6話 結論




「どちらの料理も俺は好きじゃない」



 自分が勝つと思っていたのかレオンは驚きを隠せず、リィナの方も目を大きく見開いていた。


「う、嘘だろ……? オレの料理が選ばれなかったのか?」


 国を代表する料理集団の一人だ。自信も自負もあったはずだ。


「申し訳ないが、二人の料理は俺が求める料理ではなかった」


 嘘ではない。

“おいしくて不健康な料理”か“まずくて健康的な料理”のどちらかを選べと言われたら、橙也は“おいしくて健康的な料理”を選ぶ。


 それを求めて、管理栄養士という職についたこともあるから。


「二人の料理は極端すぎるんだ。上等な肉を使い、濃い味付け料理は誰しもがおいしいというだろう。それに“毎日食べる”ことも加味してみたが、こんなものを毎日食べていたら、体の中から壊してしまう。本来、食というのは生きるために必要なもので、快楽のためだけにあるわけじゃないんだ」


 橙也はリィナの方を見た。


「対して、このサラダは健康には気を使われているが、味が微妙で毎日食べられるものじゃない。これじゃ食べることを嫌いになってしまうよ」


 そう言うと、レオンが激昂する。


「偉そうに! 料理人だと思って声をかけてみたが、味の何たるかも知らない素人以下の料理人じゃないか。こんな奴にオレの料理に判定してもらうのは納得がいかないっ」


 バンっとテーブルを叩く音がした。桃香だった。


「ちょっと待ちなさいよ。黙って聞いてればギャーギャーと。残念だけど、わたしも兄さんと同じ気持ちよ。こんな料理を出すのが当たり前なら、この国に未来なんてないわね」

「言わせておけば……!」


 奥歯を噛みしめるレオン。


「ならば、お前たちが料理をつくってみたらどうだ!?」

「ふん、やってやろうじゃん! 兄さんなら美味しくて栄養あるものもできるでしょ?」


 桃香が何の気なしにそう言うと、レオンがぴくりと反応する。


「あとで吠え面かくなよ」


 すぐに取り繕ったレオンは静かにそう言った。


「おい、桃香……」

「いいじゃん。それに兄さんも、料理したいでしょ? だってここ、設備良さそうだし。それに王宮料理団だなんてすごい人に勝って実力をアピールできる機会だよ!」


 先程厨房の様子を羨ましげに見ていたのがバレていたのか、桃香がそんなことを言う。

 勝つ、と言われて流石に堪えられなくなったのか、レオンが苦笑しながら口を挟んだ。


「どうやらじゃがいもの皮がむけるくらいの料理人ではあるようだが、オレに勝てるとはちょっと聞き捨てならないな」

「お兄ちゃん! 失礼ですよ」


 先程までの丁寧な言葉づかいを止めたレオンの言葉を、妹のリィナが咎める。


 どうやら悪口らしいが、橙也とも桃香にはよくわからない。


 注目がそれた隙にこっそりとレオンの料理を食べていたドラコが、肉にかぶりつきながら解説してくれた。


「こっち特有の言い回しだな。お前なんて見習いを脱するかどうかというレベルだ、という嫌味だ。ほら、料理人は下積みで野菜の皮むきをするだろう?」

「なるほど」


 栄養士として採用されている橙也は別だが、飲食店に弟子入りすると、様々な雑用の下積み後、最初に任せてもらえるのは皮むきなのかもしれない。社会経験もないのに、資格があるからっていきなり管理職に付けられてしまった側としては、地味に羨ましいところもあるので所詮ないものねだりなのかもしれないが。


 変わった言い回しに納得した橙也に、ドラコが尋ねる。


「実際のところどうなんだ? オレ様は橙也の実力まで知ってるわけじゃないしな。美味しくて体に悪くない食というのも作れるのか?」


 ベッタリと口元に油を浸けているドラコに、橙也は答えた。


「食材の性質を考えれば普通に両立できるよ」

「ほう……」


 橙也の言葉に、レオンが低い声を出した。

 ドラコが見えていないレオンからすれば、自分の挑発を受けて立つ、というように聞こえたのだ。


「そこまで言うなら料理を作ってもらおうか。材料なら厨房に余るほどある。どうだ?」

「あ、いや……これはちょっと」


 レオンの様子に、ドラコが見えるのは自分達だけだと思いだした橙也はなんとかフォローしようと思ったのだが、ちょうどいい言葉など出てこない。


「えっと、材料費を請求したりはしませんよね?」

「ああ、もちろん。予算を理由に言い訳などしてもらいたくないからな。それでいいよな、リィナ?」

「え、ええ……」

「持てる力をすべて使って、実力の差を思い知るといい」

「調理器具も好きに使っていい、と」

「構いません。私もトーヤさんの料理を見てみたくなりましたから」


 橙也がうまい言葉を考えている内に、レオンと桃香はもう調理することが決まりきった感じで条件を決めていた。


 今更やめます、と言える雰囲気ではなくなっていた。


(仕方ないか)


 実際、こちらの食材や厨房の調理器具が気になっていたのも事実だ。


 いきなりこんな喧嘩腰で料理を擦ることになるとは思っていなかったが、自分の料理で身を立てようと思っていたのも事実。


 このくらい切り抜けられないようではこの先も困るだろう。



 橙也は覚悟を決めると、厨房へと足を向けるのだった。

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