7話 橙也の料理



 レオンとリィナも燈也についてきた。おそらく、その一挙手一投足を確認したいのだろう。


 厨房に入った燈也は、あたりを見渡す。


 必要な機材は十分に揃っていた。


 調理器具に関しては、橙也が現代で仕事していたところと同じくらいである。


 オーブンはちょっとした動物の丸焼きを作れそうなほど大きい。

 丸焼きなど作る機会もなかったので、それはそれで少し気になる。


 こちらでどうなっている分からない火は、魔道具という、かつて存在した魔法と魔石を応用したコンロが備え付けられていた。


 つまみで火力が調整できるようで、これなら不便なく使えそうだ。


「食材も……基本的には見た目は同じだ」


 橙也が知っているとおりの形をした野菜がいくつか用意されている。


「よし、あとは中身だ」


《食材鑑定》を使うと、頭のなかに栄養素や状態が、まるでゲームのウィンドウのように目の前に現れる。


=====


名称:玉ねぎ

重さ:200グラム(可食部)

エネルギー:75キロカロリー

たんぱく質:2.0グラム

脂質:0・2グラム

炭水化物:17・5グラム

食物繊維総量:3・0グラム


=====


 細かい成分表での栄養素は40項目以上記載されているが、大きな要素だけ出るが先に浮かんでくる。

 必要であれば細かい栄養素も調べることができそうだ。


 また、名称についても、基本的には燈也の世界での言葉に変換されるみたいだった。


(す、すごい……こんなにクリアに頭の中に入ってくるなんて……!)


 こんな能力が現代日本でも使えたら、さぞかしいろいろな役に立つことができるだろう。


(俺の知っているデータと大きな差はない。能力は問題ないだろうな)


 食材、機材は問題なく扱えそうだ。これなら自分の土俵で戦うことができる。


(さて、何をつくろうか……)


 橙也はレオンの方へと目を向ける。


 言い合いをしていた時と違い、厨房へ入った後のレオンは咳をしていない。

 単に口を開いていないから咳き込みにくいというのもあるだろうが、厨房内ということで耐えているのだろう。


 そのレオンは、橙也へと厳しい目を向けている。


 敵意というよりは警戒だ。一体どんなことができるのか、見極めてやろうという目。


(リィナの食事は決しておいしいものではなかった。だが、彼女のやりたかった意図はわかる。ならば……)


 イメージは固まった。


(アレには消化にいいものが良いだろう。あとはビタミンだ)


 橙也はじゃがいもを手に取った。さっきも話題に出ていたし、じゃがいもはこちらでも主要な食材なのだろうか。


 じゃがいもは熱処理によるビタミンの破壊が少ない素材だ。


 また、免疫力に関わるビタミンCだけでなく、体を動かすもとであるエネルギーにつながる糖質を摂ることもできる。


 そのため、こういうときにはとても役に立つ。


 まずは皮をむき、ジャガイモを切っていく。あまり元気のない人でも咀嚼しやすいように、一口大のさらに半分ほどのサイズで乱切りにしていく。


 タマネギはくし切りにし、これも半分のサイズに。今回は食感を活かすよりも、食べ安さを優先だ。加熱により甘みがでることや、柔らかく溶けるあの口当たりが風邪の体に優しいはずだろう。


「手つきは悪くないみたいだな」


 手際よく包丁を動かしていく橙也を見て、レオンがつぶやく。


 ほうれん草も一口大の半分に切り、にんじんはジャガイモより一回り小さいサイズに。

 食材を小さく切るのは、今回風邪気味の人でも食べやすいように、というのも大きい。

 ただそれだけではなく、主張の強い野菜を控えめな印象にするため、というのもあった。


 手早く野菜を切り、準備を進めていく。


(豆腐まであるのか。ありがたい……!)


 豆腐そのもの歴史は古く、八世紀頃からあったという説もある。

 流通がしっかりしていたり、橙也達の世界よりも互いの国の距離が近いとすれば、中世ヨーロッパ風のこの街に、豆腐があってもおかしくはないということだ。


「おいおい、まさかそんなものを使うのか?」


 レオンは鼻で笑うのだった。


「その白い塊――トーフは何の味もしない変な食材だ。それを料理に使うなんて……やはり大した腕じゃないんだろうな」

「私もどうしておじいちゃんがその食材を用意しているのかわからないんですよね……」


 この国で豆腐は料理に使うものではないらしい。


(ということは輸入品かな。レオンやリィナからしたら疑問な食材らしいけど、俺からしたら天の恵みのようだ。さて……)


