風邪から復活したらしい
夢を見た。まだ私が小学生で、その日は兄の誕生日。二十歳になったお祝いだからと四人で食事に出かけた日に起こった時の、夢。
ああ、そうか。父と兄――二人とギクシャクし始めたのはこのあとからだ。それに、二人が私から離れたのではない、私が二人から離れたのだ。
どうして忘れていたのだろう? いいえ、どうして今になって思い出したのだろう?
それはきっと、父の話を聞いたから。私を『護っていた』と言っていたから。
そのことで『彼女』との『約束』を思い出したから。
もう一度、私は二人に歩み寄らなければならない……もう、元凶たる三人の女性と彼女たちの祖父母はここにいないのだから。
“何を願う?”
アレイさんとシェーデルさんに似たような、それでいて全く違う声が同時に響き、願いは何かと問いかけてくる。
だから、私は――
***
熱も平熱に戻り、どうにか復活した日。兄を除く三人を交えつつ話をしながら、大量に購入して来た物の片付けをしたりクッキーを焼いたりしていたので、部屋(?)から一歩も外には出ていない。
兄は殿下の側近であり友人の一人らしく、王宮に出勤? 出仕? する日だとかでいなかった。
食事も父が運んで来てくれたこともあって余計にこの家の構造などわからないのだけれど、そこは後日案内してくれるというので、それまで待つことにした。掃除は父と兄が交代でしてくれていたらしく埃一つなかったし、魔法で一発だから簡単だそうだ。……いいなあ、その魔法。私も使えるようになりたい。
そしてその翌日の朝。父が呼んでいるからと兄が迎えに来て、二人の執務室に案内された。執務室内は重厚な机と革張りの椅子のセットが二つと本棚を含む大きな棚が七つ、そして中央に大きなローテーブルとそれを囲むようにソファーが並べてあった。
そのうちの一つを勧められ、ソファーに腰掛けて部屋の中を見回していると、兄がクスリと笑った。
「お兄様、急に笑ってどうしたのですか?」
「ごめん。実花がここにいることが未だに信じられなくて。それに、また一緒に仕事ができると思うと嬉しくてさ」
「仕事、ですか? 私、そんな約束をした覚えがないのですけれど……」
兄の言葉に首を傾げると、兄だけではなく護衛としてついて来たシェーデルさんとアレイさんにまで驚かれた。ちなみにアレイさんは私の頭の上にいる。
重さを感じないからいいけれど……できれば頭に乗るのはやめてほしい。
「あれ? 実花が王宮で目覚めた日のことだけどさ。眠る直前、親父の『また仕事の手伝いをしてくれるかい?』という問いかけに、幼いころの口調で『パパとお兄ちゃんのお仕事? うん、いいよ!』って言ったこと、覚えてないの?」
『ねー。すっごくイイ笑顔で頷いてたのよ?』
《ああ。可愛かったぞ》
「えっ……?! 全く覚えていないのですが……!」
兄やシェーデルさんたちの話に愕然とする。確かに眠る直前まで二人と何かを話していたような記憶はあるが、その内容を覚えていなかった。しかも、子供のころの話し方でなんて……!
