第2話

「とんだ災難だったな」

「……全くです」

 予想外の襲撃があったが、舞は転生者正規軍の基地に無事送り届けられた。舞は、水商売風の衣装はすぐに工作員用の準備室で着替えて、今は運動用のロングスパッツに速乾性のTシャツの上から戦闘用のタクティカルベストを重ね着した普段着となっている。

 舞に仕事を依頼したのは今回の作戦指揮をとっていた第四小隊の小隊長の牛山徹だった。前線勤務らしく鍛え上げた肉体に、精悍な顔つきが特徴的な男だった。

「わかった。今回の襲撃に付いての特別手当も今回の報酬と一緒に振り込んでおく。ご苦労だった」

「わかりました。それでは失礼します」

「ああ、あと」

 牛山は舞を呼び止めた。

「なんですか?」

「……ボスがお前に直々に依頼したいことがあると、作戦指揮で忙しくなるから早いほうがいい、今すぐにでもボスのところに行けるか?」




「……依頼したいこととは?」

 ストリート第一区。正規軍東部方面部隊の指揮中枢である、改造された私立大学の校舎の一室に、ストリートのボス、鷹堂健一の姿があった。

「反逆部隊の駆逐中に、異例の反撃があったのはお前が知っている通りだ」

「ええ、でも二六区ぐらいの辺縁となればそんなことは珍しくないのでは?」

「そうでもない。正規軍に盾付く連中が連携して大規模反撃行動を起こそうとしている、なんて情報が入ってる」

「眉唾ですね……」

「そこでだ」

 鷹堂は舞の言葉を無視して続ける。

「お前には東部方面部隊が反逆者潰しに専念できるように、ちょっとした問題を代わりに引き受けてほしい」

「ちょっとした問題?」

「新規転生者の教育だ」




「ここに転生してきた犬井雄一っす……俺、なんでこんなところにいなきゃいけないんすか?俺、強いんすよ?お姉さんその辺わかってます?」

「……」

 特別な滞在者を受け入れるために利用されている寮の談話室で、舞は新規転生者と対面した。

 犬井雄一。新規転生者で現世では高校生くらいだという。世間知らずの割に自信に満ち溢れた態度には舞も眉を顰めざるを得ない。

 要するに、ただの厄介払いだ。教育に訓練が必要な新規転生者など、正直なところ正規軍にとっては邪魔でしかない。一応規則では正規軍並びに公的機関に教育がゆだねられているが、それでもそんな余裕がある団体はそう多くない。東部方面部隊でも同じことだ。

「見てのとおり、将来有望な若者だ。教育には私も立ち会うが、白鷺君はくれぐれも失礼のないように、将来はわが軍で勤務するかもしれないからね」

 そう皮肉たっぷりに嫌な笑みを浮かべて言ったのは、東部方面部隊の特務部隊に所属する、蛇澤智樹だ。切れ長の目に細面の二枚目だが、舞は彼の底意地の悪さを知っている。そもそも特務部隊は軍の中の厄介者の吹き溜まりだ。まともな人間であるはずがない。

 舞はため息をつきながら資料の「新規転生者教育大綱」を見ながら説明を始める。

「……この異世界についての説明はどこまで受けましたか?」

「えーっと、あれっすね。"リキッド"とかいうなんにでもなる魔法の液体が、ここの人たちの武器みたいなものってことくらいっす」

 いちいち癇に障る人を舐めたような話し方をする、舞は少しいらつきながら話を続ける。

「物品生成の経験は?」

「あるっすよ。この拳銃とか、俺が作ったんすよ」

 そういって自慢げに見せてきたのはドイツ、ヘッケラーアンドコッホ社製のMk23大型自動拳銃だった。拳銃でありながら大きすぎ重すぎ活躍できずにすぐ後継に引き継がれた実用性に乏しい大型軍用拳銃。しかし佐藤はそんなことも知らずに得意げにそれを構えて見せたりしている。

「……そうですか」

「お姉さん、かわいいっすね」

「は?」

 舞は思わず思考停止した。初対面で、それも講習の最中に、何を言っているんだ?

