壊れゆく世界の片隅で、色とりどりの花が咲く

小野冬斗

若葉編

#1 もし明日、世界が終るなら―

「もし明日、世界が終わるとしたら何をしたい?」

 近くでそんな突拍子のない会話が始まった。

「そうだなぁ、家族と一緒に過ごしたいかなぁ」

「私はおいしいものをいっぱい食べて満足したい」

「あ、それもいいかも」

 数人の女子グループの会話がすぐ横で本を読んでいるレイネスの耳に嫌でも入ってくる。

 馬鹿な会話だと思う。

 世界はゆるりと滅亡に向かっている。当然のことだ。命あるものがやがて息絶えるように。始まったものには等しく終わりが訪れる。それは、世界と言う大きなものだろうと例外じゃない。

 この世界はゆっくりと終わりに向かっている。誰の目にも見えず、それがいつ起こるかもわからないが確かに滅びへと進んでいる。

 そう、いつ起こるか。いつ世界が終わるかなんて誰にも分らないし誰も知らない。

 だから、もし明日、世界が終わるなら、その時にやりたいことを考えてもそれはただの妄想で終わる。もしかしたら、今、この瞬間にでも世界は滅びてしまうかもしれない。

 これは冗談でもなんでもなく。今のアーウェルサにおいてその可能性を捨てることはできない。

 だからこそ彼女らは死ぬ前にやりたいこととして、正直どうでもいい空想話を始めたのかもしれない。

 馬鹿だなぁとレイネスは思う。

 世界を終わらせないように彼女ら、レイネスも含めてここにいるのだ。

 アーウェルサの数ある浮島の一つ。軍事島『ミリフェリア』。神民、精霊、無族、魔族までもがこの一つの島へと集められ、世界を終わりへと導く《脅威》に立ち向かうための兵士として学び、日々訓練する。

 それがここ『カルベン兵士学校』の存在意義。

 レイネスの属するクラスは類まれな能力を生まれながらに持つ者たちが集められた『アンカモクラス』。通称、特殊組。

 レイネスはもちろんのこと、隣で理想の男性像を話し始めた彼女らにも特別な力が宿っている。

 この学校には特殊組の他にも、誰もが生まれながらに持っている『魔力』を操ることに長けた者たちが集められた『マジカルクラス』。通称、魔術組。それから、身体能力が高く己の肉体を武器とする者たちが集められた『ファイタークラス』。通称、格闘組など。戦い方や持つ能力によって幅広くクラス分けがされる。

 そのすべてが一人の教師と成人に満たない子供だけで構成される。

「子供の方が育成しやすいから」以前、拾うつもりのなかったその音をレイネスの優秀な耳が拾った。それを言っていたのは学園長だったか。軍の関係者だったかはすっかり忘れてしまったが、どうでもいいやと深く考えるのをやめる。

 ―ゴーン、ゴーン、と学校全体に鐘の音が響き渡る。この音を合図に全校生徒が私語をやめ校舎裏にある校庭へと向かう。

 朝礼と言う場でありがたみのない学園長の話を聞くために。集団行動としての一体感を体得するために。クラスによって形状の異なる黒い軍服に身を包み整列させられる。

 校庭に行こうと職員室の横を通った時、レイネスの優秀な耳がこんな音を拾った。

「新人の新任教師がまだ来ていないだと⁉」

 この声は多分、学園長の次にえらい教頭の声。

 新人の新任教師。どうせ自分には関係ないだろうとレイネスは何も聞かなかったことにして校庭へと静かに向かった。

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