チャトランガ 黒金の銃と異世界の少女たち

@aoihurukawa

第1話

 武器になるのはなにも銃やナイフだけではない。白鷺舞はショーウィンドウに映る自分の姿を確認した。超ミニ丈のほとんどキャミソールのようなワンピースを着用した舞は、薄汚れたコンクリートの地面とは対象的、悪趣味にも近いような高級車が疾走する車道を見やった。

 ストリート第二六区。【ストリート】の中でもかなり辺縁に近く、権力の及びにくい地区。それも夜ともなれば無論治安は良くない。雰囲気は雑然としてくるし、舞がいま変装しているような私娼のたぐいもうろちょろしている。転生者同盟の規定を気に食わない者や反骨精神盛んな若者も、ここに巣食っているという。

 舞は「たちんぼ」の娼婦の間をすり抜けながら歩きだした。肩から下げた小さなエナメル生地のバッグの中身を確認する。指先にザラリとした拳銃のグリップの感触。舞は怪しまれないように自然に手をバッグの中から戻し、目的地を目指す。


 「スカイレイク」という看板のかかった薄汚いバーが、今回の目的地だった。CLOSEDの看板のかかったドアの前で、舞はスマートフォンで電話をかけた。

「御影十和子です。お店の前に来ました。コウイチさんはいらっしゃいますか?」

「……」

 男の息遣いが聞こえたと思ったら、電話が切れ、返事代わりに目の前のドアが空いた。大柄な男が舞を濁った目で睨み、ドアを開けて中に入るように促した。

 舞は男の脇を通り抜けながら、その男を観察した。頭髪を刈り上げにしたその男は鍛え上げた肉体をしている。その男の左脇がジャケットで隠れているものの、不自然に膨らんでいるのを舞は確認した。

 バーの中の男たちは舞をみて一瞬警戒した視線を向けたものの、すぐにバツの悪そうにある一人のスキンヘッドの男を見やった。男たちのリーダー格らしいスキンヘッドは舞をみて一瞬表情をいやらしく歪ませた。視線が舞の露出した細い肩や短いスカートから除く健康的な太もも、慎まやかな胸を舐めるように這い回っているのを感じる。

 舞は自分の肉体の見せ方を知っている。世間一般から見てやや幼い体つきをしている白鷺舞の身体に、一部の人間は熱狂することも知っている。そして今回の場合は、目の前のスキンヘッドの男がそういう人間で、舞のような身体に全く目がないことを知っている。

 わざと健康的な太ももを見せつけるようにスキンヘッドに歩み寄った。スキンヘッドは必死にリーダーとしての風格を見せようとしているのか眉間にしわを寄せたが、表情は緩みきっている。

「……コウイチさん。俺はあんたの腕は認めてる。実力も度胸もある。それでもこういう場に女を連れ込むのはどうなんだ?」

 スキンヘッドと同じテーブルに座ったメガネの男が咎めるような口調で言った。

「いや、俺はこんな女をよんだ記憶はない……本当だ」

 スキンヘッドはそうは言ってみたものの、舞の身体から目を離せずにいた。もとからスキンヘッドの性癖は把握した上で舞は派遣されている。諜報担当のサポートスタッフは本当にいい仕事をする、と舞はスキンヘッドの様子を見ながら感心してしまった。

「あんたじゃなかったら、誰がこんなガキみたいな女を呼ぶんだよ……全く……」

 弛緩した空気。次々にため息を付いた。そろそろ頃合いだ、と舞は思った。チャンスは一瞬。今しかない。それでも失敗したら死ぬかもしれないし、それよりひどいことになるかもしれない――それがいい。

 現実感のわかない緊張感。このお陰で舞は今までうまく立ち回ることができた。今回もそうだろう――緊張は、今はいらない。

 舞はスキンヘッドの肩に手をのばすように、ごく自然に、まるで手練の情婦のように男に擦り寄った。甘える子猫のような仕草。

 刹那、舞はバッグの中からグロック19自動拳銃を引き抜き、そのまま男の顎に下から銃口を押し付けつつ引き金を引く。弛緩した空気を切り裂く銃声。天井に飛び散る転生人類特有の真っ黒な血。螺旋運動を伴った弾丸が中枢神経を破壊し、頭蓋骨を内側から叩き割る。脳漿を撒き散らしながら男は仰向けに倒れ伏す。反逆部隊を率いるスキンヘッドの、無様な死に方だった。

