婚約編

プレゼントを喜んでくれたようです

 ふと目を覚ますと、仔虎サイズのナミルさんが首のところに丸まっていて、蜘蛛型のアレイさんが頭の側に、ナミルさんとアレイさんの中間サイズになっているシェーデルさんがお腹の近くで私に寄りかかるように寝ていた。シェーデルさんがそのサイズになれることに驚いたものの、この三人は規格外だからと諦め、それぞれの頭を撫でてそっと起き上がる。

 ころんと転がってきたアレイさんを掬ってナミルさんの側に寝かせ、シェーデルさんもナミルさんに寄りかからせると、起こさないようにベッドから抜け出した。

 誰かいないかとそっとドアから顔をだすと、アイニさんがこちらに向かっているのが見え、私に気づくと笑顔を浮かべて挨拶してくれた。


「お嬢様、おはようございます」

「おはようございます、アイニさん。向こうの部屋で料理をしてきたいのですが、汚れても大丈夫な服を見繕っていただけますか?」

「はい。それから、今日は旦那様とお城に向かわれるのでしたよね?」

「はい。ドレスも一緒にお願いしてもいいですか?」

「畏まりました」


 私がお願いしたことが嬉しかったのだろう。アイニさんは満面の笑みを浮かべると、自室のキッチンで動くにも問題ない簡素なドレスを選んで着せてくれた。なんというか、メイド服とかエプロンドレスのような形の、紺色のワンピースだった。

 それに着替えたあたりでアレイさんたちが起きて来て、三人を連れて自室に戻る。ナミルさんは仔虎のまま私の左肩にしがみつき、アレイさんは頭の上、シェーデルさんは右肩に座り、落ちないように髪を掴んでいる。そんな様子を、アイニさんが微笑ましそうに見ていた。

 自室につくといつもはそれぞれ勝手に動いて過ごすのに、今日は料理に興味津々なようでその状態のまま私が料理するのを見ていた。お米は炊飯器で炊いて、その間にお願いされたハンバーグを作ったり他の材料を切ったりと、ジークハルト様と父や兄、護衛たちのお弁当を作る。

 そのあと、できたお弁当を持って食堂へ赴き、朝食を食べてから着替えるために寝ていた部屋に戻ると数人の侍女たちが待ち構えていた。今日はブルーのドレスで、装飾品はイヤリングとネックレスだけだ。

 ドレスも動きやすかったり作業しやすいようにと裾が広がったものではなく、袖口もそれほど広がっているわけではない。髪は編み込みにして首の後ろ辺りで結ばれ、髪飾りを幾つか飾りつけていた。


 全ての支度を終え、ヒト型になったアレイさんとシェーデルさん、父と一緒に馬車に乗り込む。お城に行くのは面倒だからと、ナミルさんはお留守番だ。プレゼントとお弁当はインベントリに入れてあるので、忘れ物はない。


「お兄様は?」

「アルは今日は早出でね。実花が起きる前に出仕したよ」

「そうですか。お弁当を作ってしまったのですけれど、どうしよう……」

「殿下と一緒に食べに来るだろうから、大丈夫じゃないかな」


 馬車が動き出してから兄がいないことを父に聞けば、そんな答えが返って来た。だから兄がいないのかと納得する。


「それと、実花。殿下の呼び方だが、婚約を発表するまで、人前であの呼び方をしたら駄目だよ?」

「二人きりやお父様たちの前ではいいのですか?」

「構わない。だが、私やアル、護衛たちの前ならばいいが、誰か一人でも他人がいた場合は『殿下』と呼びなさい」

「そこまで特別な名前なのですね……。わかりました」


 父にジークハルト様の呼び方について注意を受け、それに返事をする。確かに特別な名前だし、婚約が発表されていないのに『ジークハルト様』と呼ぶのはまずいのだろう。


「今日のお仕事はなんでしょうか」

「午前中は前回同様書類の片付けで、午後はまた計算などの手伝いをしてくれるかい?」

「わかりました」


 そんな話をしたり、馬車の窓から見える風景を楽しんだり、見たことのないものを父に質問しているうちにお城に着いた。先にアレイさんとシェーデルさんが降り、続いて父が、そして父のエスコートで私が馬車から降りる。

