第10話

 人が死んでいた。

 爆死死体だった。黒焦げだった。頭部らしき部分には毛髪の一部がこびりついた頭皮が黒ずんだまま残っていた。肌は元の色がわからないほど黒くなり、そんな状態の皮すら剥けてしまった部分は赤黒い肉が覗いていた。ところどころからは皮下脂肪の一部がブヨブヨとした状態になって覗いていた。

「最近、多いとは聞いていたけどここまでとはね」

「ホントだよな。俺も流石にここまで死体を見ることになるとは思わなかった」

 牛山は心底嫌そうな声で言った。

 第七区。少し郊外にある歓楽街。夜も更けた頃、風俗店のキャッチセールスや飲み屋の呼び込み、違法薬物クラブの営業が活発になる頃に、犯行は起きた。

 155mm榴弾を束ね流用した爆薬に、81mm迫撃砲弾を信管に用いた簡易だが強力な爆弾。それを軽乗用車にみっちりと詰め込み歓楽街のど真ん中で爆発させた。

 軽乗用車を用いる辺り、これの犯人は色々『分かっている』。フレームが丈夫なSUVやトラックを用いるより、脆い軽乗用車は破片が広く飛び散る。標的となる施設や車両がない、ただのテロ行為ならば大量の爆薬を用いるよりも破片を撒き散らすほうが大きな被害が出る。事実今回のテロでは爆熱で数人死んだ以外は大量の人間が破片で死傷した。

「俺も担当を変えられたよ。一番爆破テロが多い第七区に配置換えだ」

「第七区が一番テロが多い?」

「そうらしい。あまり位が高い――富裕層の多い区はセキュリティが厳重でテロが起こしにくい。かと言ってあまり田舎の区じゃテロにならねえからな。中途半端な反権力気取りにはこれぐらいのセキュリティレベルが一番居心地がいいんだろう」

 なるほど、と舞は頷いた。

「で、私が呼ばれたってことは何かしらの情報があるんじゃないの?」

「ああ、当たり前だ」

 牛山は周囲を気にしながら言った。

「なに、隠すような極秘情報なんかじゃないんだ。事実噂レベルでは俺の周りでも流れてる」

「噂程度じゃ、私は動けない」

「噂と言っても、裏付けがあるから言うんだ。焦るなよ」

 ちらりと舞の背後を確認する。その合図の意味を理解した舞は牛山の背後を確認する。怪しい人物はいないし、舞も尾行は確認している。問題ない。

「……正規軍内部で裏切りが画策されてるらしい。なんでも正規軍の切り崩しを図ってる奴らがいるんだと」

「それはまた大掛かりなことね。現状はどれくらいの人が寝返ってるの?」

「そんなこと分かるはずがないだろう。だが、俺を含めて多くの奴らは鷹堂には忠誠を誓ってる。寝返ったところで返り討ちに合うか、駆逐されるのがオチだ」

 軍の裏切り。反乱軍と正規軍が区内で激突すれば、ほとんどすべての転生者が巻き込まれる戦乱になるだろう。

「そう思っているのは貴方だけだったりはしないの?」

「手厳しいな、さすがはフリーランサーだ。だがそんなことはない。俺の立場上、そんなことがあれば俺や俺の部隊にも真っ先に勧誘が来る」

 ふん、を牛山は笑ってみせた。確かに、それなりの立場のそれなりの腕前の牛山の部隊は立場的には反乱軍からスカウトが来てもおかしくはない。少なくとも牛山は広範囲に顔が利く、その牛山の周囲の情報ならば信用できるだろう。

「それで、どうやら反逆軍の一部が幾つかのテロに関わっているらしいとも言われてる。とは言え、今までで起きた内すべてのテロがそうかどうかはわからんがね。便乗してテロを行ってる集団もいるようだし、その辺りはなんとも言えない。ただ時系列上無関係とも考えにくいだろう」

「……さあねえ、どうだろう」

「というと?」

「ひょっとしたら何の関係もない出来事が、ただなんとなく関わっているように見えてるだけかもしれない。関係あるようで関係ないかもしれない。その両方を、何かが操っているかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「さすがはフリーランサー、何を言ってるか下っ端でヒラの俺には何を言ってるかさっぱりわかんねえ」

「私にだって今の状態はなんとも言い難いわ、何かあったら又連絡して」

「分かったよ」

 舞は踵を返した。第七区の適当な道端に駐車しておいたフォードに戻り、エンジンをかける。

 今日の予定は特に入っていない。牛山からの情報提供以外の用事は今日は入れていない。なんとなく、第七区から第六区につながるバイパスを走りながらそんなことを考える。

 舞はドライブが好きだ。舞のフォード・フォーカスは特別高級車というわけではないが、悪い車ではない。車に乗っていると、広い世界のどこまでも行けるような気がするし、きっとこの世界ならどこまでも行ける。舞はなんとなく考え事をする時にも車で辺りをドライブすることが多い。

 舞はとりあえず、第五区にある自分の家に戻ることにした。何の理由もなくうろつくのも嫌いではないが、前のように強盗に狙われる可能性がないとも言えない。最近はドンパチ続きだったし、たまには家でゆっくりするのもいいだろう。


 舞の家があるのは第五区の民兵に警備されているマンション群の一室だ。無論、民兵に警備されている分の家賃が発生する。それなりに舞は稼いでいるので、支払いは全く問題ない。昔は舞も廃屋住まいの根無し草だったが、定住する方が舞の気質にはあっていた。

