第5話

「正規軍に反発する一部の過激団体が起こしたテロ、ということになるらしい」

 作戦室からの中継が、街の大型スクリーンに映し出されていた。普段は享楽的なストリート第三区街が、今はピリピリとした緊張感に包まれていた。

「犯行声明もなし、詳しいことは不明だが、現在調査を進めている。解決までは各自自身の安全に責任を持つように」

 すなわち、自衛措置は十分に取れ、ということだ。この世界の軍隊はただ守ってくれるほど甘くはない。共通の敵を撃滅するのに手を貸すことは遭っても、安全を担保する現世の軍隊とは違う。

「あんたには疫病神が憑いてるかもな。尋問にに何時間かかったんだ?」

「そういう貴方も、休暇中だったんでしょ?」

 まあな、というのは出撃後に休日出勤を強いられた牛山だった。今も完全武装で、合成樹脂のフレームが特徴的なブルパップ式の自動小銃を大事そうに抱えて警戒に当たっている。

「この地区の警備なら、まだ楽なものさ」

 牛山は自動小銃を軽く掲げて見せた。民度の高い第三区ならば、少なからず安全性は高いだろう。

「そういえばあんたが教育を担当したとかいうガキはどうなったんだ?」

「最低限のことは教えたから、適当に放り出してきた」

「薄情だな。少しくらい世話してやっても良かったんじゃないのか?今頃辺縁で彷徨ってるんじゃないのか」

「そうかもね、知ったことじゃないけど」

 牛山は呆れたように首を振った。

「まあ、なんとかなるだろう。テロの事に関しちゃ何かわかったら情報を流すよ」

「ありがとう」

 舞はにこりと笑いかけた。営業用のスマイル。

「そういえば、次の俺の休暇にどこか飲みに行かないか?」

「男ならはっきり言って」

「……わかったよ。次はいつ寝てくれるんだ?」

「さあね、仕事と、気分次第かな」

 全く、と牛山は言いながら顔を綻ばせた。

 牛山は正規軍の兵士として活動していながら、情報を舞に流していた。問題になるような機密情報は流さないにしても、不適切な行為には違いない。それが問題にならないのはひとえに舞の人脈と身体を使った支払いにあった。

「ったく……わかったよ。都合がいい時に連絡してくれ」

 手をひらひら振って舞は歩き出した。

 もう夜も更けていた。舞は駐車場に止めていた自分のフォードに乗り込んだ。

 交通量が減った通りを車で走り、舞の自宅のある隣の第四区へ。

 舞の自宅は高層マンションの一室だった。治安は悪くないし、ここで強盗や殺しをしようものならすぐに24時間警備している武装兵士に射殺されて辺縁に捨てられる。舞の住処は決して一級地では無いが、平穏に暮らしていくには十分だった。

 舞は疲れていたので、家にかえるとすぐにさっとシャワーを浴び、寝る準備を始めた。G36K小銃をベッドの下、すぐ取り出せるところに放り込み、グロックを枕元に置く。念のため戸締まりをもう一度確認する。

 寝酒はほとんどしない。しなくても、必要な時に必要なだけ眠れる。舞は眼を閉じ、眠りに落ちていった。




「ぁー……」

 犬井はゆっくりと眼を開けた。頭が重い。喉と口がカラカラだった。頭を振りながら、ゆっくりと起き上がる。

 アルコールのせいでのどが渇いていた。犬井は自販機に向かおうと廃屋から出た。

「……」

 斜め30度まで上がった朝日が、犬井を照らしていた。気温は20度位か。これで寒かったり暑かったりなら大変だったろう、と思いながら自販機に向かう。500ml入りの水を買うと手持ちの金は殆どなくなってしまった。グビリと水を飲んで、考える。

「……どうするかな」

 舞に教えてもらった金を稼ぐ方法は原生生物を殺す方法だけだ。手持ちの金がなくなっては、街についたところでどうしようもない。かと言って引き返すにはせっかくここまできたのだからなんとなくもったいない。

