Episode3

1話 異世界へ



 光が徐々に収まってくると、橙也たちは草原にいた。


「ここが異世界……」

「オーベルっていうんだ。気をつけろよ。世界も違えば概念も違うからな」

「確かにそうかもしれないな」


 ドラコの忠告は冗談や脅しじゃないと思う。何が起きても対応できるようにしておかないといけないだろう。


 桃香の方は平気そうだった。周りを見ながらドラコに尋ねる。


「ここはどのあたりなの?」

「このあたりはサンティメールっていう街の近くだろうな。あそこに見えるだろ?」


 ドラコが指さすと、そこには石やレンガ、粘土を組み合わせて作られた、中世風の街並みが。

 素材のためか、歴史のある街なのか、全体的に時代を感じさせる見た目をしていた。


「リクエストどおり、ひとまず怪しい世界じゃなさそうだね」

「当たり前だろ。オレ様はこう見えても約束は守るほうでな。ま、礼の一言をもらってやっても」

「兄さん、街の方に行ってみようか」

「オレ様の話を聞けぇ!」


 ドラコを無視した桃香は、橙也の腕を取ると街の方へ走っていった。


 少し走ると街へ到着。

 コンクリートとは違う街並みは、新鮮さに対する期待感とともに、異邦の不安を抱かせる。


(俺、海外にも行ったことないからなぁ)


 それは桃香も同じだが、彼女は興味津々に出店などを見て回っていた。


「へぇ、けっこうきれいなんだね! 観光地みたい!」


 声を弾ませながら桃香が言う。


 きょろきょろと周囲を見回しているのはおのぼりさん感が出ていたが、橙也もあまり妹の事は言えなかった。


 橙也の場合は見慣れない場所への警戒が強かったが、はたから見ればあまり違いはない。


 海外旅行すら行ったことのない橙也にとっては、この街並みはまるで映画の中に入ったかのようだった。


 立て続けにいろいろ起こって麻痺していた部分もあるが、こうして街という日常に近い場所を目にすると、やはりこれまでとは違う場所で暮らすのだな、という実感が湧き上がってきて緊張する。


「中世風って聞いていたから、もっといろいろ放置されてるのかと思った!」


 そしてはしゃぐ桃香はわりと失礼ともとれるようなことを言っていたが、それも無理はない。


 中世あたりの街は汚れていることが多かったという。悪臭も酷いものだった、という記述だって見たことがある。


 しかし、この街はそんなことがなかった。


 古さは感じさせるものの、汚いという感じはしない。しっかりと物持ちよく使われているようだった。桃香の要望をかなり忠実に聞いてくれたようだ。


「ところでドラコ、今は何時くらいなの?」

「午前十時ってところだな」


 時間のことで橙也は気になった。


「時間の概念は俺たちの世界と一緒なのか?」

「ああ、ほとんど変わらねえぜ。二十四時間、三百六十五日だ」

「それはありがたいけど、ちょっと不思議だな」

「お前たちの世界と密接してるって言っただろ? ざっくりいってしまえば、気が遠くなるほど昔に枝分かれした平行世界みたいなものだ。まあ、地形なんか違うから異世界であることには変わりないが」

「そっか……」


 橙也はどこか落ち着かない様子で街のあちこちを見回していた。

 根っこが同じというだけあって、歩いているのは普通の人ばかりだ。

 所謂ファンタジー的な、エルフやドワーフというのは見当たらない。


 ただ、やはり顔立ちはおおむねヨーロッパ系で、橙也からすると外国人、という感じがする。


 よく見ると、アジア系の顔つきの人もいるので、日本人に近い人種もいるのかもしれない。


「街並みも趣があっていい感じだよね。思ってたより過ごしやすそう」

「この世界は一応、魔法もあるからな。あると言っても伝説レベルだが。ただし、魔石というもので文明が発達しているからモモカたちの世界の中世よりは格段に暮らしやすいはずだぜ」