頭を抱えた私の様子に、兄は苦笑する。
「まあ、あの時は半分寝ているような状態だったし、覚えていなくても仕方がないか。で、だ。仕事は手伝ってくれるんだろう?」
「もちろんです。私にできることであれば手伝いますよ?」
「助かるし、それでいいよ」
そんな話をしながら兄たちと一緒に待っていると扉のノック音のあとで父が顔を出し、父と同年代か少し若いと思われる男女三人を連れて来た。ただ、同年代に見えるだけで、実際の年齢はわからないが。
服装は、一人は黒い執事服、一人は白いコックの格好、一人は紺色のワンピースに白いエプロンとボンネットをしたメイド服だ。
そしてモーントシュタイン家に仕えている方たちだというので、初対面の挨拶を交わしている。
「ようやく会えた娘の実花だ」
「実花と申します。よろしくお願いいたします」
「執事長のバルドと申します」
「侍女長のアイニと申します」
「料理長のミゲルと申します」
「「「よろしくお願いいたします、ミカお嬢様」」」
父の紹介でお互いに頭を下げたとはいえ、至って簡単な挨拶で終わってしまった。
父と兄からは他にも使用人がいることは聞いているけれどこの三人しか連れて来ていないということは、この人たちが家の管理などをしている長であることと、彼らしか信用できないということなのだろう。二人に信用されていればきちんと紹介してくれるのでそこは安心できるし、幼少のころから一緒に過ごしていたのならともかく、初対面ならばこんなものだろう。
これから話をしたり聞いたりしながら信頼を築き上げたり仲良くなっていけばいいだけの話だし、父や兄も私を含めた全員にそう話していた。
まあ、他の人たちは父や兄、紹介されたバルドさんとアイニさんの目を盗み、私や父と兄の部屋にあったこの世界にない物を勝手に持ち出そうとしたというのだから、信用や信頼されなくて当然か。たった一度であろうとも、盗みを働くような人は今後もやる可能性が高い。
そして、そういう人は我が家に限らずどこの家に行っても信用されないし、自家の信用問題にも繋がるので辞めるときに他家への紹介状すら書かないうえ、そういう情報は貴族を中心に茶会や夜会で積極的に流すのだという。
それはともかく。
「実花。午後にドレスを扱っている商人と宝石商が来るから、採寸してもらったりアクセサリーを選んでもらいなさい。そのあとはバルドやアイニからこの国のことや常識について、アルからは魔法と仕事について聞いておくように」
「はい」
「ミゲルは料理について実花に聞きたいことがあるなら、殿下が来る前に聞くといい。四人とも実花を頼む」
そう言った父に、兄と三人は返事を返す。ミゲルさんに至ってはお菓子に興味があるようで、その作り方を教えてほしいと言って来た。なので、そこはどんな材料があるのか教えてもらってからという話になった。これから朝食だというので、その間にメモを用意してくれるという。
ただ、文字が読めるのかどうかが心配なのだけれど、文字の読み書きは絵本を用意しているというのでそれで確かめること、大丈夫なようであれば魔法書や辞典を用意するのでこの世界独特の名前を覚えなさいと、食事をしながら父と兄、アレイさんとシェーデルさんにまで言われてしまった。
まあ、光るキノコの名前が聞き取れなかったのだから、勉強するのは当然か。……魔法が使えるかどうかは別問題だけれど。
そもそもどうしてこんな話になったのかというと、「私の話を聞きたいから」と父や兄も使ったという魔道具を持ってこれから殿下が来るというので、屋敷内はかなり慌しい雰囲気になっているのだ。父が商人を呼んだのも、兄とバルドさんとアイニさん――特にアイニさんが今後のことも考えてドレスを作ったほうがいいというので、その流れになっただけらしい。
……せめて、私に一言あってもいいと思うのだけれど、「相談しようにも実花は寝込んでいたじゃないか」と言われてしまったら、ぐうの音も出なかった。しかも殿下の予定が詰まっていて、今日の午前中を逃すと七日後まで予定があいていないし、我が家に来ることが決まったのが昨日の夕方だというのだから、どうしようもない。
そんなこんなで部屋でクッキーやパウンドケーキを焼き、手持ちの服の中から見苦しくない服とアクセサリーを選んで待つことしばし。殿下がいらしたと兄が呼びに来たので、後ろをついていく。
