハンヴィーが二台、その機銃を撃ちまくりながら疾駆してきていた。

「俺の出番だ。引っ込んでろ」

 そう言うと大垣は瓦礫から匍匐の姿勢で身を乗り出した。犬井の銃より大口径の弾丸を使用するそれが、連続して大口径のライフル弾を吐き出した。

 ハンヴィーのウィンドシールドに弾丸が集中する。立て続けに弾丸が命中して白い亀裂が蜘蛛の巣のように走る。ガラスが粉を吹く。

 十三発目の弾丸で、ガラスがとうとう砕け散った。運転手の悲鳴。車内に飛び込んだ弾丸が、跳弾して暴れまわった。二十発の弾倉が空になるまで正確に連射されたあとの車内に生きているものはいなかった。

 最後のハンヴィーが迫る。犬井のM4ライフルでは口径が小さいから同じことはできない。機銃掃射で犬井たちは追いやられていく。

 と、その瞬間、ハンヴィーが爆発し、半回転した。後方から飛来した六〇mmロケット弾が、車体後部に命中したのだ。そのまま爆発でガソリンタンクに引火しハンヴィーは炎に包まれた。

「あ」

 犬井の口から思わず声が漏れた。

 忘れもしない。あのハッチバック、フォード・フォーカス。助手席からはロケットランチャーを持った男が箱乗りしているが、あれは――

「白鷺さん!」

 フォーカスが、犬井たちのすぐ脇に来て停まった。

「悪いな、遅くなった」

 助手席に座っていた牛山がAUG自動小銃を片手に警戒しながら言った。

「その女の子は?反乱軍志望者か?」

「ああ」

 大垣が弾倉を交換しつつ言った。

「とにかく、ここを移動するぞ。正規軍に居場所を知られてるってのはあんまり心地よくはないからな」

 全員がフォードフォーカスに乗り込むと、舞の運転ですぐに発車した。どんどんスピードを上げて、大垣の本屋から遠ざかっていく。

 このまま自分たちはどこに行くのだろう。辺縁の区に身を潜めるか、それとも治安の悪い三〇区あたりに潜伏するのか。ひょっとしたら検問外に逃げるのかもしれない。

 しかし犬井はどんな環境でも生きていける気がしていた。殺し合いそのものに意味はない。それでもいい。現代の人間社会には無駄という余裕が足りない。それでいい。自分たちくらい、無駄なものがいても良い。

 きっと自分たちはいつまでも戦い続けるのだろう。何度も死に、何度も殺していくのだろう。

 それで良い。自分たちの人生は、無駄にはならない。無駄なことを人生でしたからと言って、人生そのものが無駄になるわけではない。




 根拠など何も無い。ただ、そんな気がした。







チャトランガ 完

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チャトランガ 黒金の銃と異世界の少女たち @aoihurukawa

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