第15話 ~フワフワ~

「仕方がないでしょ!じゃねぇよお前、住み処知ってるって言ってたよな?」


 こちらを振り返り睨んでいるアリスに僕はそう言う。

 するとアリスは開き直った様な顔で言い返してきた。


「えぇ住み処は知ってるわ!でも道が分かるとは言ってないわよ」


「またそれか……言葉遊びは良いがこの状況どうするんだよ?」


「帰る」


「何だ?今度は土にでも、とかいう言葉遊びか?」


 僕が嫌味全開で放った言葉にアリスは、というと、はぁ?みたいな顔で僕を凝視していた。

 何故か?簡単だ、この言葉はこの世界に無いと言うことだろう……これが初めて異世界に来て後悔した場面だった。


 僕は咳払いを一つ入れ誤魔化すように話を戻す。


「ゴホン、それで具体的にどう帰るんだ?方法はあるのか?」


「来た道を戻るわよ」


「来た道なんて分からないだろ」


「ふふ~ん♪もしもの時のために備えはしておくものよ!」


 僕の目から見ても今後一切成長しないであろう胸を強調させ自慢げに言うアリス。

 これは期待できそう……とかフラグになりそうな事は口には出さない。


「備え?」


「通った道には私が目印を置いてきたわ」


「おぉ!やるな、でどんな目印なんだ?木の幹に傷を付けたとか?魔法で土に細工でもしたとかか?」


「ナイフも持ってないのに傷を付けれる訳が無いでしょ、魔法なんて何時モンスターと会うかもしれないのにそうポンポン使ってたまるもんですか」


「まぁそうか、じゃあ何だ?」


「そこを見てみなさい!」


 アリスが指差した所を見る。

 指している場所は僕の直ぐ後ろの茂みだ。


「草だが?」


「良いから、そこ探ってご覧なさい」


「まぁ良いけど」


 嫌々ながら言う通りに腰を曲げ指されていた茂みを探る。

 掻き分けても掻き分けても目の前に映るのは草草草、草食動物か何かか僕は、と思い始めた頃に作業を中止し一旦腰を上げる。


「目印になりそうな物は何も無かったが?」


「え?そんな訳無いでしょう」


 僕が言ったことを信じれないのか自分でも茂みを探り出すアリス。

 その姿はまさに、と言ってみたが特に思い付く物が浮かばなかったので放棄する。

 僕より数分長い時間で探っていたアリスが勢い良く顔をあげ、そして叫ぶ。


「ミルミルか何かか私は!」


「!急に大きい声出すなよ、驚くだろ」


「あぁごめん、草ばっかり見てたから自分がミルミルになっていくような気がして、つい」


「興味本意で聞くが、そのミルミルは草食か?」


「そうよ、ミルミルは草が好きな動物なの、フワフワしてて可愛いのよ、可愛すぎてそれが理由で通貨単位にまでなったと言われてるぐらい可愛いのよ」


 それはねぇだろ……と思いつつ今は別の事を頭で考える。


 何かとこいつと思っていることが被る時があるけど、まさか、こいつと思考回路が似ているとでも?……


 思わぬ発見に心を痛めた僕の横でアリスが小さな声で呟く。


「おかしいわね?此処にコップを置いておいたはずなんだけど……」


「……」


「誰かに取られた?いやそれは無いわね……人の気配なんてしないし、だとするとモンスター?」


 考え込むアリスから少しだけ距離を取り、山に行く際に買った魔法のリュックを開け中身を探る。

 魔法のリュックとは、どんなものでも中に入れれる魔法の荷物入れ、とは言っても僕のリュックは安いので容量は言うほど少ない、精々トイレ一個分ぐらいだろう。

 その中から一個のコップを取り出す。


「な、なぁアリス」


「ちょっと待ってアマミネ、もしかしたら周囲にモンスターか気配を消している人間が居ると思うから」


「ぼ、僕は居ないと思うけどな」


「?どうしたの?さっきから話し方がたどたどしいけど?」


「べ、別に何でも無いよ、ただそのコップってどんな柄だったか覚えてるか?」


「コップ?……あぁ心の声が出ちゃってたのね。

 別に言っても良いけど意味あるのそれ?」


「言ってくれ」


「柄か~柄というか色ならピンクね、取っ手が付いていて、裏にミルミルのマークがついてるわ」


「……」


「?どうしたの?その後ろの手は何?」


「お、お前にプレゼントがあってな」


「……ふ、ふーん。まぁムードは無いけどあんたがくれるって言うなら貰ってあげなくは無いわよ」


「何で急にツンデレぽく話し出すんだよ」


「ツンデレ?何?それよりプレゼント!早く寄越しなさい」


 何故か頬を赤くしながら膨れっ面で急かしてくるアリスに覚悟を持ってプレゼントを渡す。


「うん?コップ……かしら」


「そ、そうだ」


「へぇー貴方にしてはセンス良いわね、ピンクで……裏にはミルミルの絵が入っている…………一つ聞いても良いかしら?アマミネ」


「ど、どうぞ」


「これ何処にあったの?」


「何いってるんだよ、勿論買ったに決まってんだろ」


「何て言う店?」


「た、確かラグリーゼ道具屋とかそんな名前だったような」


「一つ良いことを教えてあげるわ、アマミネ」


 やばい……段々とアリスの声が低くなっている。


「これはね、私の手作りなのよ、だからこの世で一つしか無いわけ。分かる?」


 おっと……詰んだなこれ。

 この先の展開は大体予想できる。

 アリス怒る→僕をボコボコしにくる→僕は必死に説得をする→まぁ無駄→アリスは何かしらの条件を言う→僕は言い返す→アリスの強化魔法を見せられる→僕は納得する、させられる。