 脇にいた眼鏡の男が真っ先に反応したので舞も身体を反転させて銃撃する。舞は女で、それも体格は華奢だ。大の男に敵うものではない。だが、銃を使えばその限りではない。旧約聖書のダビデとゴリアテの例もあるように、飛び道具は筋力の差を平等化させる。薄いジャケットの下の自動拳銃を抜かれる前に、舞の拳銃が火を吹いた。胸の中心に2発。首に1発の弾丸を受けた眼鏡の男は噴水のように黒い血を撒き散らしながら絶命した。

 その瞬間、入り口から短機関銃特有の連続した銃声が響いた。【転生者正規軍東部方面部隊赤第四小隊】の私服戦闘員がコンパクトな短機関銃を構えてなだれ込んできた。

 バーに潜伏していた反逆部隊は大混乱に陥った。舞に銃口を向けようとした男は背後から正規軍に銃撃され、まともにカバーも取れない男たちはほとんど虐殺に近い形で撃ち殺されていった。

 舞はメガネの男の死体を掴んで引き寄せた。ぶすぶす、という鈍い音とともに正規軍側の流れ弾が肉に突き刺さる。舞は姿勢を低くしながら銃を下げる。こういう時、少女のSサイズの身体は有利だ。単純に被弾面積が小さく収まる。

 一人の男が正規軍の銃撃を受けながらも拳銃を舞に向けた。撃ちだされた弾丸は舞の二の腕を浅く掠め真っ黒な血が流れる。それでも舞は冷静に拳銃を照準、発砲。連射された9㎜弾が炸裂し、頭が弾け真っ黒な血液が飛び散った。

「……」

 銃声が止んだ。舞は拳銃を地面に置き、死体をどかして立ち上がった。両手を上げ、敵意がないことを示す。

 兵士が舞を乱暴に押し倒した。舞もそうされることがわかっているからおとなしく従う。一人の男が小型の生体識別機器で検査する。

「白鷺舞。傭兵。間違いないな?」

 舞は黙って頷く。

「合言葉は?」

「"烏がないた"」

 それだけ言うと舞は黙って開放された。兵士は各々が死体を万が一に備えて確認している。

 バーから出ると正規軍の部隊が利用するワゴン車があった。主に市街地の作戦で使用される黒の三菱・デリカワゴン。拘束衣と死体袋を兼ねた黒いビニールのような袋が運び出され、確認を終えた死体から袋に詰め込まれていく。万が一の襲撃に備える数人の兵士が警戒する脇を通り抜ける。その脇には防弾板が追加されたパジェロが数台停められている。

 工作員回収用のトヨタ・サクシードの後部座席に舞は乗り込んだ。スマートフォンを取り出し、今回の雇用主に電話を掛ける。

「業務は滞りなく終了しました」

「もう報告は受けている。経費の"リキッド"は車に用意されている。武器の損害や負傷があればそれを使っていい」

「報酬は?」

「統合銀行の口座に振り込んである」

 それだけ言うと舞は電話を切った。後部座席の足元にあった"リキッド"の2Lボトルを取り出し、弾丸の掠めた二の腕に振りかける。

 真っ黒で多少の粘性を持った"リキッド"は舞の傷口に降りかかるとかさぶたのように硬化、そしてじわじわと時間をかけてその材質と色が変化し、舞の陶器のように白い皮膚と同化した。

 もらった分は使わないともったいないと、舞は拳銃の弾倉を抜いた。13発入る弾倉だが、自前で再生成するのも手間だ。

 舞は"リキッド"を左手のひらにどぽどぽとかけた。コールタールのようなその液体は、舞の意識に沿い、まるで透明な型に注ぎ込まれるように造形をなしていく。

 箱型になったそれはだんだんと材質を変え、9㎜弾を詰め込まれたグロック19拳銃用の弾倉となった。

 舞はそれを消耗した弾倉の代わりに差し込み、安全装置をかけ、バッグにしまった。


 舞の今回の仕事は娼婦として反逆部隊のアジトに潜入し、撹乱、小規模な正規軍部隊の奇襲の支援だ。今回の仕事内容は完遂したと言えるし、負傷も殆どなかった。完璧だったと言って良い。

 舞は死体をデリカワゴンに詰め込んでいく正規軍の兵士を眺めた。【ストリート】の領地とは言え、治安は良くない。「喧嘩をふっかけて」着てもおかしくはないから、せわしなくあたりを見渡すように落ち着きなく警戒している。


