第3話

「……では、新規転生者の研修は以上になります」

「……はい」

 実践訓練以来、萎れたような様子になった犬井はうなだれるように会釈した。

「何か問題でも?」

「いえ……なにもありません。ありがとうございました……」

 小動物のように怯える犬井をにやけた表情で蛇澤が笑う。

「白鷺くん、新人教育が厳しすぎるのでは無いかね?犬井くんはこれでは役に立ちそうもないぞ?」

 知った事か、と舞は冷めた目で蛇澤を見返す。

「あのう……ちょっと聞きたいんですけど……」

 怯えたように、遠慮がちに犬井が舞に視線を向けていた。

「なんですか?」

「あの、俺、これから先何したら良いんでしょうか?家もないし、仕事も……」

「蛇沢さんに聞けば良いのでは」

 そういうと犬井は怯えと言うより不信感を持って首を横に振る。

「どうやら私は嫌われてしまったらしい……あとの教育は白鷺くんに任せるとしよう」

「……」

 舞は不服だったが、そうする他無いらしい、ため息をつく。

「私に殺されたのに、私に頼るんですか?貴方も変わってますね」

「……それは……そうですけど」

 舞は立ち上がった。厄介事だが、放置するのも後味が悪い。

「ついてきてください」



 舞は自分の車であるフォード・フォーカスに犬井を乗せ、走り出した。

「……舞さんて、免許持ってたんすね」

「この世界では、免許なんてなくても運転できれば車には乗れる。そんなことよりも、武器はある?」

「え、拳銃しか今は持ってないすけど……いるんですか?」

「死んだり、殺したりしないと、この世界ではやっていけないから」


 ストリート第三〇区。最も辺縁であり、転生者の権力の及ぶ範囲の縁といっていい検問。舞と犬井は車を降り、検問所に向かう。舞と一緒に検問で簡易的な登録を済ませる。検問での登録を済ませると、小さな機械を手渡される。注射器に似た円筒形の機器を舞はポーチにしまいこんだ。

「この世界で生きていくには殺すか、体を売るか、作ったものを売るかしか無い」

「はぁ……」

「貴方に芸術的な心得はある?あるいは男娼をやれるほどの覚悟は?」

「さすがにそれは……ないっすね……」

「じゃあ殺すしか無い。この転生者の領地を守るために、現生生物を殺して報酬を貰うしか無い」

 舞と犬井はフォーカスのトランクを開け、自分の武器を取り出した。舞はいつものグロック19をホルスターに収納し、G36C自動小銃をスリングで肩に下げた。ついでに手榴弾も2つほどぶら下げておく。犬井は舞からのアドバイスを受けてHK45拳銃にSG556自動小銃を装備。

「現生生物は、私達と何ら変わらない人型もいれば、化物のような外観のものもいる……殺すのに躊躇はいらない」



 検問の先は完全な無法地帯。自我を持たない殺人鬼や、奇形の動物のような正体不明の化物がうろつく、本物の地獄。舞はG36Cのチャージングレバーを引き、初弾を薬室に叩き込んでおく。拳銃も同じようにスライドを引いておく。犬井もどの程度役に立つかしれたものではない。いざという時は自分しか頼れない。


 検問を超えると、その先も今までと同じように現世のものを再現したかのような町並みが続いている。極めて日本的な、雑然とした町並みだが、違いはまとも人間が全くいないということと、肌をピリピリと刺激するような、殺気に似た緊張感が張り詰めていることだ。

「……検問なんて言っても、その先もあんまり変わらないんすね」

 のんきな口調で犬井が言う。肩にぶら下げたSG556も、のほほんとした犬井と一緒だとまるでおもちゃのように見える。

「気を抜いていると死ぬから、気を引き締めて」

 言ってみたところで、暖簾に腕押しだろう。死んで覚えるか、見せてやるしか無い。


 舞と犬井は意識を凝らしながら町並みを進んでいく。このあたりはあまり原生生物が「沸かない」地域だが、舞もこんなずぶの素人を連れていつもの狩場に向かうつもりはない。ここらで沸く弱い原生生物を殺して見せて、新人教育は終えるつもりだった。

 舞は耳を澄ましながら進んでいく。普段なら自分の足音しかしないが、今回は未熟な犬井がいるせいでやりにくい。敵かと思ったらなにも考えずに足音を立てている犬井だったりするせいで感覚が途切れる。


 ふと、そこで舞の耳朶を奇妙な物音が叩いた。背後の犬井のものではない、不規則な金属同士の打撃音。舞は振り返って犬井に合図をしつつ、自動小銃を構える。

「何かいたんすか」

「黙って」

 舞は犬井を連れ立って、素早く移動する。どうやら物音は開けた表通りからしているらしい。開けた場所にいるのはこういう初心者を連れている場合なら好都合だ。そっと顔だけ覗かせる。