 しばらく歩くと入口に着き、そこにジークハルト様がいて私たちに気づくと笑顔を浮かべてくれた。その笑顔に鼓動が跳ねる。

 礼をしてジークハルト様を見上げると、優しげな目をして私を見ていた。その眼差しにまたドキドキしてくる。


「おはよう、アイゼン、ミカ」

「おはようございます、殿下」

「おはようございます、グラナート殿下」


 『ジークハルト様』と呼べない事を寂しく感じ、それを不思議に思いつつ父と彼が話しているのを黙って聞いていた。


「ミカ、お昼を楽しみにしている」

「……はい」


 囁くような小さな声でそう言ったジークハルト様は、私の返事に笑顔で頷くと一緒に歩き、途中にある曲がり角で別れ、ご自分の執務に向かった。……相変わらずお城のメイドや執事(のちに女官と侍従だと教わった)、騎士たちの視線は鬱陶しかったけれど。

 父の職場に着くと、早速片付けを行う。以前来た時よりも片付いていたことから、父や兄、この場にいない誰かが片付けたのだろうと思った。

 秘書をしていたころのように途中で休憩を入れる。緑茶がいいという父の要望に答え、今日のお弁当用に自宅から持って来た緑茶の茶葉と急須、湯のみを出してお茶を淹れ、おやつにチョコレートを添えた。


「チョコレートか……。よくそんなものがあったな」

「この世界に来た時、私のコートのポケットに入っていたものなのです。お兄様にお願いして、増殖していただきました」

「なるほど。チョコレート――この世界だとショコラーダというが、貴族でもなかなか手に入らない高級品なんだよ。まあ、地球のもののほうが味はいいがね」

「そうなのですね」


 そんな話をしながら四人で休憩し、それが終わるとまた作業を開始した。そしてお昼の鐘が鳴ったので簡易キッチンへと向かい、お湯を沸かしている間にテーブルを拭いたり茶器を用意していたら、兄を伴ってジークハルト様が来た。

 席についた男性たちにそれぞれの前にランチョンマットや食器、お弁当を配り、飲み物の要望を聞いて淹れていく。今日は全員緑茶がいいとねだっていた。

 私も含めた全員にお茶を配ると、全員の蓋を開ける。


「「「おおっ!」」」


 それを見た全員が目を輝かせて中身を見ていた。父と兄は懐かしそうに、ジークハルト様は目をキラキラさせてお弁当を眺めている。アレイさんとシェーデルさんは作っているところや詰めているところを見ていたので、それほどの驚きはない。


 今日はおむすびとハンバーグ、しいたけの肉詰めとピーマンの肉詰め、きゅうりやミニトマト、レタスを使った野菜サラダ、ベーコンのポテト巻きとゆで卵。ハンバークはチーズ入りと何も入っていないものの二種類だ。

 ナミルさん用のは塩分控えめにして作ってあるので、大丈夫……だと思いたい。あと玉ねぎのことをナミルさんに聞いたら、魔獣なので問題ないとのことっだったので、内心胸を撫で下ろした。

 そしておむすびの中身は鮭とエビマヨ、おかかと梅干しだ。あと、シンプルな塩むすび。鮭とエビは味の似た食材を使っている。おかかも梅干しもこの世界にはないものだけれど、ジークハルト様の口に合うだろうか……。

