第11話 ~見事なる土下座~

 初クエストの次の日僕は食堂でギルドカードとにらめっこしていた。

 見ているのは所持金の欄、1750ミルが一晩で50ミルにまで減ったのだ。

 原因は言わずもがな青髪のせい。

 昨日の夜、仕方なく(脅されて)飯を奢ったのは良かったが想像以上に高かった……

 まさかラーメンみたいな物、名前は確かラーミルが一杯1500ミルもするとは思いもしなかった。

 ここぞとばかり青髪の奴、店に入るや否や店員に向かって「一番高いラーメル大盛りでください」とか言いやがって、おかげで初報酬で僕が食べた物と言えば200ミルのパンだけだ。

 しかも味がついてない質素なパン、名前はパルだったか……

 そんな心情を知ってか知らぬかなに食わぬ顔で青髪が話しかけてくる。


「おはよう、起きるの早いのね」


「誰かさんのせいで腹が減って寝れなかったんだよ」


「可哀想に」


「そう思うなら朝飯奢ってくれ」


「別に思ってないから奢らないわ、言っただけよ」


 今すぐにでも殴りたいが、僕のステータスではダメージも与えられないだろう、それどころかボコボコされるのがおちだ。


「さて今日はどんなクエストしましょうか?」


「何でお前と一緒なんだよ」


「何でってパーティーでしょ?」


「何時からパーティーになった」


「何時からってギルドに登録した時からよ」


「はぁ?そんな訳「ギルドカードの表面を見て」」


 言われた通りギルドカードを出現させて表面を隅々まで見る。

 だが何処を見てもパーティーや仲間みたいな欄は書かれていない。


「何処にもないぞ」


「え?嘘?貸してよ」


「ほら」


 だがこの瞬間僕は忘れていた、こいつが別の意味で良い性格だった事を。

 青髪は僕のギルドカードを受けとると自分のギルドカードに合わせて何か呟く。

 すると、二枚のギルドカードが重なり直ぐに別れた。

 意味が分からないまま青髪からギルドカードを返して貰うと表面にさっきまで記載されていなかったパーティーの欄が追加されていた。


「ほら、ね?」


「ほら、ね?じゃねぇよ明らか何かしただろ」


「何もしてない」


「嘘つけ、それに何だよこの名前もっとマシなのは思い付かなかったのか?」


「良い名前だと思うけどな」


「人前じゃ言いたくないな」


「?何でよパーティー名[プエラアミッサ]」


「意味は?」


「プエラは私の村では[真っ直ぐ]貫き通す、アミッサ[迷わない]強い意思って意味よ、ほら良いでしょ?」


 確かに良い意味だ。

 お前の村、だったらな。


 本人は絶対に知らないだろうけど、プエラアミッサはラテン語で迷子って意味だぞ。

 見事に真逆だな。

 まぁ、ピッタリちぁピッタリなんだが……


「というかどうやってしたんだ?」


「パーティー登録って案外簡単なのよ、ギルドカードを合わせてパーティー名を言うだけで登録完了」


「合意は要らないのか?」


「貴方がギルドカードを渡した時点で任意よ」


「ギルドカードの思わぬ死角を今発見したな、ちなみにパーティーになると何かあるのか?」


「特に無いわね、パーティーっていうのはこの人とクエストするので誘わないでっていう暗喩みたいな物だから」


 ナンパを防ぐために弟と買い物に行く姉か……


「あっ!もう一つあったわ」


「どうせ下らない事だろ」


「確かパーティーにもランクがあって、ランクが上がる毎に特典があるとかないとか」


「どっちなんだよ」


「ランク上げたら分かるでしょ、だからクエスト行くわよ」


 何かこいつの掌で泳いでいる気分だな……

 結局一緒にクエスト行く流れに持ってかれた。


「早く行くわよ」


「はいはい」


 笑顔で僕の腕を引っ張る青髪を少しだけ羨ましいと感じた。


 もう一度会ったらあいつは笑ってくれるかな……


 ――――――――――――――――――――――――


 ギルドの前まで来ると中から誰かの怒鳴り声が聞こえる。


「何かあったのかしら?」


「さぁ」


「気になるわね」


「面倒事に巻き込まれる気がするんだが」


 僕の第六感がそう叫んでいる。

 今すぐ回れ右で宿屋に戻って嵐が過ぎ去るのを待ちたいが青髪はそうでもないらしい。

 結局行くことになった。


「頼む!!俺達の村を救ってくれ!!!この通りだ!!!」


 怒鳴っているのかと思っていたが、どうやら懇願していただけらしい。

 それにしても見事なまでの土下座だ。

 右と左の腕の角度が対称になっていて背中のラインも綺麗なまでに歪みがない、つま先は閉じられあれほどの声を上げてもブレない体、ここまでくれば土下座も立派な名人芸だろう。