 ドラコの様子を見ながら聞いていた桃香は、気になったのか改めて尋ねた。


「そういえば、どうしてドラコは小さくなったの? しかもキザな服を着てるし」

「最初に小さくなったのはお前たち人間を脅かさないためさ。あとは……オレ様の流儀って奴かな」

「流儀って言葉、仕事をきちんとこなす人が使うものなんだけどなぁ」

「ミスってすみませんでしたー!」


 先程からすれ違う人の多くは、明らかにこの国の住人ではない顔立ちの橙也たちに一瞬目をとめるが、それだけだ。外国人だからちょっとめずらしい、位の印象に見える。


 そして、橙也と桃香の間を飛んでいるドラコに目を向けている様子はない。


 珍しくもないのか、とも思ったが、他にドラコのようなペットを連れている人は見当たらない。


 そんな視線に気づいたのか、ドラコが口を開く。


「オレ様はトーヤとモモカにしか見えないぞ。この世界ではドラゴンなんてまずいないし、ましてや神なんて気軽に現れていいものじゃないからな」

「見えないってことは……外でドラコと喋ってると、変な人に思われるってことか?」

「ああ、そうなるな。今はトーヤもモモカと歩いているからそんなにおかしくないが、一人のときは気をつけてくれ」

「そうか。わかった」

「ふうん、じゃこうすると、何もない空間をつついてるように見えるの?」


 桃香がそう言いながら、ドラコの顔をふにふにとつつく。

 それ一応神様だぞ、と橙也は思ったが、ドラコが特に嫌がる様子もなかったので黙っておいた。


「やめろやめろ」

「えー? そんなこと言う割に、嫌そうに見えないけどなぁ」


 桃香が更に顔をつつく。ドラコはやめるように言うが、その頬は緩んでいるようにも見える。

 その様子を見た桃香はにやっと笑みを浮かべると、ドラコの顎の下をくすぐり始めた。


「うりゃうりゃうりゃ」

「やめっ、オレ様は猫じゃないぞ!」


 口ではそういうものの、ドラコは気持ちよさそうに喉を鳴らしている。


 すっかり仲良くなっている桃香とドラコを見て、橙也は安心した。


 橙也自信はまだ不安のほうが大きいが、楽しそうな桃香の様子を見ていると、なんとかなりそうな気がしてくる。


 そんなふうにしながら街を見て回ると、桃香が安心したように呟いた。


「これなら暮らしていけそうだね、兄さん」

「うん、思っていたよりは良さそうだ」

「ここってかなり大きな街なの?」


 ドラコへと桃香が尋ねる。


 撫で回しから開放されたドラコは、顔を引き締めながら言う。


「いや、大きな街ではない。この街は王都からは離れている、言わば田舎だからな」

「結構しっかりした街に見えるけど」


 橙也の疑問に、ドラコが頷いて答える。

 橙也のイメージでは、田舎というのは周りになにもないような場所だ。

 夜には獣とかが出そうな偏見すらある。

 けれどこの街は建物もしっかりしているし高い。

 あまり田舎という気はしなかった。


「昔は流通の中心として機能していたからな。港町でもあるし、王都へ向かうための通り道でもあった。街並みや道が、立派だが古いだろう? 当時の最先端の技術をふんだんに使って作られたものだから頑丈で、そのままずっと使ってるんだ」


 まるで観光ガイドのようにドラコが説明してくれる。

 そんな彼の言葉を、街を見渡しながら聞いていた。ドラコは街の向こうに見える、崖の方へと目を向ける。


「あの崖が見えるか? 昔は通れなかった崖に橋がかかってね。この街まで大回りしなくても王都へ向かえるようになってしまった。この街は道が立派だし人もそれなりにいるし、今でも流通はそこそこだけど、かつての賑やかさからは随分大人しくなってしまったのさ」

「へえ、それって大変なんじゃないの?」


 他人事ながら心配そうに桃香が尋ねる。いや、これからこの街で暮らすなら、あまり他人事でもないのかもしれない。


「最初は大変だったろうな。しかしそれも昔の話だ。今の住人はほとんど、この状態の街に慣れているのさ」


 旅慣れた様子のドラコはそんな風に語った。


「そうなんだ。確かに、暗い感じとかしないしね」


 桃香は楽しげに街を眺めながらいい、ドラコもまんざらでもなさそうに飛んでいる。

 そんな彼らを見ていると、橙也もなんとかやっていけそうだな、と妙な安心感を抱くのだった。


「落ち着いたらお腹空いて来ちゃったよ」

「昼にはまだ早いけど、朝ごはんが早かったからな。それに俺もこの世界の料理が気になるし」

「兄さんの料理バカも発動したみたいだし、まずはごはんにしよっか」


 どこにしようかと街を散策しながら店を探す。

 様々な飲食店があるため目移りしながら歩いていると、自然と裏路地の方まで歩いてきてしまった。


「兄さん、さすがにこのあたりにはお店はないんじゃないかな?」


 桃香にそう言われ、引き返そうと思った時、不思議な看板を見つけた。



(健康食堂……?)



 見ると、そこには一軒の店。


 健康食堂、と看板がかかっているその店は営業中、と書いてある。


 橙也の目に写っているのは、おそらく異世界の文字なのだ。しかし橙也の脳が認識するのは普通に日本語。


 便利といえば便利だし、異世界と言われなければ気づかないほど自然な処理だ。


 街並みはヨーロッパ風なのに看板が日本語、というのは変といえば変な気もしたが、あまりに自然すぎてきっとすぐに気にならなくなるだろう。


 そうなると次に気になるのは、目の前の看板と異世界の料理。


「へえ、この世界にも健康食の概念があるんだ」

「兄さん、珍しいことなの? ほら、“医者いらず”とか言われているアロエやリンゴとかあるから珍しいものじゃないのかなって思った」

「健康と食事には関係があるという概念自体は古くからあると思う。だけど、それを店の売りとして看板に出していることが気になってね」

「そっか。知識としてきちんとあるから商売になってるんだもんね」


 管理栄養士として務めていた橙也には興味深いことだった。


「じゃあ、このお店に入ってみよっか」


 妹に誘われ、店の中に入ることに。


「異世界の料理か。楽しみだ。どんなふうにつくられているのか」

「わたしも楽しみ。どんな味がするんだろう」


 橙也の顔はこれまでの戸惑いとは違い、好奇心に満ちていた。


 異世界にきた戸惑いも、料理の前では忘れてしまうようだ。


 橙也たちは店へと向かうのだった。


 すると、



「美味くて健康的な料理なんて存在するわけないだろ!?」



 店の奥から男の怒鳴り声が聞こえるのであった。

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