「もしかして貴方、私が道に置いてきた物全部回収していたの?」


「てっきり落としたのかと……」


「貴方私がそんな鈍臭いとでも「思う」」


 それだけは確かだだろう、だから即答する。

 しかし、それが気に障ったのかアリスの体から何かのオーラが見える。


「提案してあげるわ」


「提案?」


「一つ、私にボコボコにされて飯を奢るか

 二つ、飯を奢ってから私にボコボコにされるか

 さぁ選びなさい」


 いや結局どっちも飯奢ってるしボコボコにされてるじゃん……

 選ばしてるようで最初から選択肢無いよね僕……


「答えないとは良い度胸ね、それならボコボコにしてボコボコにするわ!」


「ストップ!落ち着け!まず話し合いをだな……」


「死人に口無しよ!」


「意味間違ってるぞ!僕はまだ生きてる!」


「じゃあ直ぐに合う体にしてやるわよ!」


「殺すってか!?」


「覚悟なさい、私の完璧な計画を邪魔してくれた罪は重いわよ」


「何が完璧な計画だよ!ただ山で道が分からなくなって帰るだけじゃねぇか!」


 必死に強化された何時自分に叩き込まれるか分からないアリスの腕を見ながら叫ぶ。

 そして僕は打開策を頭で考えるていると一つの疑問にぶち当たった。


「うん?もしかしてお前の計画って、遭難すること前提じゃないよな?」


 そんな事を僕が呟くとあからさまにバツの悪そうな顔をしたアリスが近付いてくる足を止めた。


「うっ……そ、そんな訳無いでしょ!」


「嘘つけ、動揺で強化魔法解けかけてるぞ」


「動揺、何て、してる訳、無いでしょ!」


 いやいや魔法が解けてるよ……

 冷や汗たっぷりで言い訳されても説得力皆無だな。

 問い詰めるように今度は僕がアリスに一歩ずつ近づいていく。


「な、何よ!それ以上近づいたら殴るわよ」


「アリスさんの完璧な計画のお陰で遭難してその上殴られる。それはもう犯罪ですよね?」


「あ、貴方だって私の私物盗んだじゃない!窃盗よ!そのせいで帰れなくなったんだから」


「言うに事欠いて盗んだとか、確かに戻れなくなったのは僕のせいかも知れないが、僕はただ落ちている物を親切に拾ってあげただけだ!」


「うぅ~」


「うぅ~、じゃなくて!まず何で遭難前提で山で修行しようと思ったんだよ」


「だってそれは……「それに!道が分からないなら何で初めに言わない!?」それは登ってたら思い出すかと……」


「だからってなぁー」


 ガサガサガサ


 日頃の鬱憤を今説教で食らわしてやろう、というタイミングで茂みが動く音がした。

 勿論アリスにも聞こえていた様で直ぐ戦闘体勢になる。


「アリス、強かったら任せて良いか?」


「今回の事無しにしてくれるなら良いわよ」


「……分かったよ、性悪女」


「なら任せて、他力男」


 ガサガサガサ……ガサッ!!


 茂みから飛び出してきたのは……何か分からない煙みたいなモンスターだった。