 運転席に座っている男も同様だった。舞が乗り込んできてからも、助手席に置かれたMP7短機関銃を意識しつつ、しきりに辺りを見渡している。

「……大した警戒ぶりですね」

「ああ、なんとなく嫌な気がしてるんだよ…俺だけじゃない。今回の任務についてる兵士全員が、似たような感じがしてる……」

 舞はちらりと町並みを見やった。夜の銃撃戦、それも治安の悪い第26区ということもあってひっそりとしている。この区にはろくな人間がいない、完全武装の兵士が小隊規模で展開しているとなれば、厄介事に巻き込まれたくはない――というのがここらの住民の本音ではないのか。舞は怪訝な顔をしながらも拳銃のスライドを引き、初弾を装填した。

 ふと、そこで舞の目に不穏な動きが映った。襲撃したバーと、道を挟んで反対側の雑居ビルの窓で、きらりと光を反射するようなものが一瞬通ったように見えたのだ。

「もし、何かあったらその場合の特別手当は出ますね?」

「ああ、ボスはそんなところでケチケチするような人間じゃない……」

 その瞬間、正規軍の車両の一つであるパジェロが爆発した。反対側の雑居ビルの三階から、射出されたグレネード弾が直撃したのだ。

 舞は迷わず残りの"リキッド"が入ったボトルを手に、左手にふりかける。透明な型に注ぎ込まれるように、一丁の短機関銃に形作られる。幾らかの時間のあと、オーストラリア製のTMP短機関銃が精製された。売り上げが伸び悩み、生産が中止されてスイスのB&T社に移る前の旧式の不人気銃だ。

「まて、車から降りるな!」

「わかってる」

 舞は後部座席のドアを開け、車体とドアを遮蔽物としつつ銃撃した。現段階で最善の対応は早急な撤退だ。正規軍の兵士は銃撃を受けないようにパジェロを移動させてデリカワゴンを守るようにしつつ各自銃撃している。

 TMPの引き金を絞る。放った弾丸は寸分違わず正規軍部隊の車両に銃撃を加えていた男の眉間に炸裂した。予想外の方向からの銃撃に、襲撃者は脳漿を撒き散らしつつ倒れ伏した。

 襲撃者達の標的がバラけたことで反撃の糸口を得た兵士の反撃も始まり、訓練された精密な射撃が襲撃者を打ち倒していく。

 しかし練度では正規軍が勝っていたが、装備では襲撃者側が優勢だった。撃ちおろされた機関銃の大口径弾丸に対し圧倒された兵士は姿勢を低くし、極力攻撃に身をさらさないようにする。

 舞は一度ドアを閉め車内に戻り、運転手に叫ぶ。

「この車に非常用火器は用意されていないの?」

「汎用機関銃が一丁あるが……」

 そういった運転手の男はまだ判断に迷っているような様子だった。いかにも戦闘慣れしていない、実戦不足の事務員のような様子だった。

「援護して。屋上の機関銃を潰す」

 そういうと舞は反対側、車体で銃撃を防げる側の席に移動して、ドアを開けた。

 少女特有の、小さく起伏の少ない身体を生かして比較的車高の高いサクシードの下に潜り込んだ。匍匐のような形で移動し、銃撃を受けないようにしつつ射線を通そうとする。

 と、そこで車体越しに連続した銃撃が放たれた。車両に乗せられていたMG4を運転手の男が撃ちまくったのだ。やはり使い慣れないらしく、適当な窓に向けて乱射しているようだ。

 突然現れた高火力の銃器に気をひかれ、身を乗り出した機関銃の男に舞は照準を向けた。アイアンサイト越しに狙い、丁寧な銃撃を見舞った。

 撃ちだされた9㎜弾は機関銃手の男の肩口と首に命中した。頸動脈か気管に当たったらしく黒い血煙を噴出させながら男は絶命した。

 舞は体を車の下にひっこめ、移動を開始した。機関銃手をつぶされたのに気付いた敵が、AKライフルの銃口を舞に向けていた。大口径ライフル弾がコンクリートに穴を穿ち、火花を散らす。舞はすぐさま反撃の弾丸を放ち、AKの男を蜂の巣にした。

 そこでようやくパジェロが発進した。それを追うようにパジェロが発進する。

「死体の回収を完了した!撤収するぞ!」

「……了解」

 舞がサクシードの車内に戻ると、ぐんと身体がシートに押し付けられた。アクセルを踏み込み、慣れた手つきでハンドルを握る運転手の男は弾丸を車体に数発受けつつも路地を疾走し、撤収していった。

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