第2話 ~神様の説明~

「折角神が丁寧に自己紹介してるのに、ペチャクチャペチャクチャと!いい加減にしなさい!……返事は!!」


「「「はい!」」」


 凄い剣幕で怒っている女性に思わず大きな声で三人同時に返事をしてしまう。

 僕は机に座りながら他の二人は想像以上に恐かったのか借りてきた猫の様に大人しく床に正座している。

 いや……正座はしなくても良いだろ。


 まぁ良いか、それより今はこの女性だ……誰か居るとは思ってはいたけどまさか出てきて早々怒られるとは思っても見なかった。

 話していたのは悪いと思っているけど出てくるタイミングが悪いんだよな、もっと早く現れた良いものを……

 心の中でそう思っていると、冷静になった女性はコホン、と咳を一つする。


「それではまず、私の名はルクセリア、此処とは違う世界に居る所謂神という者です。詳しい説明の前に……この度は私の世界の事情に巻き込んでしまい申し訳ございませんでした」


「「は、はぁ」」


 自己紹介が終ると、女性は改まって謝罪をしてきた。

 先程までとは全然違う態度に、剣崎も自称何とかも気の抜けた返事しか出来ない。

 そう言う僕も少しだけ驚いている、態度もそうだが目の前の女性は神様らしい、しかも別の世界の……

 僕とて一介の高校生だ、非現実に憧れた事は数度ではない、そしてこの状況は明らかに非現実的だ。

 時間が止まった時点で非現実ではあったが、今の科学技術ならもしかして、という疑惑が頭に過ったので今一だったがこの女性が神様でホントに実在しているのならこれはもうヤバい。


「皆さんの名前を聞いても良いですか?」


「僕は天峰、そして正座している顔面凶器の不良男は剣崎、女の方は自称何とか、という名前だ」


「おい天峰、代わりに自己紹介をしてくれるのは有り難いが言い方ってもんがあるだろ」


「天峰くん!私の名前もう忘れちゃったのかい!?仕方ないね!この女の人に言うついでに!忘れてしまった天峰くんのために!自己紹介しよう!私の名前は愛宮 京夏!」


「俺の名前は剣崎 劉、決して顔面凶器では無い普通の高校生だ」


「よろしくお願いします、京夏さん、劉さん、そして天峰さん」


 ルクセリアは僕たち一人一人の顔を見ながら、順番に名前を呼んでいく。

 最後僕の時に少し怪訝そうな顔をされたけど何か僕の顔に付いていたのか?

 触って確認してみるが何もない……気のせいか。

 それにしても神様だと言うだけあってルクセリアの容姿はこの世の物とは思えないほど優れている、実際この世の物ではないけど……

 金色をした艶のある髪が腰まで伸び、白いローブは所々見えている綺麗な肌に良く合っている、まだ幼さが少し残った顔は見るものを釘付けにしてしまうほどの美しさがあった。

 碧眼に僕達三人を納めながらルクセリアは静かに話し出す。


「まず状況を説明します、貴方達は私の世界のとある国の魔法師達によって呼び出されました、その理由は魔族と呼ばれる種族の殲滅です」


 あーなるほど、分かりやすいぐらいの異世界ファンタジー系定番の台詞だな。

 差し詰僕達は勇者と言った辺りかな?


「そして召喚されるに当たってこっちの世界に干渉して私が説明するために今はこの世界の時間を止めています」


「分かった、それで聞くが召喚は拒否出来るか?」


「すいません、召喚自体は拒否することは出来ません、あちらの世界に行くことはもう決定事項となっているので」


「「!?」」


 異世界に行くしかないという現実に二人は驚いて目を見開いた。

 自称さんは流石にさっきまでの様な元気は出せないのか大人しくしている。

 剣崎はお世辞にも良い表情とは言えないな、今まで見たことの無い暗い顔をしている。


「そっちの世界に行ったとしてこっちに帰ってくる事は?」


「出来ます、元々召喚される条件が世界を救うという建前で出来ているのでその条件がクリアされれば元の世界に帰ってこれます」


「その時こっちの世界の時間軸はどうなってる?」


「私の世界に来たとき瞬間にこっちの時間は貴方達が帰ってくるまで永久に進むことはありません」


「そっちの世界に関して情報は?」


「すいませんが、あまり言えません神にも規定がありベラベラと言う事は出来ないのです。でもあちらに着いたら国の王様が説明してくれると思うので安心してください」


「分かった、僕からの質問はもうない」


「分かりました、それと私の世界に来るときに貴方達にはある力を渡しておきます」


「力?」


「はい、詳しくは着いてからのお楽しみですが……流石に身体能力だけで殺せるほど魔族も弱くありませんから」


 殺す、その言葉に二人はピクリと反応した。

 普段聞き慣れない言葉に、少し戸惑っているのだろうか?