 見る限り弱そうだ。

 フワフワ空中に漂い右往左往、攻撃してくる様子もなく唯フワフワァフワフワァしている。

 絶好のチャンスと思い腕を出来るだけ少ない魔力(というイメージ)で強化魔法を発動した。

 そしてそのモンスターに近づこうとした瞬間にアリスに腕を掴まれ止められてしまった。


「どうした?アリス」


「アマミネあれに手を出したら絶対駄目よ、少なくとも今は」


 強化魔法を解きアリスに聞くと今まで一番真剣な顔でそう答える。


「どうしてだ?あのモンスターは何だ?」


「あれは聖霊フーミラよ」


「精霊か?」


「違うわ、あれは妖精、しかも見た限り天妖精ね」


「天妖精?それは妖精と何か違うのか?」


「妖精は基本的形があるのよ、人形、異形、無機物、でもこれは形の無い唯の妖精、それを冒険者の間では天妖精と言うのよ」


「強いのか?」


「強い、そんな言葉の範疇に収まる事の無い力を持ち合わせてるわ」


「こんなフワフワしてる妖精なのにか?」


「フワフワしてるのによ、天妖精はこちらが攻撃しなければ大人しいの、だから絶対に手を出しちゃ駄目よ、このまま立ち去るのを待って」


「分かった」


 それから数十分僕はじっと目の前のフワフワ妖精を見続けている。

 暇なので観察することにした。

 それで気付いた事と言えば、横にフワフワして一往復するのに大体58秒、結構ゆっくりだ。

 それと良く見ていると右往左往だけではなく何分かに一回は前後に揺れるという特徴も発見した。

 これは凄いんじゃないか、と思いアリスに言ったら「緊張感持て」とわりかしガチで怒られた。


 それにしてもこのフワフワ妖精、まったく退こうとしない。


「なぁアリス」


「何?また下らないこと言ったら今度は殴るからね」


「言わねぇよ、これ何時まで待てば良いんだ?」


「立ち去るまでよ」


「いやまったく立ち去る気配が無いんだが、こいつ……」


 僕がフワフワ妖精を指を指しながらアリスにそう言う。

 すると指の先に違和感が生じた。

 何だ?と思い指先を見るとフワフワ妖精が口?みたいな物で僕の指を食べていた。


「えーと何これ?」


「分からないけど、動いたら攻撃と見なされる可能性があるから今はじっとしといて」


 別に痛みは無いので本当に食べられている訳では無いだろう。

 唯、こそばゆい感じがして何だか落ち着かない。


 そんな僕の気持ちを知らないこいつは、ずっと指先を噛んでいる。


「ま……ぐっ!ぐはぁっ!」


「え?大丈夫!?アマミネ!」


「なん、だ?これ?ちか、らが、ぬける」


「しっかりしなさい!」


 いきなりの激しい眩暈と脱力感が襲い僕は倒れた。

 未だに指先でフワフワしている妖精を見ながら……


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