「付き合ってあげてもいいっすよ、俺今フリーなんで」

「おやおや白鷺君、この誘い、どうするかね?私としてはここで見て見ぬふりをするのもかまわないが……」

 蛇澤は臭い三文芝居を打って見せたが、舞には嫌悪感しかない。

「無理です」

「素直じゃないっすね、姉さん」

「講習を続けます」

 こんなことになるなら無理を言ってでも断るべきだった。この男は自己評価に人間的素質が追い付いていない。

「"リキッド"産生能力の検定は受けましたか?」

「うす、176ml毎秒、って出たんすけど、多い方すよね?」

 質問を質問で返すな、と舞は思ったがぐっとこらえてできるだけ冷静に返事する。

「150ml毎秒が平均とされています」

「お姉さんはどれくらいなんすか?」

 そういいながら、犬井は"リキッド"を生成して見せた。掌の表面から、染み出るようにコールタールのように真っ黒な液体が表れる。きちがいに刃物。舞は心の中でそうひとりごちた。

「それに答える義務はありません」

「もしかして俺のほうが多いとか?お姉さんよりも俺のほうが強いかもしれないっすよー」

「……」

 いい加減いらいらしてきたところで、蛇澤が舞の持っている資料をのぞき込んでいった。

「おや、次は実習になるが……」

「実習っていうのは?」

「対人戦闘訓練だ。私か、白鷺くん。どっちがいい?」


「……」

 第八区の訓練用のフィールドは建設中のビルにぼろぼろの廃屋が立ち並ぶ、廃墟のような地区だった。一ブロックにわたって生成されたゾーンが訓練フィールドとして設定され、非公式ながら訓練戦の結果で賭博も行われていることから各所に監視カメラが設置されており、カメラを搭載したドローンも飛び交っている。

 ほとんど迷うことなく指名された舞は戦闘準備を整えて、訓練用のフィールドに立っていた。

 戦闘準備を整えた、といっても舞の出で立ちはほとんど変わらない。運動用の服はそのままで、光学サイトを搭載したTMP短機関銃に40発弾倉を四本収納したタクティカルベスト。ホルスターにはグロック19自動拳銃に刃渡り12センチほどの小振りのナイフ。予備弾倉は二本。M67手榴弾が二つ。


「俺はあの新人に賭けるぞ」

「俺もだ。初陣であの装備は骨がある」

 そうはやし立てられる犬井は滑稽なほどの重武装だった。背中にM3ベネリ散弾銃、SG556自動小銃を背負い、手にはM249軽機関銃を抱えている。腰にはMk23自動拳銃に大型のサバイバルナイフを差し、大量の予備弾倉や弾帯を体に巻き付けている。

 馬鹿にされているとも知らずに、犬井は得意げに肩で風を切るように歩いている。完全に浮いているのに、本人だけはそれに気づいていない。

「そんな装備で大丈夫なんすか?」

「ええ、まあ……」

 お前ほどじゃない、という言葉をかみ殺して会釈する。

「いつでもギブアップは認めますからね。俺も女は傷つけたくないし……それに姉さんかわいいっすからね」

「……」

 舞は黙って犬井から離れ、武器の最終確認を行った。いつでもいける。

「犬井君、君には期待しているよ」

「うす、蛇澤さん、これ、ほんとに訓練弾なんすよね?」

「もちろんだ。遠慮せずに撃って構わない。その銃器も弾丸はちゃんと訓練用のものだ」

「……」

 鈍く光を反射して輝くフルメタルジャケットの弾丸を見て、舞は喉元まで上がっていた言葉を飲み込んで、訓練の開始を待った。




 訓練の開始を告げるブザーが響いた。銃声や爆発音にも負けないような爆音とともに、舞は地面を蹴った。

 訓練用のフィールドは150mx150mの正方形。人員は対角線を描くように配置される。辺縁は簡素なフェンスが張られて境界線となっている。

 舞はフェンス沿いの家屋を遮蔽物にするようにして素早く移動していく。正方形の角に追い詰められるのはよくない。とは言え全方位への警戒が出来ないにも関わらず、ど真ん中に陣取るのも得策ではない。背後を境界線を置き、少なくとも一方向の安全を確保する。