 さっきから一言も発しない二人をどうしようかと悩んでいるとルクセリアが凛とする声で言う。


「そろそろ時間が来ました」


「時間?」


「はい、召喚させる時間です」


「「!」」


「落ち着け顔面凶器、自称何とか」


「だ、誰が顔面凶器だ!」


「わ、私の名前は愛宮 京夏よ!」


「よし話せるまで回復したらしいな、今までの話は理解したか?」


「おう!」


「当たり前だよ!」


 決して元気の良い顔とは言えないが空元気が出せるなら今は問題はない。

 これぐらいでへばっていたら、召喚されてからじゃ身が持たない可能性がある。


「もう少しで召喚陣が足元に浮かび上がると思います、そしたら慌てず陣から出ないようにしてくださいね」


「分かった」「おう」「分かったわ」


「貴方達が無事に生還出来る事を祈ってるわ」

 

 ルクセリアがその言葉を言い終わると、言われた通り僕たちの足元には陣が浮かび上がる。

 そして光を発し、眩しさに目を閉じてしまう。

 暫くして目を開けるとそこにはルクセリアと僕だけが残った教室だった。


「天峰さん、少し話があります」


 少し戸惑う僕にルクセリアは笑顔でそう言う。


 時間が止まった教室に沈黙が走る。

 話があると言ったルクセリアは先程から何も言わない。

 数分間無言が続き、僕が何か言おうと口を開いた時にルクセリアが静かにゆっくりと喋る。


「天峰さん、単刀直入に言うと貴方は勇者ではありません。巻き込まれた只の一般人です」


「……そうか」


「私の言葉に何の反応もしないとは……」


「驚いてるよ」


 残された時点で、ありとあらめるケースを想定していたので、勿論その中に『巻き込まれた』という選択肢もあった。

 だから驚きを顔に出さないぐらい今は冷静だ。


「自分の事は自分が良く知ってる」


「それはどういう意味で……」


「僕は他人を救えるほどの人物ではないと言う事だ」


「それは……」


「剣崎は正義感が強い、身体能力も高い、それ以上に他人を慈しめる事が出来る男で自称さんは特に分からないが短い間であの人は分別がちゃんと付く人だと思う、責任感もあるはずだ」


「財布を盗もうとした人ですよ?」


「誤解ですよ、良く見てみろ自称さんが漁っていた鞄を」


 僕がそう言うとルクセリアは鞄の元へ歩いていく。

 そして中身を見て驚いた声をあげる。


「これは!?」


「僕も漁り終わった後に気が付いたよ」


 自称さんが漁っていた鞄の中に入っていたのは大量の財布、とても一人の人間が持っている訳が無い量だ。

 そして今日の午前に体育をしていた他クラス全員の鞄から財布が全て無くなるという大事件が起きているのだ。

 詳しい捜索は放課後警察を呼んでする、と校内放送では言っていたが一人だけ先生の反対を押しきって授業を放棄してまで探していた人がいたらしい。


「分かったか?二人とも勇者に相応しい性格をなんだよ」


「そうですね」


「まぁ関係ないことだな、僕が巻き込まれたのは近くにいたからだけと思うし」


「そこまで分かっているのですか」


「これでも小説結構読むからな、登場人物の名前を覚えるだけで一苦労だがな」


「……すいませんでした」


 僕が言い終わると、ルクセリアは目の前へ移動してきて頭を下げる。

 謝罪の声は、今にも泣きそうな印象を受けた。

 でも何で謝るのか僕には理解できなかった。


「謝る必要は無いけど」


「いえこれは責任です、関係のない一般人を巻き込んだのは私の失態です、まず私がちゃんと世界の管理を怠ったからこういう事態に」


「面倒ですってそういうの、巻き込まれようが決定事項なんですから」


「そう…ですね」


「じゃあ気にしても仕方ないし、それよりも早く僕も行かせてくれないか」


「分かりました、でもその前に」


「?……え?」


 ルクセリアは僕に顔を近付けると、僕の唇に自分の唇を重ねてきた。

 甘い匂いが鼻腔をくすぐる、一瞬の出来事だったが感触は終わっても頭の中に残っている。

 顔を離し僕の正面に立つルクセリアは悪戯が成功したときの子供の様な笑顔をしていた。


「これが私に出来るせめてもの償いです」


「だからってキスしなくても……」 


「知っていますか?私の名前ってルクスリアから来てるんですよ」


 ルクスリアから来てる?

 そう言ってルクセリアはもう一度僕に唇を重ねてくる。

 意味が分からない行為に頭が混乱してきたが、そうやくルクセリアの意味が分かった。

 ルクスリア……ラテン語で意味は色欲……


 そこで僕の意識は反転した。

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