 くだらない事を考えている間にも土下座名人の話は続く。 


「お願いだ!助けが必要なんだ!」


「ですから先程も言った通り、クエストとして内容と報酬を提示して頂けなければ私達もクエストとして発行出来ません」


「それが出来ないからこうやって土下座をしているんだ!」


「そう言われましても冒険者は何も慈善団体ではありませんので、内容も報酬もないクエストを受けることはありませんよ」


「そこを何とか!」


「でしたら私共ではなく冒険者に直接頼んではいかがですか?」


「分かった!冒険者に直接頼めば良いんだな」


「はい、受けてくれるかどうかは冒険者次第ですけど」


「よし!」


 そう意気込んで土下座名人は立ち上がり、周りに居た冒険者達に頼み込んでいる。

 勿論誰も首を縦に振る者などいないだろう、詳細が分からないクエストなんて誰が受けたいだろうか。

 次々と断られていった土下座名人も流石に落ち込んで元気が無くなっている。

 とぼとぼ歩きながら違う冒険者に話しかけている。

 青髪と同じ髪をした冒険者だな小柄で見る限り弱そうな感じがするのだが……おぉ首を縦に振ったぞあの女。

 凄いな周りの冒険者達も驚いた表情で女を見ている。

 土下座名人なんて目から涙を溢れされて大号泣だ。


「凄いなあんな危なそうなクエストを受けてる、ぞ……って青髪?何処行った?」


 さっきまで横に居たはずの青髪の姿が何処にもない。

 一瞬一番考えたくない事を想像したが、直ぐに首を振り似たような女は視界に入れずに辺りを見渡す。

 何処にも青髪の姿はない。

 外か、と思いながらギルドを出ようとすると後ろから声を掛けられた。

 聞いたことのある声。

 振り返ると案の定青髪が居た、隣に土下座名人を連れて……


 ――――――――――――――――――――――――


「いやー助かりました。まさか受けてくれる人が居るとは思わなかったもので俺も大号泣ですわ!」


 土下座名人は嬉しそうに馬に乗りながら言う。


 僕達は今街道を馬車に揺られながら移動していた。

 馬車というか……リアカーで。

 確かに引いているのは馬だが、みすぼらし過ぎる。


「なぁ青髪、何でクエスト受けたんだよ」


 土下座名人に聞こえないように小さな声で隣に居る青髪に話しかける。

 すると何言ってんだよ、と言わんばかり顔で僕を見ると一言呟く。


「貴方は悪魔なの?」


「急に何だよ」


「見てなかったのあの人の土下座を!あれほど素晴らしい土下座を見たのは生まれて初めてよ」


 こいつも僕と同じことを考えていたのか……

 確かに素晴らしかったがクエストまで受けるなよな。


「一目見て私は思った助けよう、てね!」


「お前初めて会ってからキャラ変わりすぎじゃないか?」


 もっと大人しい常識がある奴だと思っていたんだが……

 いや僕のナニの話をしていた時点で常識もくそもないか。


「貴方だって違うわよ、裏路地の時の謙虚さはどうしたの?」


「あの時は緊張もあったんだよ、元々こっちが素だ」


「私もこっちが素よ」


「……」


「「確かに合ってるな(わね)」」


 声が被った……何だこれ地味に恥ずいな。

 いつの間にか普通の声量でで話していたのか僕達の会話を聞いていた土下座名人が振り返り笑いながら言う。


「お二人さん相性ピッタリだね、もしかして付き合ってるとか?」


「違「えぇそうよ」さらっと嘘言うな」


「仲の良いことで羨ましいですな、俺も昔は女房と仲良かったんですがね」


「喧嘩でもしたのか?」


「付き合っていた頃それはもう理想のカップルでしたわ!」


「結婚してからは?」


「結婚して一年目から、やれ畑仕事してこいや、家事してくれや、子守りしてくれや、猟に行ってこいや、俺はお前の便利屋じゃねぇぞ!」


 何処の世界でも似たようなもんなんだな。

 まぁ、僕の両親は絶対に無いだろうけど……


「流石に我慢できなかったよ」


「別れたのか?」


「あぁ、この世からおさらばさせたよ」


 そう言う土下座名人の声は冷たく殺意に満ちていた。

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