 50メートルほど進んだところで、舞は二階建ての廃屋に飛び込んだ。裏口に近い窓を短機関銃のストックで叩き割り、素早く身を躍らせる。

 内装もぼろぼろで生活できるような状態ではない。その上壁ももろくなっており、この中から銃撃戦を仕掛けるのは自殺行為だろう。

 舞は足音を忍ばせつつ、二階に上がる。犬井はあれだけの武装を背負ってスタミナも切れずに走り回れる訳がない、舞は窓から片目だけ出して偵察する。

 馬鹿馬鹿しいほどの重武装と笑っているものもいたが、やはり正面から撃ち合うのは得策でない。堅実な手を取るべきだが、いかんせんずぶの初心者が何をするかわからないのが正直なところだ。予想外の行動を取る可能性もある。

 しばらく偵察していると、舞の目に動くものが入った。TMPの光学サイトを覗く。低倍率のスコープの中心に、鼻息荒く軽機関銃を振り回す犬井の姿が映った。遮蔽物も取らずに、道のど真ん中に陣取り大股で走る。

「……」

 距離は約80m。非力な9㎜弾でも十分狙える距離だ。動きを予測し、照準を調整する。引き金に指を添えたところで

「……」

 舞は銃を下ろし、身体を引っ込めた。おそらく、蛇沢はこういう展開を望んではいまい。懐から円筒形の減音器を取り出し、TMPの銃口に取り付けた。通常弾の詰まった弾倉を抜き、代わりに亜音速弾を詰めた弾倉に差し替える。




 犬井は荒い息をつきながら軽機関銃を振り回した。いざ実戦となるとどこにでもひそんでいるような気もするしどこにもいないようにも感じる。どうでもいい物音に敵が潜んでいるようにも感じられ、そのたびに銃口を振り向ける。

 初陣で女ごときに負けるなんて犬井には耐えられない。流れる汗を腕で拭い、気を引き締め直す。

 乾いた音とともにすぐ隣の民家で物音がした。犬井は驚きながら反射的に軽機関銃の銃口を向け無茶苦茶に乱射した。ばらまかれた弾丸が脆い壁を撃ち抜く。速い発射速度で数十発をあっというまにばら撒き、大量の空薬莢が散らばった。

「……クソッ」

 やっただろうか、と犬井は入り口を蹴破った。犬井が開けた無数の穴がある以外は何もない。すでに移動したか、気のせいか。

 今度は犬井のすぐ後方で木が弾ける音。犬井は振り返りざまに乱射する。やはり何もいない。

「なんだよあのアマ……」

 犬井は毒づきながら足元の空薬莢を蹴散らした。今の犬井の火力ならあんな小娘蜂の巣にできるのに、と地団駄を踏む。

 犬井が廃屋から出ようとしたところで、あざ笑うかのように入り口付近で弾丸が土埃とともに跳ね回った。

「クソ、ふざけんなよ!」


「……」

 舞は余った弾丸で舐め尽くすように銃撃。弾痕が刻まれる。亜音速弾は消音性は高いが、殺傷能力は低い。余らせたところで無駄になるなら使い尽くす方がマシだ。

 舞は階段の踊場の窓から素早く離れつつ弾倉を取り替えた。フルメタルジャケットの通常弾が詰まっているのを確認。

 錯乱した犬井の乱射が収まるまで待ちつつ、舞は姿勢を低くして走り出す。弾切れを起こした軽機関銃を放り出したのかアサルトライフルの断続的な銃声が響く。それでも補足しきれていないらしく舞にはかすりもしない。

