詩『命の天秤』の内容について(三)

 前回に引き続き、今回は詩『命の天秤』三(ラスト)の内容説明に入りたいと思います。


 『命の天秤』


足音叩くと 誰かの歌が流れる街

ハムサンド頬張る 無邪気な笑顔

見える気がした


通り雨のように 降り注ぐ朝日が

眠った哀しみ また呼び起こす


琥珀色の滝に心休めると

バスタブで髪をくような

優しい気持ち溢れるの


あの時“好き”だと言ってくれた

おんなに見えるかしら?



太陽と月が 見張りを交代した時

命の天秤は 寄り添いながら

切なさ揺らす


夢心地な声で 面影へ祈っても

あなたの心は 振り向かないのね


寂しさの海に眠る この体は

青空へそっと向かうけど

想い出は深海うみを漂うの?




あの時“好き”だと言ってくれた

おんなになれるかしら?


(三)

時の迷い人の声に 誘われて

天使の温もり 置き忘れ

悲嘆ひたん奏でる 王子様


あの時”好き”だと言ってくれた

おんなになれるかしら?


 今回は一つだけですが、この詩の内容も何となく……としか分からないのではないでしょうか? 

 最初の一文について説明すると、注目すべき言葉はです。私なりにこの言葉の意味を解釈すると、「止まってしまった時間(世界)のなかで、居場所に困っている人(迷っている人)」となります。

 と解釈していることから、は、ということになります。しかし何らかの理由で自分が動いていた世界の時間が止まる、つまり事故や病気などで亡くなってしまうことを比喩しています。

 この「時の迷い人」とは、不幸な交通事故により亡くなってしまったサンフィールド夫妻、つまりトムの父親 リースと母親 ソフィーのことです。


 もうすこし分かりやすく表現すると……不慮の事故で亡くなってしまったリースとソフィーも死後、愛する一人息子のトム君を密かに見守っています。ですが彼らは「幽霊」という存在で、トムは「生きている人間」となります。当然のことながら、彼ら親子の住む世界はまったく別です。

 ですが愛する息子を一人残した名残なごりからか、リースとソフィーは今も成仏出来ずにいるという現状があります。そんな二人の揺れ動く心の変化を表現したいと思い、リースとソフィーのことを「時の迷い人」と比喩しました。

 

 次の「声に誘われて」という部分について説明します。これはリースとソフィーがトム君を自分たちのいる世界、つまりという意味ではありません。

 『命の天秤』第二幕において、トムは亡き両親の面影を追い求めることがこれまで以上に多くなりまる。その想いが強くなりすぎた結果、思い出が夢や回想録としてプレイバックされます。少しずつトムの記憶も鮮明になりますが、その一方で両親への想いがさらに強くなってしまいます。

 そんなトムの心からの願いでもある、「大好きだったパパとママにもう一度会いたい……もう一度声が聞きたい」という意味を込め、「時の迷い人の声に 誘われて」という詩が完成しました。


 二行目の「天使の温もり 置き忘れ」という内容ですが、ここでも私は比喩表現を使用しています。ここで表現する天使とは自身のことです。作中でも香澄やフローラ・そしてソフィーがトムのことを、“天使”と例えている場面があります。それを踏まえて、使という意味に置き換えることが出来ます。……よく子どもは「天使のように可愛い」と言いますよね?

 そして「温もり」とは、トムがかつてハリソン夫妻や香澄たちと一緒に過ごした思い出のことを例えています。さらに「置き忘れ」という言葉は、『命の天秤』の内容について(二)で説明した、「夢心地な声で 面影へ祈っても あなたの心は 振り向かないのね」と直結しています。


 香澄をはじめ、ハリソン夫妻たちから何度も「悩んでいることがあったら 相談して」とトムに言い聞かせていました。しかしトムは香澄たちの言葉を聞くことはなく、愛する両親を失った悲しみを一人ですべて抱え込んでしまいます。そしてその苦しみに耐えきれず、最終的にトムは両親が待つ場所へ旅立ってしまいます。

 表向きは心を通わせていたと思っていた香澄たちですが、トムの心は最初から自分たちの方には向いていなかったのです。トムの心はいつも亡き両親の面影を追っており、彼が心通わせるべきはずの香澄たちのことは二の次となっていました。

 そんな一言では説明しきれない複雑な心情を、『温もり』という言葉で比喩表現しました。


 そして最後の「悲嘆ひたん奏でる 王子様」ですが、これはそのまま意味をとらえることが出来ます。悲嘆とは「哀しみなげくこと」という意味があり、ここではトムがいなくなったことによる、香澄ちゃんたちの心情を表しています。

 「トムがいなくなって……これから一体どうすればいいの? もうこんな世界に耐えられない」という切実な哀しい気持ちを、音楽のように奏でているという意味です。

 また王子様とはトムのことで、彼の名前を使わずに表現した比喩となります。

 ラストの一文は同じ意味となるため、説明については省略します。


 以上のことを踏まえると、ラストの詩はこのような意味となります。


             『命の天秤(三番翻訳)』


 [私(香澄)たちと一緒に暮らしていたトムは、不幸な事故で亡くなってしまったご両親のリースとソフィーのことばかり思っています。その想いは日を増すごとに強くなっていく一方で、ついにご両親との思い出がトム君の夢にまで出てくるようになりました。

 そんな夢を繰り返し見ていくうちに、トムはリースとソフィーの声(夢や思い出など)に誘われるように、私たちが予想もしなかった行動に出たのです。


 ですがそんな結末など無論望んでいなかった私たちの心には、塞がることがない大きな穴が開いてしまいました。あの子がもう少し私たちの本当の気持ちを知っていれば、こんなことにはならなかったと思います。そう……何も言わずに散歩に行った、無邪気な少年のように……

 私たちはもう二度とトムと触れあうことが出来ない……一緒に笑うことも出来ない……そしてもう……その温もりを感じることもない……


 最終的に大好きなご両親のリースとソフィーの元へ行けたのだから、トム自身はそれでいいと思っているかもしれません。ですが残された私たちの心には、少し前まで一緒に暮らしていたトムが自分たちの目の前で旅立つ……という非常に残酷な結末を迎えてしまいました。

 そしてそれは私たちの心に深く哀しい思い出を残してしまい、当分の間、いえ……もしかしたら一生癒えることのない心の傷かもしれません。それはまるで……悲嘆という名のメロディーを奏でている王子様のように。


 別れ際になって、トムが初めて教えてくれた本当の気持ち、“好き”という一言だけど、その言葉が私の頭の中から離れないの……

 ねぇ、トム。今の傷ついた私はあの時、あなたが告白してくれたおんなにもう一度帰れるかしら?]


 という内容になります。これで『命の天秤』の翻訳について終了となり、次回は原文(詩)と翻訳後の詩を並べて、意味の比較をしていきます。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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