「よし」

 決めた。とりあえず街を探す。辺縁に近いとは言え、少なからず街はあるはずだ。街に着いて色々話を聞いてからでも金を稼ぐのは遅くはない。

 放り出していたSG556小銃を背負い直し、拳銃を一度ホルスターから抜いて初段が装填されているのを確認する。

 忘れ物は無いか確認して、犬井は歩き出した。


 看板があった。ペンキは色あせ、薄くなっているがなんとか第一九区であることが読み取れた。

「……これは」

 街だった。まばらだが、人がいた。犬井と同じように護身用に何らかの武器を身に着けているから治安は中央区ほど良くはないのだろうが、街だった。

「……寂れてる、か」

 少しだけ雰囲気が犬井の故郷である地方都市と似ていた。シャッターの下りた店など、昔は人がいたようだが、少なくなってきた残骸が目につく。

 営業しているのは本屋、宿泊所、飯屋辺りだった。もう少し歩けばもっとあるのかもしれない。街を見て回ると犬井は奇妙な古い看板の前で立ち止まった

『新しい自分になりませんか?今なら二〇%キャッシュバック 痛くない・違和感の少ない再形成はこのイケタニで!』

「再形成?」

 犬井が首をかしげていると、店からちょうど中年の男性が出てきた。顔の皺はそれなりだが、足腰はしっかりしており中年太りとは無縁の体型だった。

 中年男性はじょうろを使って店先に植えられた花や観葉植物に水をやっていた。

「……あの」

 立ち止まっていても仕方ないと、犬井は中年男性に声をかけた。

「ん?」

 中年男性はゆっくりと振り返った。この殺伐とした世界で目にするとは思わないくらい優しい表情だった。

「お客さんかい?」

「あ、いや、そうじゃないんですけど」

 どこから話したら良いものか、と一瞬言い澱んだが、思い直して初めから言うことにした。

「あの、僕昨日この世界に転生したばっかりで何もわからなくて……ここは再形成のお店ってありますけど……これはどういうお店ですか?」

 昨日転生してきたと聞いて驚いたような表情を浮かべた。

「昨日!?そりゃまた大変だな。教育係はつかなかったのかい?」

「いたんですけどすぐ居なくなってしまって」

「そうだったのか……これだから軍は……」

 忌々しげに中年男性が言うと、店の中に案内した。

「良いよ、わからないことだらけなんだろう?ウチで色々教えてやるさ」

「えっ、良いんですか?」

「良いよ良いよ。だって放っておけないしね。どうせここらを彷徨ってたんだろ?」

「ええ、まあ、そうでして……」

「気にしなくていいんだよ。俺も同じだったんだから」

 店の中に入ると中年男性は声を張り上げた。

「ばあさん!」

「はいはい、お客さん?」

 ひょっこりと中年の女性が顔を出した。やはり老いの感じられる顔だが、男性と同様に優しげで余裕のある顔立ちだった。

「いや、この世界に新入りだ。軍に放り出されて困ってたんだと」

「まあ。それは大変だったねぇ、とりあえず中にどうぞどうぞ」

 どんどん中に案内され、少し戸惑った。こんなに優しい対応をされるとは全く予想していなかった。

「お茶とお菓子を出すから、ちょっと待っててね」

「あ、お構いなく」

 店は家と一体化しているらしく、座布団にちゃぶ台が置かれている和室があった。

「どっこらせっと、ああ、ほら座っちゃっていいからさ、気を使わずに」

「あ、はい」

 犬井はとりあえず正座した。緊張しているのを見て男性は少し笑った。

「そういえば名前を話してなかった。俺は池谷次郎。嫁が華子」

「犬井雄一です。いろいろありがとうございます」

「犬井くんか、まあ楽にしてくれ。俺たちも軍とちょっといろいろあってね、君みたいに困ってるのをほっとくのは忍びないというか……まあ、かわいそうだしね」

 そう言って池谷は笑った。

「気にしなくて良いんだよ、俺達も転生したばっかりの時は教えてもらってばかりだったし……ええと、この店がどういうものかだっけ?」

「あ、はい。再形成っていうのが聞いたことがなくて」

「簡単に言うと、身体を作り直すんだよ。ガタイを良くしたいとか、背を伸ばしたいとか、顔を変えたいとか。細かいとこを治そうとするとそれだけカネがかかるし大変だけどね」

