14杯目 人狼のローザ

 満月が照らす夜。街灯も少ないこの街では月明かりがかなり便利な照明だ

 私は今、みどりさんとシュートくんの三人で店の周りの掃除をしている

「月が綺麗っスね」

「ですね」

 春だけど、中秋の名月と言わんばかりに綺麗な満月だ

「……差し出がましいようだがシュートよ、そういうはあるのかえ?」

「え?──ああ!わ、悪い、そんなつもりないっスよ。ヒアは大切な家族なんスから」

 そういや『愛してる』の隠語だっけ。ってことは、アレ?今私振られた?まあいいか

「主様」

「何?」

「なんか……申し訳ござらぬ」

「謝らないで、余計に惨めだから」

 そんな雑談をしていると、店の裏の森の方から人影が

「……幽霊っスかね?」

「獣臭さもあるな。人狼かもしれぬ」

「人狼?────あ!」

 もともと足元がおぼつかない様子だったけれど、事切れたように倒れ、急斜面を転げ落ちた

「みどりさん!学校に行ってドクター呼んできてください!」

「心得た」

「俺、マスターに言って場所確保してくるっス!」

「お願いします!」

 白いキャミソールに白い髪の小さなその少女を抱えて店に向かう。身体を抱えあげた時、バンシーちゃんのことがフラッシュバックしてちょっとだけ立ち竦んでしまう。どうか無事でいて


「怪我の治療は済ませたよ。あとはコイツが起きるのを待つだけだ」

 まあ大方予想はしてたけど私の部屋で治療が行われた。ベッドはこの子が使ってるし、私は机で寝るかな

「ありがとうございますドクター」

「いいってことよ。また何かあったら言ってくれ。じゃあな」

 さっきの女の子はすやすやと寝息を立てている。これなら安心だね

「ハートちゃん、この子の正体わかる?」

 ハートちゃんはこくりと頷いた

「この子は人狼。ウェアウルフ、ワーウルフとも言う。狼や半狼半人に変身、或いは狼の魂が憑依した人間のこと。多分、この子は人間に変身する狼」

「悪い子……ではなさそうだね」

「うん」

 悪い奴……来店した時のメリーさんや本性を現した切り裂きジャックと相対あいたいした時、邪念のようなものを感じたのだが、この子からはそれが全く感じられない

「ともかく、この人狼はヒア、君が面倒を見てあげて。可能なようなら店員として迎え入れよう」

「了解です」


 翌朝。私が目を開けると既に人狼ちゃんは起きていた

「おはよう、よく眠れた?」

「う、うん……あ、ごめんなさい、オレがベッド使ったから、お姉さんそんなトコで寝てたんだよな」

 銀髪に青い目の少女。私とは文字通り正反対だ

「ううん、いいの。そんなことより、ゆっくりでいいから君のこと教えて?」

「それが……その……」

「ん?」

「オレ、自分がウェアウルフってことと名前しか覚えてないんだ」

 まあ、なんとなく察しはつく。彼女は人の姿と狼の姿を切り替えるアヤシだ。狼の姿を追う猟師に狙われたか、或いは切り替える能力を恐れた地元住民に迫害され命からがらこの境界線に辿り着いたのだろう

「そっか……じゃあ名前は何て言うの?」

「ローザ。ローザ・アニェージ」

「私は水城真白。でもヒアって呼んでね」

「分かった」

「とりあえず朝ごはんにしようか。着いてきて」


 5枚切りの食パンにケチャップを塗り、薄く輪切りにしたピーマンや玉ねぎ、サラミを乗せたらピザ用の伸びるチーズをたっぷりトッピングしてトースターでじっくり焼く。私はコーヒーでいいけど、ローザちゃんにはきっと種族的な意味で危険だろうから牛乳を温めておこう

『いただきます!』

 乗せた野菜の辛味、苦味、サラミのピリッとした感じが表面はサクサク、中はもちっとした食パンに、塗っておいたケチャップの酸味に包まれてとても美味しい。チーズをかけておいたからコクが出てるし、それぞれの味をマイルドにしていて、我ながらこれは絶品だ