 豆腐は二センチ角に切る。


「へえ、豆腐はそのまま食べるものかと思っていましたけど、スープに入れることもできるんですね」


 リィナは感心している様子だ。


(次は……)


 鍋にコンソメスープと野菜を入れて加熱。


 今回は食べやすいよう、特にしっかりと火を通していくのだ。


 その間に、ショウガの絞り汁を作る。

 生姜のすりおろしをそのまま加えても良いのだが、繊維が喉にひっかかり、咳き込んでしまうことがあるかもしれない。この料理では必要な手間だ。


 手早くショウガをすりおろし、それをぎゅっと絞ってこしていく。


 その間に煮立った鍋を中火にし、崩さないように豆腐を加えていく。


 後は煮込むだけだ。


 レオンとリィナは橙也と鍋を見ている。


「ふん、偉そうに豪語するから何をつくるのかと思いきや、ただの野菜スープじゃないか」

「たしかに、誰でもつくれる料理ですよね」

「どんな高級食材を使うのかと思ったが、食材だってその辺の出店で売っているものを使っているだけ。大したことないな」


 横で言われているが燈也は無視をする。

 いや、無視というより集中して聞こえないという感じだった。


(二人に少しでも気が付いてもらえれば……)


 調理しているところ見ているため、二人は使った食材を把握している。

 これも燈也の狙いだった。


「これじゃおいしくなるわけないな。ほうれん草は葉っぱだし、にんじんは泥っぽい。その上妙な甘みがもったりと口に広がる食材だ。ショウガは主張が強すぎて味全体をぶち壊すし、豆腐とかいう素材は歯ごたえも味もない。美味しくなる道理なんかないな」


 というのがレオンの見解だった。


 元気のないときでも簡単に食べられるように、くったりと煮込んだスープに塩胡椒を加え、味を調える。

 胡椒のような刺激のある食材はむせやすいので、あえて今回は控えめに。


 最後にショウガ汁を加えれば完成だ。


 お皿に盛り付けると、スープから湯気が立ち上る。


 ショウガの香りが食欲に訴えかけてくる、野菜スープのできあがりだ。


「それじゃ、ホールに戻ろうか」

「本当にそれで完成なのか?」


 レオンの言葉に、橙也は頷く。するとレオンは軽く鼻で笑った。


「最後の最後まで何か起こるのではないかと期待していたが、無意味だったようだな」


 リィナもレオンほどとは言わないが、同じように少しがっかりした顔をしている。


「俺がつくったのは、ただの野菜スープだ。だが、ただの野菜スープじゃない」

「なんだと?」

「おいしく食べられて、体にもいい野菜スープだ」


 橙也の言葉に、レオンは頷く。


「確かに、体にはいいだろうな。だが、それだけだ」


 レオンの言葉は、言外に「おいしくない」といっている。


「体にいいだけならリィナと同じレベルだ。お前はリィナの料理も否定していたよな?」

「いくら体に良くても、料理は美味しくないといけない」

「ああ。それはオレも同じ意見だ」


 レオンの言葉に橙也は同意する。


「だが、その両立はできない。ならば、味を優先する方がいいだろ」


 体のためとはいえ、美味しくないものを無理して食べたって、辛いだけだ。


 食事はやはり、美味しくないと。だが、レオンの考え方とは違う。


「食事は体をつくるものだ。体をつくるものだからこそ、いいものを美味しく取り入れるようにしないといけないんだ」


 今日も明日も、明後日も笑顔でいるために。


 橙也の言葉を探るように、レオンがじっと見つめてくる。


「私もあなたと同じ考えです。だけど、それができないから私たちはこうしていがみ合っているんですよ」


 健康であれば、美味しくなくても仕方ない。健康食堂はそういうスタンスで運営されている。


 その結果、この閑古鳥だ。


 だが、方向が間違っているとはいえ、決してまずいものを作ろうとしているわけではない。


「リィナさん、あなたの待っている答えが俺の料理にあると思います」


 テーブルへと二人を案内した燈也は、つくった野菜スープを置いた。


「こんなもの、食べなくても結果が知れている」


 椅子に座ったレオンは、取り付く島もない。それはリィナも同じ様子だった。


「二人の理想とするものが、ここにあるはずなんだ! 一口でいい、食べてみてくれ!」

「トーヤさん……」



 燈也の熱意が伝わったのか、リィナはスプーンを握る。



「わかりました。あなたの想い、受け取らせていただきます……!」

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