 舞は車を指定の駐車場に停め、マンション群のうち一つに入る。警備兵の詰め所で本人確認を行い、中へ。エレベーターに乗り、九階へ。906号室が舞のねぐらだった。

 家は1DK、必要最低限の家具に武器類が大量に揃っている。キッチンには軍用のレーションや保存食の類が大量に常備されている。それに加えて非常用の医薬品に雑貨類もまとめて保管されていた。ベッドルームに入ると舞が使う簡素なパイプベッドが置かれ、舞が普段使うG36Cの予備が三丁壁にかけられていた。

「……」

 今日はもう予定がない、というと無性に酒が飲みたい気分だった。昼間だというのに酒を呑むのはなんとなく気が進まないが、このままやることがないなら、のんでもいいかな、という気分でもあった。

 舞は冷蔵庫に向かった。酒は嫌いではない。職業上酒には強くないとやっていられないから、自分でもよく飲むようにしていた。とは言え、昼間から潰れても困るから、弱い缶チューハイを手に取る。

「氷結でいいかな……」

 缶に施された幾何学模様が特徴的なキリンの氷結を取り出し、プルトップを開ける。呑みながらベッドルームへ。窓から覗く陽光に、アルコールの風味が心地よい。

「そういえば、あの犬井とかいうやつ……何してるかな……」




「今日はお前に何よりも大事なことを教える。金を稼ぐより大事なことだ」

「……はい」

 昨日は文字通り死ぬほど酔っ払っていたせいで、あまり寝ていない。酒はこんなに眠りに影響するものかと思いながら池谷の話を聞く。

「それは、どんなことですか?」

「金の使い方だ。これはもう、話すより使ってみるほうが早いだろう」


 犬井は池谷と連れ立って店を出た。「お店は留守にして良いんですか?」と犬井が聞いてみると華子さんが切り盛りするから大丈夫だという答えが帰ってきた。

「お金を使うっていうのは、どこで使うんですか?中央の方の区まで移動するんですか?」

「そこまではしないさ。この一九区は田舎だが、生きるには困らないくらいの店は揃ってる」

「じゃあどこの店に?」

「本屋だよ。『資料』さえあれば、この異世界では生きていけるからな」


「いらっしゃい」

「よう、儲かってるか」

 やる気のない接客だった。池谷は声の主の店主と顔なじみらしくずかずかと中に入っていく。犬井はその後は若干緊張しながらもついていく。

 外見もボロだったが、中もそれなりにボロい本屋だった。所狭しと本が並べられ、その幾らかはもう古くからあるらしく黄色に変色しているものもあった。

「それなりだな。ここらももう客は少ない。俺がいつここを畳んでも大丈夫になったってことだろうな」

「そう言うなよ。今日は客を連れてきてやったんだ」

 店主がちらりと犬井を見やった。店主はもう五〇代近いであろう男だった。少しだけ不機嫌そうな顔をしながらゆっくりと腰を上げた。

「最近ここに転生してきたばかりの新入りだ。正規軍に放り出されたとかで、しばらくうちにおいてやってる」

「なるほどな」

 店主の男は低く笑った。品定めするような眼で犬井を視る。

「嬢ちゃん、名前は」

「犬井です。よろしくお願いします」

 犬井は緊張しながらも頭を下げた。

「下の名前は?」

「下は……えっと……」

 昔は、雄一だった。今はもう違う。どう答えようが困っていると、店主の男は低く笑った。

「なるほど。大体事情はわかった」

 男は曲がった腰を揺らすように笑った。池谷のような、無邪気な笑い方と違って影のある笑みだった。

「俺は大垣、大垣久雄だ。ここの書店の店長をしてる」

「……そう、ですか」

 なんとなく信用できないような雰囲気のある男だった。池谷が間を割るように間に入った。

「こいつのために、必要なものを見繕ってくれ」

「必要なものと言ったって色々あるぜ。予算は?」

 池谷が顎でしゃくった。犬井は頷いて持っている金額を提示した。

「それだけじゃ全然足りんな。軍用の質の良いので揃えるのは無理だ。民間製品で代用するしかない」

「あの、すいません」

 犬井がそう言うと大垣と池谷が口を止めた。

「ここはどういう店なんですか」

「おい、そんなことも教えてなかったのか」

 大垣が池谷を咎めるような口調で言った。

「"リキッド"で何かを作るのに必要な、『資料』だよ。知らねえもんは作れねえだろうがよ」

 そういいながら大垣は壁一面に置かれた本棚から薄い冊子を何冊も取り出した。

「おーい、俺が昔買ったみたいなでっかい冊子じゃねえのか」

「時代は変わったんだよ。全部入りなんていうのは値段が高いうえに使わねえもんで金額を釣り上げてるって責められるんだよ」

 そう言いながらも手は休まず動かし続けている。薄っぺらい冊子を次々本棚から抜いては、中を確認したりさっと吟味して何冊か選んでいる。

「昔は全部入りとか、全方位対応みたいなこと言っとけば値段が張っても売れたんだよ。消費者が馬鹿だったからな。最近はそうも行かなくなった。消費者は権利を主張する上で、馬鹿でも交渉では有利だからな。カネさえ払えば誰でも権利を買える」

「……」

 何処かで聞いた話だ。犬井は大垣をじっと見つめる。

「そこの嬢ちゃんのためだ。俺の独断と偏見でおすすめを選んだ。この中から自分で適当に選んで買え」

「……」

「この世界で生きてくのに必要な装備だここでも現世でも、馬鹿は黙って死ぬしかないんだよ」

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