「身体を……作り変える?」

「そうそう。"リキッド"って言うの、使ったことあるでしょ?」

 犬井が頷く。池谷は一度、自分の手でリキッドを産生して見せた。

「転生人類の身体は、どうやらこいつでできているらしいんだ」

「どうやらっていうのは……」

「まだよくわかってないんだよ」

 まだよくわかっていない。なんというか適当な話だ。よくわからないまま、よくわからない技術を実用化してしまって良いものだろうか。

「まあ、堅いこと言うなよ」

 犬井の表情から読み取ったらしく池谷は大げさに笑った。

「とにかくね、転生人類の身体を作ってるリキッドになんやかんや働きかけて、身体の造形を変えられるわけさ。そういうことをお金取ってやるのがうちの店ってこと」

「……なるほど」

「理解はしたけど納得はしてないって感じだね。気持ちはわからないでもない」

 そう言って、池谷はとんでもない話を振ってきた。

「とりあえず、一回やってみるのはどうだ?」


「……」

 茶菓子を食べながら、犬井は色あせた冊子、再形成のカタログページを捲っていた。男性版・女性版・体型別・身長別など項目ごとにわけられ、それぞれ男女の全裸の写真と身長体重などのデータと一緒に掲載されていた。

「別に難しいこと考えなくていいんだよ、感覚で良いと思ったやつを選べばいい」

「……そうですけど」

「君、自分のこと好きじゃないだろ?」

 いきなりそんなことを言われて、犬井は動揺した。心を読まれたような気がしていた。

「この世界に来るのは皆そんなやつばかりなんだ。他人も怖くて、自分が嫌いで、でもそんな自分を変えられないまま死んだやつが、この世界に転生するんだよ。多分」

 池谷は笑みを浮かべながらあくまで淡々と言った。

「この店の看板に、『新しい自分になりませんか』ってあっただろ?それで良いんだよ。嫌いな自分なんて置き去りにしてしまえばいい。身体を作り変えて決別してしまえばいい、そういう考えであの看板は作ったんだ」

「……」

「まあ、ゆっくり選びな」

 選ぶ。新しい自分を選ぶ。そう言ってもなんだかピンとこない。新しい自分。自分は誰かのようになりたいのか?

 答えは否だ。なりたい対象があるわけでもない。

 今の自分のままでいいか?

 そんなはずもない。次郎が言ったとおり、犬井は自分のことが大嫌いだ。殺したいほど嫌いだ。


 たしか、一度殺したような気がする。


 嫌なことを思いだしそうになって、犬井は頭を振った。とりあえず、『おすすめ』の項目を開く。

『男 二八歳 身長一七〇cmの熱血漢、戦闘家事生活に適したバランス型!』

『男 二四歳 童顔で母性を刺激!女にもてるための五箇条をクリア!』

 頭のわるい宣伝文句ととともに男の全裸が飛び込んでくる。なんだか暑苦しい。女の項目を開く。

『女 二九歳 烏の濡れ羽色、女は黒髪で勝負・清楚系美人』

『女 一九歳 純朴な田舎娘、丈夫な地毛茶髪』

「あの……この冊子って」

「書いたのは俺と嫁だ」

 なるほど。このセンスの無さはそれか、と犬井は納得した。

「おすすめっていうのも悪くないけど、他の人と似たり寄ったりになっちゃうからね。一覧が冊子の最後に乗ってるからそこからびびっと来たのを選ぶのが良いかも」

 華子が補足した。なるほどと犬井は言われた最後のページを開く。ずらりと並んだ男女の裸体。それをなんとなく眺めてみる。

 ふと、眼が止まる。『F-087』と振られたそれは女性のイメージだった。

 そっくりとは言えないまでも、白鷺舞に少し似ていた。幼気な顔立ちだが、かすかな大人っぽさが薫る、味のある顔だった。

「……決まったかい」

「あ、はい」

 おもわずそう答えてしまった。犬井は少し惜しいような気がしたが、なんとなく、それを受け入れることにした。

「Fの〇八七っていう、女なんですけど……」

「ああ、できるよ。転生して性転換するやつも珍しくないし、良いと思うよ」

 そう言いながら、裏の和室から表の店へと案内された。さっき入ってきたときはじっくり観察する時間がなかったが、MRIのような巨大な機械が二つならんでいた。

「じゃあ、その機械に寝てね。おーい、ばあさん!」

「はいはい、こっちですね」

 自分の見えないところに入った二人が何か機器を操作していた。

「じゃあ、意識飛ぶからね。それじゃ」

「え?」

 そういった瞬間、意識が闇に引きずり込まれた。遠くで池谷夫妻が何か話しているような気がしたが、もう内容は聞き取れなかった。

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