 舞は開けた道路を走り抜け、廃屋群に紛れ込むと軽装を活かして遮蔽物から遮蔽物を駆ける。


「なんだあの野郎!ぶっ殺してやる!」

 犬井はようやく攻撃の対象を見つけたもののまともな反撃をできずにいた。一時的に攻撃がやんだのをみて、放ったM249軽機関銃を抱え直し、新しい弾帯を叩き込んだ。蛇澤は訓練用と言っていたが弾薬はまるで実弾のような金属光沢を放っている。

 だがそんなことにかまっている暇はなかった。犬井は初弾を薬室に叩き込むと銃撃可能な状態になった。

 もう同じブロックの中、小娘との距離はもう間近だ。こちらのほうが高い火力がある以上、正面からぶつかる分にはこちらのほうが有利なはずだ。

 さっきの物音は消音弾を用いた陽動だったに違いない。あの女は姑息な武器を使って俺を弄んだのだ。そう考えると怒りが湧いてきて、そこらじゅうを無差別に掃射したくなってくる。

 経験が浅いとは言え、この状態で通りのど真ん中に身を晒すのは得策ではないと考え、細い裏路地で犬井は軽機関銃を低く構え物音に耳を澄ました。

 木片か、ゴミを蹴飛ばすような乾いた音。犬井は反射的に軽機関銃の引き金を引いた。連続的な轟音と共に吐き出された5.56mm弾が廃屋の脆い壁を打ち抜く。無数の木くずと共に粉塵が舞う。

「……」

 仕留めただろうか、と犬井が銃口を下げた。

 爆音。

 犬井のすぐとなりの廃屋で、爆発が起こったのだ。犬井は反射的に顔を覆ったが、爆風に弾き飛ばされ崩れてきた瓦礫に押しつぶされそうになる。粉塵の中でさっきまで握りしめていた軽機関銃を必死に持ち直す。

 途端、右腕に衝撃が走った。見ると携えていたはずのM249軽機関銃が中ほどから真っ二つに撃ち割られている。

「……ごきげんよう」

 あの女の声だった。見るとチンケな短機関銃を構えたあの小娘が、こちらに銃口を向けていた。


 作戦はうまく行った。大したことはない。本命の手榴弾を至近距離で炸裂させるために、安全レバーを投げた音をデコイに使う――うまく行った。

 舞はTMP短機関銃の引き金を引いた。9mm弾が吐き出され、犬井の大腿部、脇腹、左腕を撃ち抜く。溢れ出した真っ黒な血液にまみれ、犬井はその場に崩れ落ちるように苦痛に喘いだ。

「クソ、痛ってえ……訓練弾じゃなかったのかよ……」

「騙されたのよ、貴方」

 犬井は苦痛に喘ぎながらも背負った散弾銃を構えようとするので舞はまた撃った。機関部を狙いすました撃ったつもりだったが、流れ弾が犬井の腹の中心にめり込んだ。

「てめえ……卑怯だぞ、自分だけ実弾使いやがって……」

「条件は同じはずよ」

 舞はそう言いながら動けない犬井に歩み寄り、腰のホルスターからMk23拳銃を引き抜いた。

「試してみる?」

 舞は引き金を絞った。45ACP弾は寸分違わず犬井の鼻面に命中した。大口径の拳銃弾は顔面の骨格を破壊しつつ脳に侵入し、脳髄をかき回し、頭蓋骨の反対側をかち割って抜けていった。

「……」

 弾丸の強烈な螺旋運動は、至近距離で炸裂した場合簡単に肉や骨を「もっていく」45口径ならなおさらだ。骨格が破壊され、顎がむき出しになった犬井の顔面はまるで趣味の悪いオブジェだ。


 試合終了を告げるブザーが鳴り響く。舞は犬井のMk23自動拳銃を投げ捨てた。所有者を失った拳銃はドロドロに融解し、”リキッド”へと戻り、蒸発するように消えていった。

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