「ヒア姉、これ美味しいよ!」

「本当?よかった」

 自分が作った料理がこうして目の前で褒められると、なんだかくすぐったいような嬉しいような、妙な気分になる

「やあヒア、ウェアウルフ。おはよう」

「あ、マスター。おはようございます」

「マスター?」

「うん、ここは喫茶店なの」

「細かいことは僕から話をしよう。こっちおいで」

「はーい。あ、ヒア姉ごちそうさまでした」

 念の為ローザちゃんが記憶喪失ということを伝え、面接会場こと事務室へ。……大丈夫かな


「ヒア姉ただいま!」

「おかえり」

 保護した時もう寝ていたリンクさんを含め全員でローザちゃんを迎える

「オレさオレさ!ここにいていいんだって!」

 白を基調とした青いリボンが可愛らしい、私のとは対照的なメイド服を着て出て来た。胸元のピンクの薔薇のパッチワークは「ローザ」のダブル……いや、トリプルミーニングだね。彼女の名前、イタリア語でピンクはローザ、そして薔薇。マスターの使い魔、小袖ちゃんの新作霊衣だ

「ヒア、君が彼女に名前をつけてあげるんだ」

「……時間、くれます?」

「もちろん」

 今日の働き方を見てから決めた方がいい気がした


「……お客さん、ほぼゼロ……」

 まあ片田舎だから仕方ないっちゃ仕方ないか。というか今更すぎるよね

「あ、いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」

 夕日が差し込むテーブル席に着席するお客さん

「ご注文は?」

「コーヒー、それからアップルパイを」

「畏まりました」

 アップルパイの用意をしていると、調理補助のローザちゃんがコソコソと話しかけてきた

「ヒア姉、気をつけて。アイツ、嫌な臭いがする」

 全体的にボロ布を身にまとったような出で立ちの、パッと見三十路くらいの女性。脚が透けて見えるあたり幽霊で間違いないだろう

 ただ、確かにローザちゃんの言う通り警戒すべきだと思った。テーブルの中心を見つめ、まるで静止画のように身動きひとつ取らない

「お待たせしました、コーヒーとアップルパイです」

 営業スマイルも提供し、踵を返して調理場に戻ろうとした、その時

「ヒア姉!」

 ぱん、という小さな音がして何かが右頬を掠めていった

 強い光の後、一匹の白銀の狼が拳銃を持つ先程の幽霊らしき者を押さえつけ、小袖ちゃんが綺麗な着物で私の身体を包んでくれて初めて私が命の危機に晒されていたことを知る

「亡霊風情がオレの恩人に手ェ出すな」

 ウェアウルフ、人の姿に変身できる狼。怒りに満ちたその顔は、本来怖がって然るべきなんだろうけれど、とても心強く感じられる

 ローザちゃんが大きく吠えると、幽霊の身体が茨に拘束されどこかへ消えていった

「……ヒア、ローザちゃん、そろそろ閉店だよ」

 放心しているところにリンクさんの鶴の一声でハッとなる。閉店準備しないと


 店員皆が揃ってるのを確認して、ローザちゃんの名前をいよいよ発表する。というか何でこういう源氏名みたいなのを付けるのだろう。いつか分かるのかな

「じゃあ言うね。ローザちゃんの新しい名前は──アルトだよ」

「アルト?」

「うん、伝説の騎士王、アーサー王をローマ字表記して、その最初の3文字を拝借したの」

「そっか……へへへっ」

 実はこの名前、いつか小袖ちゃんが店員として採用された時に提案する名前でもあった。みどりさんと一緒にいつも私を助けてくれるから。でも、自分だけじゃなくて皆を守ってくれる騎士の名は、ローザちゃんにこそ本当はふさわしいのではないかと思った

「これからもよろしくね、アルト」

「こっちこそ!オレ、頑張るよ!」

 駄目だ、どうしてもバンシーちゃんと重ねてしまう。でもそんなことをしたらみどりさんや私の中のアラクネに呆れられてしまいそうだしアルトに失礼だ。だからここはぐっと堪えよう

「で、オレは何したらいいの?」

「えっと……番犬?」

「……オレ、人狼なんだけどな」

「ブフッ」

「あ゙!?まずはシュート兄から食うぞッ!?」

「ごめん、ごめんっすー!」

「「アハハハハ!」」

 ウツセミでもアヤシでもいい。もしも神様とやらがいるのなら、どうかお願いです。やっとできた私にとって初めての「大切」を、もうこれ以上奪わないでください


 きっとこれが、最初で最後のワガママだから

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