第12話
「反乱軍、ねえ」
舞は一人、バーでグラスを傾けながらつぶやいた。時刻は夜十時。夜の街と揶揄される第四区の歓楽街が本格的に動き出す時間帯だ。舞はグラスに入ったジントニックを片手で揺らした。今の舞の装いは落ち着いた黒のパンツスーツスタイル。娼婦としてでなく、一人の傭兵として店に来ていた。
「失礼」
私服の牛山が、舞のすぐとなりに腰掛けた。舞を一瞥すると自分の分のファジーネーブルを注文した。
「ファジーネーブル?女子大生みたいなお酒を飲むのね」
「俺は酒に弱いんだよ。自分の限界を把握しているんだと言ってくれ」
牛山はグラスを受取り、少しだけ口に含んだ。
「で、呼び出したっていうことは何か掴んだんでしょう?もったいぶらずすぐに教えて」
「焦るなよ。ここはいい軽食を出すんだ」
「私、娼婦業じゃないときはお酒そんなに飲まないって決めてるの。体がほしいなら直接行ってくれたら対応するから、情報はもったいぶらずによこしてほしいわ」
牛山は肩をすくめた。
「わかったよ。こいつが今回の、事の巻末だ」
牛山は懐からA6サイズの小さな紙を数枚取り出して見せた。
A6サイズの紙には荒い画像が印刷され、どれも特定の人物と何者かの密会の写真のようだった。
「これが何か?」
「よく見ろ、こいつ――」
牛山が指でスキンヘッドの大男を指し示した。
舞が眉間を寄せた。
「この男、私が軍の仕事で殺した――?」
「そうだ」
牛山は深く頷いた。
「こいつも操り人形だったんだよ。要するに」
「はじめから説明して。そもそもこの写真の出処は?」
「ああ、そうだよな。すまない」
牛山は咳払いをして、話し始めた。
「そんな難しいことじゃないんだ。反乱軍なんてものは、はじめから存在しなかったんだよ。
実際はただの反骨精神あふれる連中が、中央軍に沸いて武器弾薬や爆発物の『資料』をばらまいてただけだった。
それに乗じて暴れた連中が勝手に反乱軍を自称して、まるで本当に統制された反乱軍が組織されていたように見えていただけだったわけだ」
「じゃあ、その『資料』をばらまいてた連中は?」
「中央軍の、武器調達部門。そのうちの四人。ただの小銭稼ぎだったそうだ」
舞はため息を付いた。脱力感。
「そこまで明らかになってるってことは……」
「ああ、もう憲兵に身柄を拘束されてる。情報を引き出して今回の一件が解決したら、あとはもう用済みだ。次生き返るのは検問外の僻地、死ぬほどさまよって二度と戻ってこれないようにして、一件落着だよ」
「……」
舞は自分のため息の理由を考えた。自分は結局のところ、人を殺したかったのかもしれない。何かしらの理由をつけて、片っ端から「反乱軍」を殺害して回りたかったのかもしれない。ただの破壊衝動を満たしたいだけだったのかもしれない。
「くだらん話だろう。今回の件はこれで終わりだ」
「……あなたは、これを言うためだけに私に会いに来たの?」
「まさか」
牛山は笑った。
「俺はあんたを真の反乱軍に勧誘するために来たんだ。中央軍の鷹堂さんのお墨付きの、真の反乱軍のね」
「君に必要なのは療養でも学習でもない。非生産的な活動の某かだ」
池谷が言った。
「煮詰まったら家事をせよ、というように、人間何かしらのトラブルを抱えていても何か別のことそしていれば解決策は自ずと見えてくるものなんだよ。君にはそれが必要だ」
「……」
犬井は考える。命の価値を信じられない自分に、何ができるかを。何をどうすれば、自分はまっとうな人間になれるかを。自分自身に絶望しないような、まともで、普通の人間になるためにはどうすればいいかを。
「人間の根源を刺激するのはつまるところ無価値な行動だ。昔から犯罪や殺人の要素が深いゲームや本が流行るように、真に人間を刺激しうるのは破壊活動だ」
「……」
「人を殺せ。戦いに見を投じろ。なんの価値もない駒として、思考停止して人々を殺してまわれ」
「……それは」
反論するつもりなんてなかった。ただ、勝手に口から言葉が紡ぎ出された。
「人を殺すことは、結局のところ何なんだ」
「人殺しとは究極の無駄だ。この異世界ならまだしも、現世における人殺しは純粋な無駄だ」
「ならばそれを俺に勧めるのはなぜだ」
「気分転換として最適だからだ。戦争、人殺しを模したゲームはいくらでもある。そんなまがい物の殺し合いにかかわらずともこの異世界ではいくらでも殺し合いができる」
「……」
「証拠を見せようか。チェスや将棋の元のゲームを知っているか。
古代インドで作られたボードゲーム、チャトランガ。これが人間の戦争ゲームの元祖だ」
「……真の反乱軍?」
「そうだ」
舞は呆れ顔で言った。そもそも、中央軍の頭領がお墨付きの反乱軍とはどういうことだ。
「簡単なことだよ。中央軍一強じゃつまらんだろう。殺しあえる相手チームが必要なんだよ」
ちらり、と牛山の左脇を確認する。武器は帯びていない。それに気づいた牛山が苦笑する。
「俺もあんたと殺し合うつもりはないさ。でもな……わかっているんじゃないのか?本当は誰でもいいから殺したいんじゃないのか?例えば今、絶対にしないと思っていてもこの場で銃乱射したいと思ったことはないのか?あるだろう?本当は殺したいだろう?」
「……」
舞は残りのジントニックを呷った。
「その反乱軍に入るには……何をすればいい」
「その気になってくれたか」
牛山は嬉しそうに言った。
「簡単だよ、今はまだ人集めの段階だが、それでも入ると言ってくれるだけで十分さ。個々の作戦で人員配置は行うから、そういう意識があるというだけで十分だ」
「そう、今のところは何人くらいの規模で反乱軍は活動してるの?」
「数百人規模で募集をかけてる。数十人は中央軍の手のものだから、確実に勧誘で人員は増える」
「そうなんだ」
「今のところ、何人か目星は付けてる。あんたは顔が売れてるし腕も確かだと言われてる、あんたがいれば勧誘もうまくいく。少しの間だけでいい、手伝ってくれないか」
「分かった。どこに行けばいい」
「そうと決まれば早い。第一九区の、大垣という工作員がいる。そいつに情報を貰おう」
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