5話 リィナの料理
まずはサラダから食べようと思う。
リィナが出したサラダは色合いについては鮮やかという印象だった。
しかし、盛り付けのレベルで言うと、やはりレオンに劣るような印象があるのは否めない。
サラダの具材は、三つ。レタス、ニンジン、ほうれん草だ。
レタスは、低カロリーでボリュームがあるようにみせることができる為、ダイエット食材として目を付けている人もいる。栄養素についても、何かが特別多いというイメージはない食材で、普通なら土台としてサラダに使われているところだろう。
しかし、あれだけ栄養にこだわる彼女のことだから、恐らく何か意味合いを持たせているはず。橙也は思考を巡らせていた。
(思ったとおり、リィナの意図は……)
レタスは免疫力を高めるのに役立つといわれる野菜。
そして、身体から失われやすい水分も豊富に含んでいる。
ニンジンとほうれん草は、粘膜を丈夫にするビタミンA・βカロテンを豊富に含んでいる。
ここから導き出させる答えはすぐにわかった。
(彼女も不器用なんだな)
そう考えると、どうにかして意図に気がついてほしいと思う。
だが、この料理を見ただけでは気が付くこともできないだろう。
そんなことを考えていると、リィナは笑顔でサラダを進めてくる。
「どうぞ。栄養をいっぱい取るには、お野菜を食べるといいと思ったんです」
「ありがとう。じゃあ……」
まずはサラダを一口。
「ん……?」
橙也は軽くサラダを混ぜて、もう一口。
新鮮な野菜には、野菜のうまみがある。
それは事実だが、リィナのサラダはほぼ野菜を切っただけだった。
かすかな塩味とレモンが絞ってあるのは感じる。
だが塩気が薄く、ドレッシングとしてもまるで油がないため、ものすごく淡い。
濃すぎる味付けだったレオンの後だというのを差し引いても薄すぎる。
確かにレオンの料理は塩分過多だった。
かといってこれは……と橙也が思っていると、桃香も同意見だったようで困った顔をしている。
今回彼女が着目していた食材には、脂溶性のビタミンが豊富に含まれている。
ドレッシングはオイル使用のタイプを使ったほうが、このサラダの良さをもっと引き出すことができたただろう。
メニューの面から見ても、一緒に出されたスープやパンも油っぽい料理ではないため、食べている方は物足りなさを強く感じる。ダイエットをしている女性にも多く当てはまることだが、何故か油は悪者にされてしまいがちだ。
そして、ほうれん草については栄養素の排出を恐れてか、あまり下処理がされておらず、どうしても雑味が気になってしまう。にんじんも、現代で食べていたものより味が濃いようで、このサラダでは食べにくさを感じる。レタスについても、このサラダの内容では本来みずみずしさとして捉えられるはずの水分が、水っぽい印象しか残せていない。
スープの方も薄味だった。
具は、白身魚と玉ねぎ、ミニトマトと、パセリだ。
身体を作るもとになるタンパク質は、風邪のときも是非取りたい栄養素。スープにしてあることや、白身魚をチョイスしたのは、食べやすさを重視してのものだろう。骨もしっかりと抜かれている。
ミニトマト・パセリが入れられているのは、サラダと同様に、粘膜に関するビタミンを意識してのことと思う。
こちらは魚の出汁も出ているため、単品としてみるならば薄味ながらも許容範囲だ。
しかし、リィナが出してきたのはかなり固めの雑穀パンだ。
硬いパンは、例えばスープに浸して食べる。ただ、そうなるとやはりスープの方が薄すぎるのだ。
レオンのソースまでとは言わずとも、パンを付けるならある程度味がはっきりしていないとぼやけてしまう。
リィナの方は、確かに栄養バランスとしては悪くない。最初見た時に感じたように、タンパク質は魚で補えているし、野菜が多く、パンも雑穀を使うことで白パンにはない栄養を補うことができる。咀嚼回数が増えるから、満足感もしっかりとある。
少ない塩と油も、味はともかく健康の面で見れば、多すぎるレオンと違い調子を崩すほど不足している訳でもない。
