2羽目
暑い。それ以上完結に状況を伝える言葉は無かった。
まだ7月になったばかりだというのに早朝から汗が肌に道着を貼り付けようとしていた。日課の一部でウォーミングアップでもある素振りを終えた俺、
しばらくして俺と進太朗は
「「やるか。」」
と呟くと立ち上がり、戦地に赴くような表情と、金属床が潰されそうな足で歩き出す。止まった2人は道場の中央を向き、10メートルほどの距離をとって立った。お互い何も持たず、中段に構えて相手を見ている。目線。肩。手元。足。全てに注意を向けている2人は辺りを凍てつかせるほどの集中力と殺気を放ち、魔力を解放した。そう、彼らはお互い、魔法による殺し合いをしようとしている。これは比喩でも何でもない事実で笑顔も2人を真剣に見つめている。
魔力を解放した2人の魔導士から道着は消えていき、魔力によって作られた衣を身にまとった。薄目に輝く黄色の薄い布を巻き付けている姿に腰のベルトの左右に片手用の剣が下げられている。しかし、手で破れそうで装備品としては落第点の衣装を身にまとっている。それとは裏腹に緑と黒を基調とした武将のような装備。胴や肩、腰には瓦を重ねたように見える、そんな鎧を進太朗は身につけている。一見するとこっちがボコボコにされる未来しか見れない気がするが、そんなことは魔導士同士の戦闘には関係ない。その理由はすぐに分かるだろう。
「はあぁぁ…」
本格的に魔力を解放し、大きな2つの翼を生やす。真っ白で神々しく輝く光に辺りが一瞬何も見えなくなる。直後、素早く腰を落とすと腰の剣を右手で勢いよく引き抜き、剣を横に構えた俺は床を強く蹴った。全速力で直進し、鎧武者の胴体に真横から切り込む。
「せい!」
対する進太朗は鉄製の槍を取り出し、風を纏ったその鍔と刃の間で俺の光剣を制する。接触部から生じる衝撃は剣を使って手に伝わると、電気信号が身体中を飛び回りそこに痛みが生まれた。
こればっかりはどうも慣れない、そう思う暇も進太朗は与えてくれず、自慢の体格が生み出す怪力が剣を上に弾く。更にそのまま俺の脳天目掛けてまっすぐ振り下ろして来る。俺は身を無理やりねじってかわし、翼の飛行魔法を利用し、少し離れてから相手の方を向いてピタッと止まる。その間、呑気に待っている馬鹿などいるはずもなく、振り向いた時には槍がこちらに向けられていた。右下から振り上げられる長身の刃をかわすと剣の打ち合いが始まる。
武器の軽さを利用した素早い斬撃で攻める俺に対して、進太朗はリーチが売りの槍と力負けしない自慢の体格を活かす戦闘で俺の剣を捌いてくる。
お互い、刃が交わる度に腕から全身に向けて電流が走り抜け、体力をどこかへ消されている感覚に襲われる。それに嫌気がさしたか進太朗は風魔法で俺を少し引き離し、右手に持った槍をまっすぐとこちらに向けると、足元に魔法陣を展開させる。
「風よ、槍に纏いて敵を撃ち抜け!」
身に響いてくるその言葉に、操られているように風は槍先に集まっていくので、こっちまで風向きが理解出来た。徐々に風力は上がり、姿勢を保てなくなっていく。ついに身体は槍に吸い込まれ始め、足を引きずってしまう。それだけを待っていたかのように、槍使いは叫びながら直進してくる。
「
およそ亜音速まで加速する上位の風魔法、地をえぐりながら進み、震わせた空気が相手の肌を刺す。はっきり言ってかわしたり、捌いたりするのは不可能に等しい。初見ならば。
右足に力を込めて思いっきり踏ん張り、両手で剣を安定させながら槍と交わらせる。そのまま槍の進行方向を変えながら自分の刃先を相手の鎧に向ける。
「くぅ!」
この魔法を見切られるとは思ってなかったはずだろうに、彼からは当然のことのような、しかしどこか清々しいような表情が伺えたのでこっちが逆に驚いたくらいだ。
だけどここでほうけては勝てないことを理解していたのでそのまま反撃に移る。左足を前へ出し、重心を変えながら剣に魔力を込めてまっすぐと相手に突き刺す。
「
光の粒子を剣先のみに収束させ、腹部に中位の光魔法を食らわせると、進太朗の身体が淀んだ光で包まれているように見えた。防御力として身を守っている魔力の膜、魔装。目には見えないが魔導士を守るもので魔導士にはあらかじめ備わっている。これを突破して初めて魔導士を本当の意味で直接攻撃できるのだ。
「はぁぁぁ!!!」
「うおおぉぉぉぉぉ!!!!」
お互い魔力の衝突を制するため、接触部に力を込める。とは言え、守ることしかできない魔装に魔力を使い続けても勝てないのは周知の事実なので、進太朗は反撃のために力を使う。槍先に風が集まり始め、邪魔者を退かすように俺の身体が槍から離され、進太朗の魔装から俺の剣が離れた瞬間、槍を振り下ろし、上位魔法を発動する。
「
集められた風が津波の如く俺を飲み込み、風の爆音が耳に突き刺さる。風のみを視認することはできないはずなのに水の中にいるように視界が歪ませられる。
だが、風の収束が始まった時からこの魔法を使うことは分かっていた。右手の光剣を、腰を少し落とせば正面からだと見えなくなるほどの大きな盾に変え、風の濁流を防ぐ。こんな芸当を行う度にこいつとの付き合いの長さを感じて少し気恥しくなったりする。
しかし、そんなことは進太朗も同じだろう。故にこの勝負は単純な武術や魔法の打ち合いではなく、新たな戦闘法を確立しなければならない。そして、それを先に決められた方がこの勝負を制する。
風が収まった瞬間、俺は盾ごと突撃する。進太朗は槍で受けるが槍を振り切った直後という虚を突かれたのか、体制が崩れる。
その隙を見逃さず即座に盾を消し、両手で包むように光球を作り出して一気に解き放つ。
「聖なる
光の激流が進太朗を飲み込み、ずるずると引いていく。直前に光剣を叩き込んだ部分からヒビが入っていき、ついに砕け散る。叩き割ったガラスのように光の欠片が舞うと同時に、視界の端で長い赤髪が大きく揺れた…
「エクス・ノヴァ!!」
真紅の閃光が光の川をせき止め、そのまま新たな光に飲み込まれる。輝きが収まると彼女が赤い剣を手にしているのが見えた。俺たちの即席で作ったようなものとは明らかに違う輝き、美しいともいえるその剣がまだ少し熱をもっているようで、ジューと音をたてているが、それを急冷できそうな冷たい声で光源の七空笑顔は言い放つ。
「ここまで。」
リスタート エンジェル 博田ヒロ @hiroto1221
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