第3話 招待券

 「休暇、ですか」

 まあ、いいんですけど、希望日数はと尋ねて三週間という答えが返ってきたとき微妙だと昭子は思った。

 だが、即答で駄目ですというのは我慢した、というのも、この三ヶ月、彼は、しっかりと真面目に仕事をしてきたからだ。

 ここらで息抜きをしないと、また以前のように倒れてしまうか、逃亡しかねないのだ、最近は仕事も増えてきたが、すべて引き受けている訳ではない。


 「どこか旅行に行くとかじゃないですよね」

 もしそうなら事前に旅館やホテルの予約、新幹線、もしくは飛行機の切符などを取る筈だから、そして自分に頼む筈だからだ、だが、最近は、それもない。

 「本屋に行こうと思ってね」

 昭子は、ほんの一瞬、意味がわからず、そうですかと間の抜けた声を出した、というのも想像できなかったからだ、すると男は憮然とした表情になり、資料の為だよと呟いた。

 なんだか、言い訳みたいだと思ったのは数日前に頼まれて大量の本を仕事場に自分が持ってきたからだ、それだけではない、通販でも外国から色々と飼っていたのが、届いた筈だ、足りなかったのだろうか、まあ、いい、それよりも気になっていた事を聞こうと改めて、疑問をぶつけてみた。

 「最近、なんだか浮かれてませんか」

 「なんだい、急に」

 いつもと変わらない口調だが、怪しいと昭子は思った、この男の仕事、マネージャーのとなってからわかったのだ。

 「まあいいです、ところで新しい仕事が入ってるんですが、どうしますか、予定がぎゅうぎゅうは嫌だとはわかってますけど」

 「今、余裕がないんだ、仕事も生活も」

 ほんの数週間前、酔って喧嘩をした、この男の身元引受人となった昭子だ、多分、仕事で色々とあったのだろうと思うが、この男は悩みを人に打ち明けるということをしない。

 家族は近くにいないし、友人も多くない、いても癖のある人間ばかりなのだ。

 芸術家、アーティストという人種は個性的な輩が多いというが、そんな人間と友人関係を何故、この男が、などと思わずにはいられない。

 すみませんと昭子は謝った、すると男はいいよと呟くような返事で、ぷいと背を向けた。

   


 「おや、沢木さん、珍しい」 

 三日前に来ただろうと言いかけて沢木は黙り込んだ。

 「パンケーキとウィンナー珈琲」

 にやりと笑いながら、自分を見る店長の顔に沢木は思い直したのか、いや、珈琲だけでいいと変更した。

 「カウンターより、あっちの席の方がいいんじゃないの」

 店長の言葉に沢木は店内を見回して、そのとき初めて気づいたというように、はっとした顔つきになった。

 「すみません、お客さん、相席をお願いしてもよろしいですか」

 窓際の席に座っていた女は店長の言葉と自分にぺこりと会釈した男の顔を見ると、あっ、と小さな声をあげた。

 

 「あの、お願いがあるんです、サインをもらえませんか」

 鞄の中から色紙とペンを取りだした相手に沢木は驚いた、まさか、昔ならわかるが今の自分がサインを求められるとは思わなかったからだ。

 「ありがとうございます」

 「いや、こちらこそ、あのときは悪いことをした、見ず知らずの貴方に」

 最後まで言葉が続かず、誤魔化すように口の中で呟いてしまうのはどうにも歯がゆかった。

 「よかったら、これ、お詫びのつもりで、もし都合が良ければ来て欲しいんだけど」

 もし、今度、会えたら渡そう、その機会があればだがと思って、ずっと財布の中にしまっていたのは優待券だった。

  



 

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恋人たちに足して一 今川 巽 @erisa9987

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