3話 困った提案
「「えっ……」」
妹の方と、橙也の声が重なる。
思った以上に厄介なことになりそうだ、と思う。あの言い争いからして、適当な判定をすることはできないし、責任も重要になるだろう。異世界に到着したばかりということを考えても、この流れに乗るべきではない。
「あ、あの……俺たち、お金もないので。ちょっと声が気になったから入っただけですから」
お金がないことを理由に店を出るべきかもしれない。そう思って桃香にアイコンタクトを送ろうとしたが、それより先に彼が言葉を続けた。
「心配する必要はない。協力してもらう以上、お代をいただく気はないからな。王宮料理団である、このレオン・レイヴァの料理、是非ご賞味いただきたい」
「王宮料理団……」
先ほども聞いたが、異世界人の橙也にとっては、耳慣れない響きだ。
「ねえ、王宮料理団って何?」
簡単な自己紹介を済ませた後、物怖じしない妹がすかさず尋ねた。
「王宮料理団を知らないだと!? その様子はもしかして……」
素性を聞かれてしまう。正直、異世界から来たということはできる限り伏せておきたい。
理由は、安全のため。
異世界からと言えばおかしな奴だと思われてしまうかもしれないし、仮に信じてくれたとしても異世界の情報を得ようといろいろな人が接触してくる可能性がある。桃香がいることを考えると、無意味にリスクを上げる必要はないのだ。
(えっと、こういうときは……)
いきなり出身を聞かれると思っていなかった燈也は咄嗟に、
「あの、俺たち遠方の国からやって来たんです」
「ほう、そうなのか。ならば、この王宮料理団のことを知らないのは当然だな」
「だから、いろいろと教えてもらえればと……」
怪しまれないように、橙也は答える。
「そのことについては私からお答えしますね」
横にいたレオンの妹が前に出る。
「私の名前はリィナ・レイヴァです。そこにいるレオンの妹になります」
会釈をして、リィナは続けた。
「王宮料理団とはこの国で認められた、王族に料理をつくることができる人たちのことです。国中の腕利きたちが集まり、しのぎを削るその場は料理人にとって最高の名誉でもあるのです」
「す、すごい……」
会社務めだった橙也からしたら、尊敬に値する存在だ。王族相手に料理をつくることができるなんて、普通にできることじゃない。
「たしかに名誉ではありますが、それだけです。兄の場合、腕に自信がありすぎて高飛車なところが欠点であると感じておりますが」
「リィナ、よく言うじゃねえか」
お互い睨み合う。このままだとまたケンカが始まりそうだ。
「まあまあ」
桃香が二人を仲裁する。
そして、近くにいた橙也に小声で話すのだった。
「王宮料理団なんて面白そうじゃん♪ お代もいらないらしいし、食べさせてもらおうよ」
王宮料理団がどのくらいの規模なのかわからない。しかしその料理を味わう機会はそうそうないだろう。そこまで素早く考えたのか、桃香は楽しそうな表情を浮かべた。
その顔で、橙也はこの先の展開を察した。彼女がああいう笑みを浮かべるときは、決まって勢い任せに突き進むときだ。
その予想を裏切らず、桃香がレオンへと目を向けた。
「お代はいらないんですよね? だったら、協力しますよ? わたしは大したことないけど、兄さんはすごい腕前なんだから」
「ほう。それは頼もしいな」
いらんことを言う桃香の言葉に対して、レオンの方も真剣な顔付きになった。
橙也としては勝負の判定というのはあまりしたくないので、リィナの方に確認をとる。
「ところで、リィナさんの方はどうなんです? その、いきなり勝負とか」
水を向けられた彼女は、迷いを見せる。
それは料理勝負自体への戸惑いなのか、相手が兄であることなのか、審査する橙也達に対してなのかはわからない。
「えっと……」
「先程までの威勢はどうした? 勝負となると、やはりまずい料理は不利か?」
迷う彼女をレオンが挑発した。彼女は小さく目を伏せた。
「りょ、料理は勝ち負けじゃありません」
絞り出した彼女の声に、レオンも頷く。
「そうだな。そもそも美味いかどうかなんて主観だし、そのとき何を食べたいかなんて気分次第だ。絶対的な上下など存在しない。だがな」
レオンはまっすぐに彼女を見て続ける。
「その時、その一食、目の前の人が食べたいものを出せなければならない。他の店、他の料理人より期待に答えられないのなら、今よりも寂れていくだけだろう」
本来勝ち負けを競うようなものでなくても、実質的な競争はある。それを感じとったのか、リィナの方も兄と同じ目になった。
「そこまで言うのでしたら……わかりました」
レオンの言葉に、彼女が頷いた。
そして橙也たちへ向き直り、リィナが頭を下げる。
「お客様さえよければ、お付き合いください。私だってこの健康食堂の料理人です」
その答えをきいたレオンは満足気な笑みを浮かべて頷いた。
「妹のリィナもこう言ってるし、お付き合い願えるかな?」
レオンが再度頼むと、橙也は頷いた。
まだ人に口を出せるような一流の料理人でもない橙也としては、料理の勝ち負けを決めるというのは少し気が引けるが、あくまで自分の好みだという点を強調して、誠実に対応すればいいだろう、と考える。
「ええ、ではお願いします」
「ありがとうございます」
お礼を言ったレオンはリィナへと向き直った。
「さあ、それじゃ早速調理だ。俺の方が上だって事を見せてやろう。そしたらリィナもちゃんとした料理を作るんだ」
「私の料理はちゃんとしてます! 兄さんこそ、もっと食べる人のことを考えて料理すべきです!」
意気込んだ二人は、言い争いをしながら厨房へと消えていく。
「どうなるんだろうね」
「大変なことになりそうだけど、どんな料理が出てくるのか楽しみではあるな」
「わたしはタダでお腹が膨れればいいや♪」
「まったく、お前ってやつは……」
楽しそうな桃香に、橙也は軽く肩をすくめて見せたのだった。
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