5話 桃香の決意



「兄さんが異世界に行くのに、わたしだけ残されるのはイヤ」


 橙也に向かって、桃香はそういうのだった。


「わたしも連れて行って」

「何を言っているんだ、桃香。いくらある程度は安全とは言え、知り合いもいないし、文化も全く違う異世界だぞ? どうなるかわからない場所にお前を連れていくことはできない」

「兄さんのいない世界で生きる方がつらいの!」


 桃香は今までにないくらい真剣な眼差しで見つめるのだった。


「兄さんには言ったことなかったけど、わたし……お父さんとお母さんがいなくてずっと寂しかった。どうしていないんだろうってずっと考えていた。何度もくじけそうになったけど、そのたびに兄さんがいてくれたからわたしは生きてこれたの」


 今まで両親がいなくて寂しくないと聞いていたから意外だった。彼女なりに無理をしてきたということだ。


(ここまで言ってくれた桃香を置いていけるのか……?)


 安全を理由に言い訳しているが、本当は自分が桃香を守っていけるか自信ないだけだ。

「それに、兄さんを一人にする方が心配だよ。料理以外の家事はほとんどできないようなものだし、お金も管理も適当だしね。人がいいから向こうの世界で騙されるかもしれないし」


 ふふ、と笑いながら桃香は続ける。


「そんな時、わたしがいた方がいいと思わない? わたしならどんな難しい条件も相手に飲ませちゃうよ?」


 小悪魔のように唇を歪ませながら言うと、ものすごく説得力がある。


「た、たしかに……俺一人だったら、どうなるかわからないな……」

「やっぱりわたしが必要でしょ♪」


 桃香の笑顔を見て思う。この笑顔は大事にしなければならないと。


(桃香のことが不安なら俺が守ればいい……!)


 簡単なようで簡単には出せない結論。



 だが、これで覚悟は決まった。



「ドラコ、悪いが桃香を連れていくことはできないか?」

「うーん、しかしなぁ。二人行くとエーテルとマナのバランスが……まあ、兄妹ということもあり、素体に大きな差がないことを考えると……」


 ドラコがぶつぶつ言ってると、

「誰のせいでこんなことになったんだっけー?」


 嫌味っぽく桃香が近づいてきた。


「なんか問い合わせとかなんとか言ってたし、ドラコよりも上位の存在がいるってことだよね? その人に伝わるまでこの空間で叫びまくろうかな? 意味があるかわからないけど、時間の制限もあるだろうしね」

「ぐぬ……」


 わずかな会話からここまでの情報を見出し、神を脅している。

 こんな少女が自分の味方で本当によかったと思う。


「たしかに、ここまで連れてきてしまっているし、転送自体は特に問題もないと思うが……」


 ドラコカルドは決意を問うように桃香へ目を向ける。


「これからは真剣な話だ」


 念を押すようにドラコは言う。


「一度向こうに行けば、もう戻って来ることはできないぞ?」

「二人きりの家族なの。離れ離れになって会えないよりは、異世界でも一緒の方がいい」


 直接質問に答えているわけではなかったが、桃香の返事にドラコカルドは頷いた。


「わーったよ。今回は特別だ。二人の転送を認めてやる」

「ありがとう、ドラコ!」


 ミニドラゴンを自らの胸に引き寄せ、抱きしめる桃香。「お、おう……」とドラコの顔が少し赤くなっていた。

 その体勢まま、


「わたしにも何か能力くれないの?」


 またとんでもない交渉をし始めた。


(し、したたかすぎないか、妹よ……)


 橙也と同じようにドラコも呆れていた。そして、桃香の胸からさっと離れる。


「モモカを向こうに連れて行くこと自体、本来は難しいのだからな? トーヤの余ったポイントで無理矢理ねじこんでいくんだぞ!?」

「そんな!」


 桃香は大げさに驚いて嘆いてみせる。


「わたしは丸腰で異世界に放り出されるの? 紳士みたいな格好をしているのに、女の子に優しくないのね」

「ええっ!? いや、その言い方は人聞きが悪くないか?」


 ご愁傷様、と橙也はこっそりドラコに手を合わせた。


 桃香は明るく元気でわかりやすいように見えるが、実際はわりとしたたかな頭脳派(?)だ。


 ゴリ押しで要求を飲ませる武闘派ネゴシエーター。その勢いでうやむやのまま押し通してしまうのだ。


 橙也は手加減されているので被害にあうことはあまりないが、その大変さは横で見て知っている。


「知らない場所に行くのに何もないなんて、ひどすぎると思わない!?」

「いや、そもそもオレ様側の都合で連れていきたいのはトーヤだし、能力ならトーヤが持ってるから……」

「兄さんの能力は兄さんのものでしょ! それにその言い方……わたしはいらない子だから能力もくれないってこと?」


 ドラコカルドが彼女の勢いに押されている。言っていることは無茶苦茶なのだが、見た目綺麗だからたちが悪い。大げさな演技も相まって、なんとなく桃香が正しいような空気になってしまう。