 視線の先には、がりがりと音を立てながらナタを引きずる男がいた。目は虚ろで、服はだらしなく汚れ、髪や髭もぼうぼうになっている、ホームレスのような男だった。

「白鷺さん、あれ……人間じゃないんですか?」

「……言語を理解せず、近ずく者全てにナタを振りかざす人型を人間と言うなら、あれは人間かもね……貴方、あれを殺せる?」

「俺がですか?無理ですよ……」

「そう」

 舞は構えた自動小銃のストックで、すぐ隣のコンクリートの壁を叩いた。乾いた音が響き、それに反応した男が、ナタを振り上げながらこちらに向き直った。

「なにしてるんすか!?」

「黙って、よく見て」

 新人の教育には、これが一番早いと舞は知っている。奇声を上げ、眼を見開き、振り上げたナタをこちらに振り下ろさんと駆ける男の右足を、舞は正確に撃ち抜いた。

 真っ黒な血液とともに、男は勢い良く地面に叩きつけられる。それでも、顔を上げ、こちらに殺意を向けてくる。

「よく、見て」

 舞は自動小銃の引き金を更に絞る。残った左足と、ナタを持った右手を撃つ。凶器を取り落とし、両足を激しく損傷したにも関わらず男は、まだ足りないというようにこちらに唸り声を上げる。

「よく、見て」

 舞は、男の胸に向けて自動小銃を連射した。真っ黒な血煙。連続的に大量の弾丸が臓器を貫通し――それでようやく沈黙した。

「……し、死んだんですか?」

「死んだ」

 そう言うと舞は死体に歩み寄り、検問で渡された機器を取り出し、その先端を死体に押し付けた。先端が緑に光ると、それを懐に戻した。

「この機器で殺した原生生物の数や種類を記録する。これを提出することで殺した原生生物――取り除いた脅威の謝礼として報酬が支払われる。理解した?」

「……生きていくために殺さなきゃいけないっていうのは……」

「そういうこと。もちろん、小説や音楽、映像作品なんかで儲けてるのもいるけど、基本的にそういう技能がない人はこうやって生きていくしか無い。私みたいに身体を売るのもいいけど、おすすめはしない」

「……」

「もちろん殺しに行くにも危険はある。逆に殺されたらどれだけ痛くて苦しいか、貴方はもうわかってるはず」

「……俺は……死んだはずじゃ」

 犬井はうつむいた

「そう、死んだ。でも生き返った。」

 犬井はゆっくりと顔を上げた。


「この異世界は地獄だよ。死んでも逃れられない最悪の地獄。貴方は永遠にここで殺して殺されて、そんな生活をずっと続けていくんだ。貴方が望んだような世界じゃないかもね」






 過激な「講習」のあと、犬井と舞は一言もかわさないまま帰路に付いた。ただ、犬井の眼は血走り、足音を殺し、どんな小さな物音に対しても過敏すぎるほどに注意を払っていた。

「……さっきのは、本当に原始的な原生生物。私達と同じように銃器を使うものや、化物のようななりの凶悪で厄介なのが沸くこともあるから……注意して」

 舞は自動小銃を油断なく構え路地を進んでいく。今回は自分だけでなく、犬井も役に立っている。ただ過敏になりすぎているせいで、思わぬ失敗をするのではないか――そんな漠然とした不安要素はあるもののただの足手まといではないだろう。

 ふと、舞は足を止めた。意図的に殺された足音。二本足ではない、四本足。それに加えて浅く息をつくような呼吸音。

「まずい」

 舞は素早く犬井に振り返ろうとする、が、遅かった。路地を駆け、一瞬で包囲網を構築した獣――四眼狼がその姿を見せた。異世界に多く生息する異形の狼、群れを作り、転生者を食い殺す。

 舞の眼に見えた限りでも四匹、舞の正面に二、後方に二、近くにはもっと多くが控えているはずだ。反射的に前方に向けて短い連射を見舞う。路地を舐めるような銃撃が、二匹の四眼狼を屠った。

「何だこいつらは!」

 犬井は絶叫しながらSG556を向ける。

 腕は未熟ながらも犬井も振り返りざまに連射。雑な射撃だが、それでも後方の二匹を片付ける。

「走って!」

 検問まではもう距離も無い。舞はここでお荷物の犬井を連れて殲滅することより、逃亡を選択した。後方に追いすがる四眼狼に向けて犬井が乱射し、退路を舞が確保する。

 物陰から突如として現れた四眼狼が、先導する舞に襲いかかった。舞は反射的にG36Cでその牙を受け止め、そのまま銃にしがみつくように噛み付いてきた四眼狼を壁に叩きつけた。そのまま流れるようにグロック19拳銃を抜き、眉間に一発。糸の切れた人形のように力を失った四眼狼を蹴飛ばし、走り出す。

 F1カーの走行音を数倍激しくしたような風を切る音と共に、大口径機関銃の銃弾が舞の頭上を超えていった。検問警備に当たる正規軍の援護射撃だ。非常事態となればもろとも掃射される可能性もある。なにせ正規軍ではない只の傭兵なのだ。その上何度でもやり直しが効く。フレンドリーファイアは射手の民度と状況判断に支えられていると言っていい。

 ほとんど転がり込むような勢いで、舞と犬井は検問所のゲートの先に転がり込んだ。けたたましい金属音と共に対原生生物用の重厚なゲートが閉鎖される。据え置きの重機関銃が火を吹き、肉片へと四眼狼を変えていった。

 肩で息をする犬井に舞は問うた。息も絶え絶えの犬井に対して舞は涼しい顔だ。

「どう?異世界の暮らしは楽しめそう?」

「あんなのが、この世界には大量にいるんですか?」

 舞は笑った。犬井は始めて舞のこんな笑顔を見た気がしてどきりとした。

「そうだよ。あなたみたいなひとは少なくない。ちやほやされると思って異世界に来て、現実を見て折れちゃったりね。

 殺し殺されるのも珍しくないからね、あと何度か死んでみれば、死ぬのも殺すのも抵抗がなくなるんじゃないかな」

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