案内された場所は執務室の隣にあるテラスで、殿下が来るとこの部屋か兄の部屋、応接室か外の東屋でお茶にするという。
「グラナート殿下、ご無沙汰しております」
「ああ、久しぶりだな。熱は下がったと聞いたが、足のほうはどうだ?」
「その節はありがとうございました。まだ多少痛いですが、歩くぶんには問題ありません」
まだこの世界の礼儀作法を習っていないので、それを伝えたうえで頭を下げて挨拶を交わす。そのあとで、不快な思いをさせてしまったことを謝罪すると、殿下は溜息をついた。
「アルから聞いた。ミカ嬢は知らなかったのだ……気にすることではない」
「ですが……」
「いいと言っているんだから、実花は気にする必要はないさ」
「アルの言う通りだ」
「そうですか……。では、お言葉に甘えさせていただきます」
これで謝罪は終わりだというのでパウンドケーキを切り分け、クッキーと一緒にお皿に盛り付けると、紅茶と一緒に殿下と兄に振舞う。殿下の後ろに控えている二人にも配ると嬉しそうな顔をされた。
もちろん、私の膝に乗っているアレイさんや後ろに控えているシェーデルさんにも配っている。
雑談をしながらそれらを一通り食べ終え、アレイさんがクッキーのおかわりを要求して来たのでそれと一緒に全員に紅茶を淹れ直すと、殿下が何もない空間から無色透明なものを出した。見た目は両方が尖っている六角柱の水晶に見える。
「これが職業鑑定の魔道具だ」
「魔道具なのですか? 六角柱の
「ほう……よく知っているな。実際これは魔力の篭ったクリスタルで出来ている」
「そうなのですね。私がいた国でも水晶はありましたし、色も様々なものがありました。透明の水晶の中でも六角柱は集中力アップや癒し効果、人それぞれのパワーを増幅させる力、マイナスの力を浄化すると言われておりました。中でも不純物が内包されていない水晶を丸玉に加工することで、より強い効果を発揮すると聞いたことがあります。それにしても……魔道具とは思えないほど綺麗ですね」
殿下が持っている魔道具は、直径五センチ、長さ二十センチほどの大きさのもの。その透明度の高さに、思わず感嘆の息を漏らす。
「ほしいと言われても困るが……」
「言いませんよ」
水晶のブレスレットやペンダントがあるし、魔道具なんて高価そうなものは必要ないのですよ、殿下。……なんてことなど言えるはずもなく、そこは紅茶を飲むことで黙っておく。
「そうか、それは安心した。では、これを左手に持ち、そのあとこの紙の上のほうに置いてくれるか?」
「はい」
渡された魔道具を両手で受け取ると言われた通りにする。するとどうだろう……紙に職業や使える魔法が勝手に表示されていくではないか!
「すごいですね……どのような技術なのですか? 不思議です……。職業は【裁縫師】で、魔法が【時空】、【付与】、【白】、であっていますか?」
「おー、まだ字を教えてないのによく読めたな、実花。うん、それであってるぞ」
「……っ」
紙には見たことがない文字が浮かび上がったけれど、兄に確かめたら問題なく読めていたらしく頷いてくれた。但し読めない文字もあったので、そこはあとで兄かアレイさんたちに聞くことにした。
そして殿下はなにに驚いたのか、息を呑んでその紙を見つめていた……シェーデルさんやアレイさんですらも。
『ちょっと……アンタまで【時空】とか言わないでよ!』
《しかも【白】もとはな……。儂らと出会ったのは偶然ではなく、必然ということか……》
『アレイ爺、達観した様子でそんなこと言わないでくれる?!』
「あの……何か問題があるのでしょうか」
「ああ……ミカ嬢はまだこの世界のことを習っていなかったのだな。そこから説明するとしようか」
殿下が眉間に皺を寄せたまま話し始めようとした時だった。
「なっ!」
「実花!」
『《ミカ、危ない!》』
「え……?」
殿下や兄の驚いた声と、シェーデルさんとアレイさんの注意喚起の鋭い声がしたと同時にそれは私にぶつかって光り、消えた。
何が起こったのかわからずに困惑していると、兄に無言で手鏡を渡され――
――それを見た私は、髪の色が変わってしまったことに絶句するしかなかった。
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