「じゃあ能力がダメなら、アイテムは?」


 アイテム……何を持っていこうというのだろう。


 パソコン、スマホ、場合によってはバッテリーとエアコンや浄水器なんてものも浮かんできたが、どれも異世界でどの程度使えるのか怪しいところだ。


 科学力の差を考えればすごいものではあるが、長期間使えないとなるとどの程度便利か疑問が残る。しかし桃香の様子からは、何か便利なものを持っていけるという確信が見て取れた。


 そんな風に考えていた橙也だったが、桃香の提案に対してドラコカルドは首を激しく横に振った。


「ダメだダメだ。元の世界のものを持っていかせる訳にはいかない。そんなのは能力以上に……いや、とにかくダメだ」


 能力の方が可能性がある、ということを漏らしたかけたようなドラコが慌てて打ち切る。


「元の世界のものじゃなければ、可能性があるってこと?」


 しかし桃香が追求したのは別の部分。問題点をスルーされたと思ったドラコカルドは勢い良く頷いた。


「ああ! そう、そうだな! やりすぎるとまずいが、元の世界のものじゃないならある程度融通しよう」


 落とし所を見つけられたとばかりに、ドラコカルドが飛びつく。


「ま、元の世界じゃないものなんてこの場所にはないけどな」


 と小さく呟いていた。

 ドラコからしたら、それで諦めさせようという魂胆なのだろう。桃香の表情が曇るのを見たいのか、ニヤニヤしながら顔を近づけた。


 ドラコの狙いとは裏腹に、言葉を聞いた桃香は満面の笑みを浮かべる。


(あれは絶対、ろくなことを考えていないな)



 すると、




「じゃ、あなた。ドラコをわたしのサポートとして持っていかせて」




「ん?」


 突然の指名に首を傾げたドラコカルドは、一拍置いて声を上げる。


「ああぁぁん!? オレ様だと!? オレ様、神だぞ!?」


 まさかの言葉。さすがにドラコもそれは予想していなかったのだろう。


「神様なら、そのへんもバランス崩さずになんとかできるんでしょ? むしろ下手に他の要求をのむよりも、調整しやすいんじゃない?」


 桃香は完全に勢いだけで言っているが、その言葉にドラコカルドは考え込んだ。


 考え込むということは、引き出せる余地があるということだ。実際、現代の品を持ち込もうとしていると考えたときは考える間もなく否定していた。


「ドラコがサポートしてくれたら心強いなー」

「ぐ……」

「人の人生を勝手にめちゃくちゃにしてるんだから救済措置があってもいいよねー」

「ぐぬぬ……」

「ドラコの上司さーん! ミスをしている部下がいますよー!」

「だあああ! わかったわかった! もう勘弁してくれっ!」


 それを聞いた桃香は小さくガッツポーズをつくり、


「よしっ」


 そういったドラコカルドは、これまでよりも少しだけ声を張って続けた。


「これは二つの世界をスムーズに回すため、必要なことだからな! 大切な仕事のうちだからな! ミスの帳消しじゃないし、俺はミスをしていない! そういうことでいいな!?」

「いいよ♪」


 上機嫌になった桃香は、


「話もまとまったし早速行こうか」


 鼻歌まじりで進んで行くのだった。


(これ、最初からドラコ狙いだったな……)


 能力の交渉をしたのは、あくまでもブラフ。桃香も能力を得られないことは計算済みだったはずだ。それからアイテムの交渉をして、それも断られたてからの……ドラコ。最初にわざと断らせてから要求を通す心理学のテクニックだ。それを神様相手に通用させるところが妹の末恐ろしいところだが。


 そんなふうに分析していると、ドラコが橙也に耳打ちをした。


「今までいろんなチート能力持ちを見てきたが、妹ちゃんが一番のチート能力持ちだと思うぜ」


 橙也もそのとおりだと思った。


「さて、準備も覚悟もできたみたいだからそろそろ行くぞ。その前に……」


 ドラコが二人の前にやって来た。


「元の世界のものは持ち込めないから、そらっ!」


 ドラコがパイプを一振りすると、橙也達の格好が変わる。


「うわっ、これは……」

「へえ、なかなかいい感じだね」


 突然服装が変わり驚く橙也と、軽く回って自分の格好を確かめている桃香。


 橙也は長ズボンにTシャツというシンプルな格好。桃香はカットソーに長めのスカートだ。


 そんな二人に対して、ドラコが勢い良く声をかける。


「さあ行くぜ」


 ドラコが何か呟くと、光が二人を包んだ。


 これで元の世界に戻ることはできない。



 だが、桃香と一緒ならどんな困難も乗り越えてみようと思う。

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