 念のためそれを説明し、口に合わない場合は私に渡すように伝える。塩むすびと鮭、エビマヨは余分に作ってあるので、おかわりもできるのだ。


「ああ、これこれ! 懐かしいなあ……」

「久しぶりの梅干しだが、やはり疲れが取れるようだ」


 兄と父が嬉しそうにおかかと梅干しを頬張る様子を見て、恐る恐る梅干しを手に取り、口に運ぶジークハルト様の様子を見ていると。


「おぉ……、すっぱいが美味しいぞ、ミカ」

「ありがとうございます、ジークハルト様。他のおかずと共に召し上がってくださいね」

「ああ」


 おかずをフォークに刺し、交互に食べるジークハルト様。お茶やおかず、おむすびのおかわりを取り分けつつ、私もお昼を堪能したのだった。

 お昼ご飯も終わり、食器などを片付けていると、父からコーヒーが飲みたいとリクエストされた。それに答えてコーヒーを淹れ、父の前に置くとジークハルト様が私を見ていた。


「何かありましたか?」

「いや……」

「あ、クッションでしたら今お渡しいたしますね」

「ほ、本当にできたのか?!」

「はい」


 お待ちくださいねと声をかけ、インベントリからラッピングしたものを取り出すと、それをジークハルト様に渡す。箱に入れてラッピングしたので、ドッグタグが落ちることもない。


「どうぞ」

「開けていいか?」

「はい」

「……っ! これは……っ」


 頷くと嬉しそうにリボンをほどき、箱の蓋を開けた。出てきた図柄は花畑の中にいる緑色のドラゴンで、ジークハルト様の竜体を模したものだ。翼はコウモリのようなよくある皮膜ではなく、白い鳥の翼だ。

 図案は皮膜だったけれど、兄や父が来た時にジークハルト様の翼のことを聞いたら、王族は皮膜ではなく鳥のような翼だと言っていたので、そこだけ変更したのだ。


「父と兄に鳥のような翼だと聞いたのです。そこだけ変更したのですけれど……あの図案のほうがよかったでしょうか」


 クッションをじっと見つめたまま固まったジークハルト様に、不安がこみ上げる。もしかしたらあの図案のほうがよかったのだろうか。そう思い始めたら彼が動き、私の隣に座るとひょいっと持ち上げ、膝の上に乗せられてしまった。


「あ、あ、あの……っ、ジークハルト、様……っ」

「……ありがとう、ミカ! まさかこのような図案に変わっているとは思ってもみなかったのだ……とても嬉しいぞ!」

「そ、そうですか。それはよかったです。あと、もうひとつプレゼントがあるのです」

「え……?」


 勢いよく私を抱きしめるジークハルト様に、胸がドキドキして頬が熱くなる。このままではもう一つのプレゼントを渡すことができないのでクッションをどけるように言うと、彼はそれを実行してくれた。そして不思議そうにドッグタグを手に取る。


「ミカ、このタグは?」

「御守りです。タグにもクッションにも、【白魔法】の【シールド】と【マジック・シールド】、お兄様に教わった【状態維持】の魔法がかけてあるのです」

「え……」

「ジークハルト様は騎士です。魔獣討伐でお怪我をなさるかも知れません。私はそれが心配だったのです」


 ジークハルト様が怪我をしないか、心配だった。そんなことはないと思うけれど、孤立したらと思うと怖くて仕方なかった。

 クッションにしても、何があるかわからないから、念のために施しただけだ。


「ミカ……」

「ここにいる全員と、家にいる魔物にしか配っていないのです。ですから、誰にも言わないでください」

「ああ、わかっている。俺も巻き込みたくはないし、巻き込まれさせたくはないからな」


 ありがとうと言ったジークハルト様が、額と頬にキスをしてくる。そのことで顔が真っ赤になったらしい私に「可愛い!」と言われてしまい、俯いた。


(うう……身内がいるところでキスとか……やめてほしいのですけれど……)


 そう思ったところでどうにもならず、結局ジークハルト様はまたもや私を膝に乗せたまま、父や兄と話を始めたのだった。


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