第13話
「真一さん、ご飯出来ましたよー!」
アパートの2階に響いた、楽し気な声。
美緒が自分の部屋で調理したものを、牧村の部屋に持ち込んでいる。週に2~3回くらいだろうか。『一人で食べるよりは、二人の方が美味しい』と話したことがきっかけ。
一緒に食事をする間だけ。お邪魔するのは、ほんの30分とか、1時間くらいの短い時間。
寂しさも紛れ、好きな人とも時間を共有できる。ささやかな幸せを感じる、美緒には大切なひとときだった。
「今日のご飯は何だい?」
「簡単に、ハンバーグなんだけど」
そんなやり取りも、普通になってしまった。
食事の間は、それぞれの今日の出来事などを語り合っている。恋人でも、夫婦でもないけれど、家族の団欒を思い起こさせる、和やかな食卓だった。
牧村はいつも、「美味しい!」と笑ってくれる。
(こんな時間が、いつまでも続くといいな)
幸せを感じていた時…。
ピンポーン。
こんな時に限って、牧村の部屋に来客。
「珍しいな。誰だろう?」
普段から来客のない部屋だけに、不思議そうな表情を浮かべる。新聞の勧誘? にしては、時間が遅いし。宅配便の予定もない。
丁度食べ終えた牧村は、腰を上げた。「はい」と答えながらドアを開いた。
美緒の耳にも、ドア越しに男性の声が聞こえた。この声に、聞き覚えがあるような…。
「…川村さん!?」
玄関から、驚きの声。
(えっ! 先輩――!?)
美緒は声が出なかった。何故、ここに片山がいるのか? 何故、牧村を訪ねて来たのか?
「…そうか。美緒ちゃんに話していなかったのか」
牧村は、“やってしまった!”という顔で、鼻の頭を掻いた。二人が同じ学校だと知りながら、話していなかった。学年も違うし、知り合うこともないと思っていたのだが…。
「真也は、俺の弟だ。両親が離婚して、俺は父に、真也は母に引き取られた。驚かせて、済まなかったね」
こんな偶然、本当にあるのか? ――いや、確かに目の前にあるんだ。
だから、片山と出会った時に、何処かで見たような覚えがあったんだ。こうして並ばれると、兄弟だと判る。
片山は、呆然と固まってしまった美緒を見つめる。…っていうか、どうして二人がここで食事をしてるのだろう? もしかして、恋人?
「そっか。だから俺、フラれたんだな」
ふーっと、長い溜息を漏らした。
(やだっ! 今、先輩が言ったこと、真一さんに聞かれたら…)
ドキン! 彼に目を向ければ、牧村も丁度こちらを見ていた。物言いたげな眼差しで。
(何か言わないと――!)
「…私っ、そろそろ帰ります!」
そんなつもりなかったのに、口が勝手に動いていた。
お盆に空いた皿を乗せ、玄関で立ち尽くしていた片山の横をすり抜けていく。
「真一さん、片山先輩、お邪魔しました」
言い残して自分の部屋へ飛び込んだ。
「え!? 川村さんの家って、隣なのか?」
驚きの連続で目をパチクリさせる。
兄には、子供の頃から敵わなかった。勉強も、運動も、兄に勝てたことはない。大きくなった今でもだ。好きになった子でさえ、自分は心を掴めない。
父親は、長男である真一の親権を取った。実業家の父だから、長男が欲しいのは当然かもしれない。
自分は役立たず。そう思った時期もあった。その悔しさから、自分も〈一番〉を求めて、才能を見出されたバスケットを始めたのだ。
それなのに―――…。
忘れかけていた嫉妬の青い炎が、片山の中で燻り始めていた。
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