(確かに健康にはいいかもしれないけど……)
体にいいと言われても、毎日これを食べる気にはなれない。
「……やっぱり極端だな」
「極端?」
彼の言葉に、レオンが怪訝な声で返す。
「ええ。レオンさんの料理はおいしいですけど、バランスが悪すぎると思う。こんな食事を続けたら、体を壊しますよ」
「うまい料理を食べて何が不満なんだ!?」
「たしかに、美味しい料理は人を幸せにすると思います。だけど、レオンさんは王宮料理人として王族の方に料理を出すわけですよね? こういったものばかり食べていたら、いつか大きな病気になりますよ」
「オレの料理で病気に……?」
納得いっていないのか、レオンは睨みをきかす。ただ、燈也の言葉に思い当たる節があるのか、それ以上は言ってこなかった。
今度はリィナの料理へと目を移して続ける。
「リィナさんの方は、健康に気を遣っているのはわかるけど、こちらも行きすぎてる」
「健康を考えたら仕方ないじゃないですかっ」
隣で聞いていたレオンも続けた。
「うまい食材はうまいというのが役割だ。だからうまい。体にいい食材は、体にいいのが役割。だから味は良くない。薬と思って食べればいいんだ」
「うーん……?」
レオンの言葉が腑に落ちない橙也だが、先程は料理について言い争っていたリィナもレオンの言葉を否定しない。
ということは、少なくともこの辺りにおいてレオンの言い分は常識的なのだろう。
現代日本であれば例えばサプリメントなどで「こんな症状に効きますよ」という言い方は出来ない。
あくまで「この栄養素が入っています」とか「●●が気になる方に」とかいうだけだ。また、多量の摂取で病気が治るわけではない、と明記もされている。
そのあたりは法律や常識なんかも違うだろうし、無頓着なのもまあいいとして、問題は美味しさと機能をはっきりと分けてしまっているところだ。
その上でレオンは味を、リィナは健康を重視している、ということになる。
「無論、必要があってまずかろうと食べて健康に気を使わなければならない事もあるだろう。だが、危機的な不調でもないのに日頃からまずいものばかり食べ続けることはできない」
レオンが言い切ると、今度はリィナが反論しようとしたが、それよりも先に桃香がこぼす。
「たしかにまずいものばかり食べるのは大変だけど、かといって美味しいからって塩分やカロリーを取り過ぎるのもなぁ」
レオンの料理を食べ続ければ、丸々と肥えてしまうだろう。
「ふん。だが、これは料理勝負。どちらがいいか決めてもらわなければならない」
レオンが結論を迫ってきた。
「判定は俺の独断でいいんですよね?」
「ああ、それを頼んだのだからな」
「基準は?」
「それも好きにしてもらっていい。料理としてどちらが魅力的か……それだけを考えてくれ」
曖昧な基準。
だが、料理の判定なんて曖昧なものだ。何かルールがあって、決められるものではない。
どちらの方が食が進んだか、と聞かれれば、レオンの方だ。トップレベルの腕前だけあって、美味しいものだったし、味だけで判断すれば文句なし。
だが、リィナの料理の方が、自分の価値観に近く、どうしても感情移入してしまう。
(難しい……)
成り行きでこうなってしまったが、この判定によって二人の人生に影響を与えてしまうかもしれない。
そう考えると答えをすぐには出せなかった。
しかし、橙也を見ていた桃香が、
「兄さんが好きな答えをだしたら? 一番大事なのは兄さんが後悔しないことだから」
笑顔で言う。彼女なりに迷いを察して、自分のことを気遣ってくれたのだろう。
(そうだな……人の人生まで考えると重くなるが、自分の判断に自信がないからだ……。今ここですることは、俺自身が納得の行く答えを出すこと)
そう思うと、考えがまとまった。
「決まったみたいだな。じゃあ、結果を聞かせてくれ」
橙也は答えた。
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